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運命を賭ける瞬間②
無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。
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サヨンが差し出した小さな紙片には几帳面な字で、老母の症状や生活状態が書き込まれていた。
「これをお前が書いたの?」
「そうよ、実際に診て処方するにしても、まずは詳しい容態を知っておいた方があなたが診断しやすいと思ったの」
トンジュは溜息混じりに首を振った。
「いやはや、サヨンには参ったよ。もしかしたら、俺は大変な嫁さんを貰ったのかもしれない」
「何よ、それ。相変わらず全然褒められている気がしないんだけど?」
サヨンが頬を膨らませ、トンジュがそれを指でつつく。二人は顔を見合わせて微笑み合う。
「それにしても、沈勇民の野郎、今度、サヨンに手を出したら、ただでは済まないとあれだけ言っておいたのに」
サヨンが勇民に攫われたと聞いたトンジュは、どうもそのことが頭から離れないようだ。
「今はあんな男のことなんて、どうでも良いわよ。それに、あの人のお陰で途方もない儲け話が転がってきたんだから」
沈家の屋敷にいなければ、国王の弟が地方両班と結託して兄王に謀反を働く―などという怖ろしい謀などとは一生無縁だったはずだ。
「かなり危ない橋だと思うが、本当にうまくやれる自信はあるのか?」
トンジュが頭の回転は良いが、いささか無謀すぎる妻に問うと、サヨンは艶やかに微笑んだ。
「お父さまがよく言っているの。商談を決めるときには、八割が誠意をもって引き受けた仕事を全うしようという真心と義務感―その中にはもちろん成功する目算も入っているけど、あとの二割は何とかなるさくらいの開き直りが必要だって」
「ふうん、大行首さまがそんなことを言っていたのか」
トンジュはしきりに頷いている。
「やはり血は争えないな。サヨンの愕くほどの頭の回転の良さと大胆さは、大行首さまゆずりだったんだ」
「何か言った?」
「いや、このままでは気が済まないから、沈勇民の奴をやはり、漢江に投げ込んで鰐のえさにしてやろうと言ったのさ」
トンジュは笑いながら応えた。
沈清勇と義承大君が決起すると言っていた日まで、あと二日しかない。人任せにだけする気にはなれず、サヨンは自分も草鞋を編み始めた。懸命に草鞋を編み続けるサヨンを見て、トンジュも傍らに来て編み始める。
まだ体調が十分ではないのだとからと止めても、トンジュは笑って首を振るだけだ。二人は並んで一日中、草鞋を編み続けた。
ついに決行の日の前日になった。
町には一人で行くと言うサヨンに、トンジュは絶対に駄目だと言い張る。サヨンはトンジュの身体をひたすら心配した。まだ傷口が漸く塞がったばかりなのだ。無理は禁物なのは判っていた。
だが、サヨンに負けず劣らず、トンジュも頑固だ。
「どうしても一人で行くというのなら、俺はお前を町には行かせないぞ」
トンジュは、肩を怒らせてサヨンの前に立ち塞がった。その決然とした表情からは、力ずくでも止めようという覚悟が表れている。ここまで言う男を止めることはできなかった。
昼過ぎにサヨンはトンジュと共に山を下りた。町に入ったのは西の空が茜色に暮れなずむ頃である。目指すのは例の履き物屋であった。
でっぷりと肥えた店の主人は、サヨンを待っていたように出迎えた。
「草鞋の方は用意してあるぞ」
奥の倉庫に連れてゆかれた二人は、息を呑んだ。眼前には、草鞋の山が築かれている。何百足どころか、何千足とあるに違いない。
この間の主人の〝漢陽中の人間が履けるくらいの数〟というのは満更、嘘ではなかったのだ。
「こんなに?」
サヨンは草鞋の山に圧倒されながら言った。
主人が誇らしげに応える。
「商人は嘘をつかないものだよ」
そう言って腹を揺すって笑った後、こう付け加えた。
「お前さんが帰ってから、すぐに町中の履き物屋に連絡を取って、集められるだけの草鞋を集めたのさ。こう見えても、儂はこの辺りの履き物屋の中では顔が利くのさ。皆、代金は後払いで良いからと快く出してくれたよ」
「これをお前が書いたの?」
「そうよ、実際に診て処方するにしても、まずは詳しい容態を知っておいた方があなたが診断しやすいと思ったの」
トンジュは溜息混じりに首を振った。
「いやはや、サヨンには参ったよ。もしかしたら、俺は大変な嫁さんを貰ったのかもしれない」
「何よ、それ。相変わらず全然褒められている気がしないんだけど?」
サヨンが頬を膨らませ、トンジュがそれを指でつつく。二人は顔を見合わせて微笑み合う。
「それにしても、沈勇民の野郎、今度、サヨンに手を出したら、ただでは済まないとあれだけ言っておいたのに」
サヨンが勇民に攫われたと聞いたトンジュは、どうもそのことが頭から離れないようだ。
「今はあんな男のことなんて、どうでも良いわよ。それに、あの人のお陰で途方もない儲け話が転がってきたんだから」
沈家の屋敷にいなければ、国王の弟が地方両班と結託して兄王に謀反を働く―などという怖ろしい謀などとは一生無縁だったはずだ。
「かなり危ない橋だと思うが、本当にうまくやれる自信はあるのか?」
トンジュが頭の回転は良いが、いささか無謀すぎる妻に問うと、サヨンは艶やかに微笑んだ。
「お父さまがよく言っているの。商談を決めるときには、八割が誠意をもって引き受けた仕事を全うしようという真心と義務感―その中にはもちろん成功する目算も入っているけど、あとの二割は何とかなるさくらいの開き直りが必要だって」
「ふうん、大行首さまがそんなことを言っていたのか」
トンジュはしきりに頷いている。
「やはり血は争えないな。サヨンの愕くほどの頭の回転の良さと大胆さは、大行首さまゆずりだったんだ」
「何か言った?」
「いや、このままでは気が済まないから、沈勇民の奴をやはり、漢江に投げ込んで鰐のえさにしてやろうと言ったのさ」
トンジュは笑いながら応えた。
沈清勇と義承大君が決起すると言っていた日まで、あと二日しかない。人任せにだけする気にはなれず、サヨンは自分も草鞋を編み始めた。懸命に草鞋を編み続けるサヨンを見て、トンジュも傍らに来て編み始める。
まだ体調が十分ではないのだとからと止めても、トンジュは笑って首を振るだけだ。二人は並んで一日中、草鞋を編み続けた。
ついに決行の日の前日になった。
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だが、サヨンに負けず劣らず、トンジュも頑固だ。
「どうしても一人で行くというのなら、俺はお前を町には行かせないぞ」
トンジュは、肩を怒らせてサヨンの前に立ち塞がった。その決然とした表情からは、力ずくでも止めようという覚悟が表れている。ここまで言う男を止めることはできなかった。
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「草鞋の方は用意してあるぞ」
奥の倉庫に連れてゆかれた二人は、息を呑んだ。眼前には、草鞋の山が築かれている。何百足どころか、何千足とあるに違いない。
この間の主人の〝漢陽中の人間が履けるくらいの数〟というのは満更、嘘ではなかったのだ。
「こんなに?」
サヨンは草鞋の山に圧倒されながら言った。
主人が誇らしげに応える。
「商人は嘘をつかないものだよ」
そう言って腹を揺すって笑った後、こう付け加えた。
「お前さんが帰ってから、すぐに町中の履き物屋に連絡を取って、集められるだけの草鞋を集めたのさ。こう見えても、儂はこの辺りの履き物屋の中では顔が利くのさ。皆、代金は後払いで良いからと快く出してくれたよ」
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