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広尾デリヴァランス
広尾デリヴァランス(3)
しおりを挟むウイルスのような無数のマイクロプログラムが、メッセージを書き換え、侵食し、機能の多くを無効化していた。
違う——と、ハルは否定する。
それは正確ではない。
むしろ間違っていて、正しくいうのなら、リグナ——というより次世代型ルドゥフレーデ——の本来の防御機能が、無数の抗体を放ち、オーラがリグナに残したメッセージと追加の機能を蝕んでいるのだ。
ハルが背面拡張コンソールを操作しようとして気づいたのは、それがあとから付け足されたものである、ということ。
1枚目のカードを見せたとき、リグナははっきり「知らない」と答えたし、自分には、そのカードに対応した装備は拡張機能も含めて存在しないと断言した。
なぜなら、リグナは本当に知らなかったからだ。
オーラ・ヴァエッスラに助けられた——とリグナはいっていた。
(すべてはオーラさんが残してくれたもの。だけど、もう失われてしまった……)
リグナはアスファルトの上を転がり、どうにか体勢を立て直して有栖川宮記念公園の入口に飛び込んだ。
デッサは構わず突進してくる。
乱戦状態のモジャコとコルヴェナが交錯する。
有栖川宮記念公園は、丘の斜面に緑深い森の広がる公園だ。
広尾駅からいちばん近い、南西の入口から入ったところが池のある庭園になっていて、そこから広場のある東側の高台に向かって大きく傾斜している。
散策路が張り巡らされた森の中には野鳥も多く、ちょっとした渓流のせせらぎも感じられる憩いの場所だ。
その公園に入ったところで、ハルは息を切らして立ち止まった。
膝に手を突いて激しく肩を揺らす。
(もっと早く察知できていれば、対抗できる手段はあったし、実際に対抗できていたはず……! なのに、リグナちゃんを信じてあげられなかったから、だから手遅れに……!)
改竄されたメッセージを見たのは初めてではない。
浜町の緑道で、木漏れ日がつくる光と影の中を走りながら、ハルは、確かにそのメッセージを見ていた。
けれども、違和感を感じただけで、何がおかしいのか調べもせず、しかも、リグナを疑うばかりに、能力を解放するのもずっとあとになってしまった。
自己嫌悪と後悔に、ハルは、黒い霧の中に立っているような感覚に襲われた。
真っ暗闇で何も見えない——というわけではない。
ただ身がすくんで動けないのだ。
そこへ、初夏の風が、木々の緑をさやさやと揺らして通り過ぎた。
そして、名前も知らない花の香りといっしょに、あのときの感覚が急に舞い戻ってハルは驚いた。
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