60 / 116
広尾デリヴァランス
広尾デリヴァランス(16)
しおりを挟む電車は夕暮れの下町をのんびりと走っていく。
時間もどこか、ゆっくりと流れているような気さえする。
「どうした?」
モジャコは視線だけ向けた。
ジシェが車窓を楽しんでいるので、首を動かさないようにしてあげているらしい。
ときどき尻尾が顔の前に落ちてくる。
「なんか、いいところまで行ったんだけどなー、って感じ」
「無理するのはいいけど、無理し過ぎないようにな。だいぶバテてるじゃん」
「我ながらここまで体力無いとはね……」
苦笑いしてハルは両手を広げた。
どこかをぼんやり見つめていたリグナが、だしぬけに、スマホを要求した。
「それ」
「ハイハイ」
もう慣れました。
「スタミナ勝負はあたしに任しといて」
鼻の頭がくすぐったいので、モジャコはジシェの尻尾をお腹の下に戻した。
「まだいくらでも動けるし」
「ありがと」
素直に感謝する。
実際には、とんでもないことに巻き込んでしまったのではないか、という後ろめたさをハルはずっと抱えていた。
けれども、困ったときは頼れ、遠慮したらもう友達じゃない——という趣旨のご忠言を、これよりは多少穏やかな表現で(ただし真顔で)過去にいわれたことがあるので口には出さなかった。
2人の友情はどんなものよりも固い——かどうかはわからないが、そう信じるのは自分たちの勝手ではないか、というのが共通認識だ。
誰に抗議しているのかは知らない。
リグナは、地図アプリを3次元表示に切り替え、ほいほいほ~い——と、スマホ本体を傾けたり、頭上に掲げてみたりしていた。
たぶん楽しそう。
(さっきはなにを見てたんだろ……?)
少しまえ、リグナはどこかを眺めていた。
どうやら窓の上、天井近くに貼られた地下鉄の路線図のようだ。
(なんか地下鉄に乗ってばかりかも)
13色で描かれた路線図。
都電荒川線の電車に掲示された路線図は、東京都交通局のもので、東京メトロの9つの路線より、都営の4つの路線のほうが太い線で表現されている。
(銀座線で秋葉原の末広町駅から稲荷町駅、田原町駅から浅草駅、浅草線で浅草駅から東銀座駅——)
視線でオレンジのライン、ローズのライン——と追っていく。
再びオレンジの銀座線で銀座から三越前、バイオレットの半蔵門線で三越前から水天宮前、ライトグリーンの都営新宿線で浜町から神保町、ブルーの都営三田線で神保町から日比谷、シルバーの日比谷線で日比谷と広尾を往復、イエローの有楽町線で有楽町から東池袋。
全部で13の路線のうち、いつの間にか7つの路線に乗ったことになる。
(きょう1日でコンプリートしたりとか)
まさかね——と、すぐに頭の中で否定して苦笑いする。
「もっとたくさんあった」
リグナはスマホを返してきた。
「はい?」
聞き返そうとして、ドアの鴨居の部分にある、都電荒川線だけの路線図が目に留まった。
すべての停留場が直線状に表示されている。
左から2つ目は面影橋停留場、そしていちばん右、この電車の終点は三ノ輪橋停留場。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる





