BL短編集(R-18)

劣情祝詞

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19450304 殺人兵器に殺されなかった夜

自我を失った殺人兵器×敵軍に囚われた捕虜

__________

 硬いコンクリートが背中を冷やす感覚で目が覚めて、自分が死んでいないことに驚いた。
 安堵したいところだが、死んだ方がマシだったかもしれない。
 1945年3月、第二次世界大戦まっただ中、まさに生き地獄とも言えよう。
 俺、イヴァン・クラスノフは先ほどまで戦場の最前線の地に立っていた。
 荒れ果てた大地、平然と死体が転がり、ゴミの山のように積み重なり、まだ息がある市民も治療する術がないから同じように転がされていた。
 まともな神経では直視できず、思わず目を背けるまさに惨劇。
 職業軍人ならまだしも、徴兵されただけで数ヶ月前までただの炭鉱夫だった俺には、こんな状況にはどうにも耐えられそうにない。
 いつ銃撃が来て脳天ぶち抜かれるかもわからない、どこに地雷が転がっていて四肢が吹っ飛ぶかもわからないのだ。
 爆撃など到底防げない掘っ建て小屋並みに簡易的に作られた陸軍本拠地が、敵軍に狙われることくらい、学生時代頭が筋肉でできてるなんて言われていた俺ですら想像がつく。
 俺の新しい上司は炭鉱夫より頭が悪いらしい、くたばりやがれ。
 国を守るためだなんて言われても、結局俺は国より命が大事だ。
 俺と家族と友人が、平穏に生きられるなら、何も文句はない。
 軍のお偉いさんのワガママに付き合わされて俺たち市民は捨て駒にならなければならないのだ、俺がもし書記長だったら明日にでも降伏宣言してる。
 さて、前置きはこのくらいにして、なぜ俺がこんな恨み節かというと、想像通り、俺たち軍の兵士たちが焚き火を囲んで休んでいた陸軍本拠地が敵に襲撃されたからだ。
 これは美徳なんかじゃなく、ただの俺の性質タチなんだが、誰かを残して自分だけ逃げるなんてことがどうにもできなかった。
 深夜の暗い中、敵襲を全員に知らせて回って、逃走経路に誘導して、残ってる奴がいないか確認して、フゥと一息ついて額の汗を拭った瞬間、俺は後頭部を何者かに強打された。
 こんな戦場にいてなんだが、頭を鈍器でぶん殴られるのはおろか、喧嘩の一つすらしたことのない俺は、気絶してしまった。
 いや喧嘩うんぬんは関係ない、俺が貧弱だったわけではなく、不可抗力だ。
 これだけ聞いたら俺が鈍臭くて逃げ遅れただけだと思う奴もいるだろうが、何度も言う、不可抗力だ。

 そして冒頭に至る。
 気絶した俺は、硬いコンクリートの上で目を覚ました。
 ぐわんぐわんと痛む頭をなんとか起こして、床に座り込んで辺りを見回す。
 建物の中だ、廃工場か?
 今にも崩落しそうな壁は木製の柱と金属製の壁面が入り混じる。
 荒廃した内観、朽ちた壁や天井は年月を感じさせ、風化や錆びが生じ、見るからに荒れ果てていた。
 床を見下ろすと割れた薬瓶が至るところに落下し、不気味な色をした液体がドクドクと流れ出ている。
 決して衛生的とは言いがたい環境だ。
 軍事工場にも見えるが、周りには手術台のようなものや、薬瓶の置かれた棚、電気工具のようなものがあって、手術室にも見える。
 金属剥き出しの壁、今は使われていないであろう溶鉱炉、各所から無数のパイプが伸び、天井へ上がっていく。
 天井のひび割れから糸のように日光が差し込み荘厳ですらあった。
 襲撃されたのは夜だったから、日が上っているということは、少なくとも次の日以降ではある。
 逃げないと、と出口を探すと一つ扉があるだけで、その他の脱出経路はないようだ。
 いくつもある窓ははめ殺しになっており、かつ高い位置にあるためそこから出ることはほぼ不可能。
 とりあえず状況を把握しないと……。
 肌寒い、焚き火に当たっていた時の服装のまま連れてこられたせいだ。
 ボロボロになった白シャツとミリタリーズボンに黒のブーツ。
 わずかに血がついたそのシャツは、およそ銃弾は防げそうにない。
 唯一の出口を見つめていると、突如その扉がギシイッと重たい音を立てて開いた。

「やあやあ、赤い国からはるばるやってきた客人よ、ようこそ我が領土へ」

 戦時中とは思えない、威厳なくおどけた喋りで入ってきた40歳ほどの男は、敵国の軍服の上から白衣を着ていた。
 身なりを見るに、一兵士である俺よりも相当いい身分そうだ。
 後ろには部下が5人ほどいて、その全員が俺に銃口を向けている。

「君が必死で逃したお仲間たちも、捕まえようと思えば捕まえれたんだがね。それはまた後にしよう。とりあえず捕虜は一人で十分だ、今は彼らを追う時間すら惜しい」
「……あいつらをどうするつもりだ」
「知る必要はない、どうせ君は死ぬ」

 パーパ、マーマ、ソフィア愛犬レックス、俺は敵軍の捕虜にされて惨い殺され方をするみたいだ。あぁ、最後にマーマの作ったボルシチが食べたかった。
 思わずそんな感傷的なことを考えてしまうが、まだ気が早い。
 どうにか打開できる方法があるはず、俺は悪運だけは強いんだ。
 白衣の軍人が後ろに立っている部下に目配せすると、扉の外に出て何やらガソゴソ物音を立てた。
 再び扉が開いた、逆光が眩しいが何か人影のようなものが見える。
 男は誇らしげに宣言した。

「我が帝国が開発した殺人兵器、N-564」

 そこには人型の機械、もといロボットのようなものが立っていた。
 威厳というのか畏怖というのか、とにかく膨大な負の感情を押し付けられたような感覚。
 機械はその体に軍服のコートと軍帽を纏っている。
 人間でいう顔の部分には、金属製のペストマスク。
 左腕には鉤十字の腕章。
 左手には人の指はなく、代わりに50㎝はあろうかという長くぶっといドリルが伸びている。
 右手は一本一本が長く鋭く尖った機械の指になっていて、引っ掛かれたら体が6つに分断されてしまいそうなほど鋭利な刃物だった。
 前からは見えづらいが、背中にはリュックサックのようなものを背負っていて、そこから出るパイプが胸の方に繋がっている。
 そのロボットのようなものが、一歩一歩と前に進み、扉から部屋に入ってきた。
 動きは機械的ながらも、どこか人間味すら感じて不気味そのものだった。
 一歩踏みしめる度に、体からおよそ人間ではない、機械そのものの音を漏らす。

「コシューー……コシューー」
 ペストマスクから蒸気が漏れる音。

「ジジッ…ジッ……ジッ…ジジジジッ……」
 不気味に響く電線の放電音。

「ガシャンッ、ガシャンッ、ガシャンッ」
 足を前に動かす度に派手に鳴る機械音。

「ウィーーーーブィーーンウィーーーン」
 動力源となっているであろうモーター音は連続的になり続ける。
 その機械は、白衣の軍人の横まで歩みを進めると、その動きをピタリと止めた。
 男はニタァと不気味すぎる笑みを浮かべた。

「ただ我々の指示にしたがって殺すだけの殺戮マシンさ」

 殺戮マシン、だと……?
 祖国でもこんな兵器は見たことないし、情報ですら聞いたことない。
 戦地でも見たことがない。
 これは一体…なんなんだ?
 見た目は機械だが、数メートル離れても感じる、『生命体の体温』。
 正直怖い以外の何の感情も抱けないほど、俺の心は恐怖に縛り付けられる。
 ただの銃やナイフの方が100倍マシだ。

「……ロボット……なのか?」
「正確には、元人間」

 人間?
 金属に覆われた、モーターで動いているであろうこの機械が、元人間?
 何を言っているのかさっぱりわからない、分かるわけがない、分かりたくない。
 面食らって言葉も出ない俺の顔を見て、男はさぞ満足そうだった。
 説明したくてウズウズしている様子で、その声は興奮に上ずっていた。

「人間の生命維持機能が半分、電力が半分で動いている。人間と機械の融合体だ。とは言ってももう人の心はないのだがね、ははは」

 つまりはなんだ、生きている人間を、生きたまま機械とくっつけて、殺戮マシンにしたということだ。
 そんな恐ろしいことを笑いながら言っているのか、この男は。
 イかれてる、俺には理解の範疇を超えている。
 激しい嫌悪感を抱く、戦争に勝つとかそういう問題ではない。
 悪趣味そのものだ。

「外道なファシズムの犬が考えそうなことだ、完全にイかれてる」
「叡知の集合体と言ってほしいね。何度も実験を重ねたが、多くが融合とともに死んでしまってなぁ、成功作はわずか5体。その中でもN-564は最高傑作だ」

 褒めちぎっておけば、命くらいは見逃してもらえただろうか、なんて考えが今更になって脳裏をよぎる。
 しかし、反射的にもそんなお世辞を吐けないほど、目の前の状況は気分が悪かった。
 俺の不快そうな顔を見れば見るほど、男の顔は精気に満ちていくようで、それすら不気味だった。

「ちょおっと趣向を凝らしたのだよ、ただ殺すことに一直線じゃ、面白くない」
「……は?」
「もっと屈辱的で非人道的で『頼むから殺してください』と懇願するような、ワクワクする殺戮を求めて我々は研究を重ねた」

 戦争のための兵器を作っているんじゃないのか?
 この男は、何がしたいんだ。
 ただのマッドサイエンティストであることを察する。

「そしてついに至ったのだ、第一号の完成に!」
「第一号……?」
「殺人兵器に性欲を付加したのだ」

 殺人兵器が性欲を持った時、どんな行動をするのか、我々もまだわからない。
 ただ、さぞかし下品で美しい殺し方をしてくれるだろうね。
 君が一人目の実験体さ。
 まぁ、死体性愛ネクロフィリア身体欠損性愛アクロトモフィリア苦痛性愛アルゴフィリアの類いだろうが、何にせよロクな死に方はしないだろうねえ。

 男の喋りは止まらない、俺は男の言っていることに脳みそが追いついていなかった。
 なんで性欲なんて…いやこの際理由はどうだっていい。
 俺を殺しの対象、かつ性欲の対象にするということか?

「俺は男だ」
「君は確かに男だ、しかし殺人兵器に男も女もない」

 俺は同性愛を否定も肯定もするつもりはないが、祖国では言ってしまえば犯罪だ。
 タブー視されているからこそ、殊更に敏感な訳で。
 目の前の機械、いや人間か?いやもうどっちでもいい。
 とにかくこの殺人兵器は、軍服を着ていて体躯も立派で、男女という区分で分ければ間違いなく男だ。
 これから起こることを想像、唖然として言葉もでない俺に、詳しく説明する気はないようで、博士のような軍人は白衣を大袈裟に翻した。

「我々は部屋の外からモニタリングしておくから、N-564と存分に『愛し合い』たまえよ、ハハハハハハハハハッ!」

 モニタリング……?辺りを見回すと所々にカメラのようなものが設置されている。
 そのまま男は扉から出ていく、後ろの部下たちもギリギリまで俺に銃口を向けていて、俺には抵抗の術はなかった。
 重苦しく扉が締まり、無慈悲に鍵をかける音が響いた。
 その直後は、部屋全体が吐き気を催すほどに静まり返った。
 敵陣の廃墟に、機械と二人きりにされて気が狂いそうな恐怖と困惑に精神が支配されていく。

 ガシャン

 機械が静寂を破り、一歩を踏み出した。

 ガシャン…ガシャン…ガシャン

 機械的な覚束ない足取りだが、確実に俺の方に向かってきていた。
 その瞬間、俺の恐怖は最高潮に達した。
 抜けてしまった腰を必死に奮い立たせて、情けなくも俺は這いつくばって距離をとる。
 裁断機か粉砕機が目の前にあるかのような、そしてそれらが自分めがけて襲いかかってくるような、背筋が震え、喉がひゅっと鳴るほどの恐怖感。
 そして何より、言葉の通じない相手であることで、無力感と絶望感がずっしりと押し寄せてくる。
 しかしだ、俺の頭は小学生並みなのだ、子どもはロボットでもぬいぐるみでもみーんな友達みたいに語りかけるだろ?
 頭の悪い俺にゃ、それしか思い付かねえ。

「待って、待って待ってくれ、一旦落ち着こう、な?」

 床に座り込みずりずりと足で距離をとりながら、通じるかもわからねえ時間稼ぎに喉を震わす。
 尻に当たるコンクリートの冷たさがじわじわと体温を奪う。
 左手を前に出して、怒り狂った人をなだめるように、わずかに動かすと、殺人兵器はピタリと動きを止めた。
 え?通じた……!?
 そうだ、誰だってわかってくれる、わかりあえる。
 ほっと息をついたその瞬間、俺の薬指と小指がスパンと吹き飛んだ。

「……………………………え?」

 指があるはずの付け根に指はなく、代わりにドクドクと大量の真っ赤な血が流れた。

「ウィーーーンッ…ガシャンッ、ガシャンッ、コフシューー……」

 ドリルを左手に突き刺され、その回転の摩擦で俺の指はふっとんだのだ。

「……ぎゃぁああ"ぁ"ああ"ッ……!」

 痛いなんて言葉じゃ足りない、一瞬で気を失いそうになった。
 しかし、死ぬ気で覚醒、気絶してる場合じゃねえ。
 はぁっ……はぁっ……、なんとか息を整える。
 今の俺はさぞ汗だくで、顔色が悪いことだろう。
 目の前にいる殺人兵器は、今度は心臓を抉りとらんばかりにドリルを上に持ち上げた。

「……は………はは……」

 ライオンに追いつめられるシマウマみたいな、惨めな絶望が真っ赤な血と共に俺の体を染めていく。
 逃げなきゃ、死ぬ気で逃げなきゃ。
 高速回転する摩擦音、ドリルの音、関節が世話しなく鳴く。
 容赦なく近づいてくる、本当に俺を殺しにくる……!

「………ひっひぃっ助けて…!」

 俺はついに奴に背を向けて、死に物狂いでのたうち逃げる。
 現実味を帯びた死への恐怖に、腰からすんっと力が抜けて、立つことすらままならない。
 情けないことに鼻水も涙も滲んだまま、ただ俺の心は「死にたくない!」ただそれだけを叫んでいた。
 辺りにある机や棚や椅子にドッタンバッタンとぶつかり、上にある小物をガッシャンと音を立てて落としながら何とか進み続ける。
 直線距離で追いかけてくるのを、大回りで躱して、重たい鉄扉に縋りつく。

ガンッ!ガンガンッ!ガンッ!

「助けてくれ…!許してくれ!死にたくない……!!」

 拳に血が滲んでも俺は扉を叩き続ける。
 それでも扉は動く様子もなければ、その奧に人がいる気配すらなかった。

「助け……っ……てっ……た……ぁ……」

 後頭部の髪を規則的に擽るそれが、ドリルの先端であることに気づきたくもないのに、気づいてしまった。
 俺はあまりの極限状態で頭がおかしくなってしまったのか、口にひきつり笑いを浮かべながらゆっくりと振り返った。
 文字通り目と鼻の先にドリルが突きつけられていた。
 その先端が額に当たり、じゅんと痛みを生み血が滲んだ。
 歯はガチガチと鳴り、身体中がガクガク震える。
 そのまま殺人兵器は腕で俺の膝を持ち上げ、そのドリルを俺の尻の辺りに突きつけた。
 ひゅっと喉が鳴る。

「……嫌だ………」

 思わず呟き、無意識の涙がすぅっと目頭から頬を伝い顎から落ちた。
 頭が真っ白になった瞬間、俺の目に飛び込んできたのは。

『Rene Walter  -レネ・ヴァルター- 1917.03.04-』

 殺人兵器のちょうど顎の下、首に埋め込まれた、ドッグタグのような金属のプレートにはそう刻まれていた。
 ぎゅっと目をつぶり、肺を大きく動かし、限界まで酸素を吸った。

「レネッ……………!!!」

 そこに思考はなかった、ただそう叫んでいた。
 5秒後、覚悟した痛みは訪れず、俺がゆっくりと瞼を開くと、目の前の殺人兵器は何てことない顔で、小首をかしげていた。
 いや、正確には顔などわかりようもないペストマスクなのだが、俺にはそう見えた。
 ドリルも回転はしているものの、すでに俺には向けておらず、腕を下ろしていた。
 ……もしかして…助かる?
 ピンチはチャンスなんてよく言ったものだが、俺は悪運だけは強いんだ。
 一度死を覚悟したせいで、俺は吹っ切れてしまった。
 今度はしっかりと目を開けて、殺人兵器に届くようにありったけの声量で叫んだ。

「やめろっ!!」
「コシュ……?」

 殺人兵器(いや、レネ・ヴァルターなのか?)は再び小首をかしげた。
 その仕草は実家にいた犬、ジャーマンシェパードドッグのレックスにそっくりだった。
 俺は二本の指を失って痙攣する左手と、無事な右手を前に差しのべて、レネの頬を優しく撫でた。
 黒く錆びた鉄が、俺の血で染まり赤く光る。

「いい子だから、もっと……優しくしてくれ……な?」
「ガシャン……ウィィィーーン」
「それ!そのドリル!そんなもん尻の穴に突っ込んだら内臓ズタズタになって死ぬ!」
「ウィー……プシュゥーー…………」

 わかっているのかいないのか、ドリルはゆっくりと回転速度を落として、静止した。

「そう、じっとしてろよ……いいか、絶対ドリルは動かすな……、それにその指!掴まれたら俺の腕は一瞬で輪切りだ!ちょっと待ってろ……」
「コフシュゥ……」

 自身の白シャツの裾をほつれ目から引きちぎって包帯状にして、機械の指一本一本をこれでもかというほどぐるぐる巻きにした。
 まるでトンカチでぶっ叩いて腫れ上がった指に包帯を巻き付けたようなまあるいものが、指の先に繭の如くくっついている。

「これで大丈夫……でも力は入れるなよ……覚えておけ、俺の体はお前より柔なんだ」
「フシュッ……ガシャンガシャンッ!」
「よし、お前は俺の言うことがよーく聞けるいい子だ。いい子にしてれば性欲発散してやる……とはいっても何をすればお前がすっきりするのかはちょっとわからないが…」

 目の前の機械の頭をすーりすーりと撫でてやる。
 それはそれはもう、愛犬レックスをわしゃわしゃする感覚だ。

「フシュシュ……カシュン…コフー……コフー……」
「……話通じてんのか?まぁいい…止まってくれりゃなんでも」

 なんだかわからねえけど、名前を呼んだら落ち着いた、すぐに俺を殺すつもりはなさそうだ。
 あの時、頭ではなく俺の尻を抉ろうとしたのは、博士らしき男が言っていた「性欲の付加」ってやつが関係しているのか?
 だとすれば、別のやり方で発散させればこいつは落ち着くかもしれない。

「んで、なんだ?メカにもペニスはあるのか?マスターベーションのやり方くらいは教えてやれるけど」

 股間辺りを眺めても、それらしい器官は見当たらない。
 性欲のある機械なんて言うもんだから、ドリルとか、ディルドとかの類いが股間についてるもんだと思っていたんだが。
 恐る恐る、股ぐらを軍服のズボンごしにぎゅっと触ると、覚えのある感触がした。
 『それ』は俺と同じ、人間の男のペニスそのもので、ある程度の固さを持ち、きついズボンのなかで怒張していた。
 生身であったら痛みすら感じていただろうが、まぁこの機械が痛みを理解できるわけもない。

「ほんっと、悪趣味だな」

 こんだけ生きている体を機械に改造しておいて、ブツは人間のままだなんて、人の体を玩具にしているようで虫酸が走る。
 その時、レネは布がぐるぐる巻きになった指で俺の肩をトンッと軽く押し倒した。
 俺の言いつけ通り、まるで愛しい女性を扱うかのような優しい手つきだった。

「……え?」

 機械仕掛けのペストマスクが目の前にずいっと近づいてきて、先ほどまで忘れていた恐怖を思い出す。
 機械はその布の玉がついた指先で俺の身体中をまさぐる。
 頬を撫でられ、困惑して苦笑い。
 髪をかき混ぜるようにわしゃわしゃ、さっき俺が撫でたみたいに。
 そのままその指は、俺の首筋をなぞる。
 布の繊維が皮膚の薄いところに擦れて、身体がびくんと跳ねた。

「プシューーーッ……ガシャン、ガシャンッ」
「ま、待ってくれ…首はやめて…」

 レネは首を絞めるでも、切り裂くでもなく、左手のドリルの先でツンツン刺激しながら、右手の指先はさらに下、胸板に伸びた。

「んぅっ!…く…は…」

 漏れ出る声を必死に抑えるも、時折冷たい金属が身体に当たって反応してしまう。
 俺が反応する度に、機械はまるで喜んでいるかのようにガシャンと一際大きく動いては、そこを重点的に触ろうとしてくる。
 機械はゴーグルのような大きな瞳(?)で俺の胸を凝視する。

「は…え?……ちょ、た…待て」

 あろうことか回転していないドリルの先端で俺の乳首をぷにっぷにっとつついた。

「ひっ…♡ぃ……♡」

 じくんっ♡と疼くような性感が乳首から背筋を通って腰と股間に響いた
 徴兵とはいえ一兵士として、もちろん体も鍛えて胸筋も男らしいものである自負はあるが、その先についている平均的な男よりも一回り大きくなった乳首はコンプレックスであった。
 大きいせいかはわからないが、感度もすこぶる敏感で、十代の時に初めて付き合った彼女にからかわれたくらいだ。
 そんな突起物を硬く冷たく尖った凶器で刺激されて、恐怖と快感入り交じって混乱を来す。

「ぁ……やめ……そこ……♡」

 敵軍の研究所に拉致されて、殺人兵器の実験体にされてるのに、甘い声を漏らしてしまうなんて、いったい俺の身には何が起きようというのか。

「コシュッ……カシュン…ギギッギッギ…」

 とりあえず言えることは、この殺人兵器は今、俺を殺そうという様子もなく、惨いやり方でレイプするつもりもない、ということだ。
 もちろん、今のところは、だが。
 俺が覚悟を決めて機械の動きにその身を任せようとした瞬間、堅く閉じていた扉がバァン!と開いた。
 先ほど意気揚々とサイコパス発言をしていた軍の幹部らしき男と、下っ端研究者らしき男が同時に飛び込んで来た。

「なんだこの醜態は!いったいどうなっている!」
「わ、私にもなんとも……犬の実験では上手く行ったのですが…」
「もういい貴様は用済みだ!連れていけ!」
「ひ、ひぃいい!!これは何かの間違いですっ!少し改良すれば問題なく機能するでしょう!」

 扉からぞろぞろと軍服を着た屈強な兵士たちが入ってきて、下っ端らしき研究者の男を囲んだ。

「ちょっと!私に触るな!い、嫌だっ!!実験体になりたくない!!許してくれっ!!死にたくない!!」
「……死なないさ、機械と融合し、永遠に兵器として生きてもらうからねぇ。ギャハハハハハハハハハハハ!」
「あれだけは!死んだ方がましだ!嫌だああああっ!!」

 連行されていく白衣の男は気が狂ったように喚き暴れ散らかして、最後に命乞いの目で俺を見てきた。
 その目は死相の如く、絶望を孕んでいた。
 殺人兵器への改造はそんなにも恐怖を伴うものなのか。
 だとしたらこの目の前にいる機械は、ーー機械にされた元人間は、その苦痛を強いられて、今この姿でここにいる、ということになる。
 感情は既に無いのか、レネはそんな苦痛を表には何も見せずにただ無機物としてそこに立っている。

「……N-564を機械室に戻せ!脳髄液の成分が合わなかったか…あるいは、テストステロンの投与量が多かったか?」

 ぶつぶつと不気味に呟いて、この場では一番権力者であろうその軍人はイラつきながら機械を下げさせた。
 殺人兵器は軍人たちに連れられつつも、自分の意思かのように扉の外にガシャン、ガシャンと音を立てて歩いていった。
 入れ替わるように五人の男たちが俺を囲い、群がる。

「おい、何するつもりだ、俺をどうする気だ」

 質問には答えず、男たちは淡々と俺の両手首に後ろ手で重い鉛の枷をつけ、両足首にも同じものをつける。
 あまりの重さで、立つことすらままならなそうだ。

「喜べ、貴重な実験体になれるのだ。まだ殺しはしないよ、N-564が貴様を『選んだ』可能性もあるからねえ」

 嬉々として語り続ける軍人を尻目に、俺を拘束した他の男たちは指を失い血を流す俺の左手に乱暴に包帯を巻き付ける。
 そして最後に猿轡を噛ませた。

「ふぐぐっんっ!あがぁあ"っ!」
「貴様を殺すのは、N-564、そう決まっているのだよ」

 せいぜいあと数回の夜だ、満喫するといい。
 そう言って立ち去ろうとした男は、ドアの前で歩みを止めてこちらをわずかに見た。

「そうだ。君、先程の実験でN-564に何か言っただろう。あれで動きが止まった」



『レネッ………!!!』



 俺がドッグタグに刻まれた名前を叫んだ時のことか。
 振り返った軍人の瞳は冷たく光っていて、睨まれると背筋が凍るようだった。

「………一体何と言ってあの殺人兵器を誑かした?」

 俺は答えるつもりもないし、そもそも猿轡を噛まされていて喋れなかった。
 何を言ったのかわかっていないということは、モニタリングしているというあのビデオカメラは音までは拾えないらしい。
 モゴモゴ抵抗するだけの俺をみて軍人は呟く。

「まぁ……次でいいか」

 敵国の軍人達は、俺を置いて部屋を出ていった。
 冷たく硬いコンクリートの上に座っていた俺は、思わずバタンと後ろに倒れこんだ。
 後頭部をわずかに打ち付けたが、そんな痛みどうでもいい。
 相変わらず指を失った左手はズキズキを通り越して、引きちぎれるほどの痛みを発しているが、それも今はどうでもよかった。

ーー生きてる、俺。

 脳裏に浮かぶ小首をかしげる殺人兵器、N-564、もといレネ・ヴァルター。
 レネ・ヴァルターはあの機械の元の人間の名前なのだろうか。
 だから名前を呼ばれて動きが止まった?
 いやしかし、人間的な理性はもう失っていると言っていた。
 性欲を付加された殺人兵器……。
 だとしたら、俺の言葉に耳を傾けて動きが優しくなったのもおかしい。
 考えてもわからないまま、俺はどっと睡魔に襲われて、そのまま眠りについてしまった。

 理由はわからないが、俺が命拾いした日の話だ。
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