無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。

めぐみ

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運命を賭ける瞬間⑤

無垢な令嬢は月の輝く夜に甘く乱される~駆け落ちから始まった結婚の結末は私にもわかりませんでした。

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 わざと〝明日〟に力を込めて発音した。
 大君がスと片手を上げる。
「待て、話くらいは聞いてやろうではないか」
「しかし―」
 大君にギロリと睨まれるやいなや、清勇は渋々口をつぐんだ。〝そなたは下がっておれ〟、清勇に言われ、大男はサヨンを放し、静かに部屋を出ていった。
「娘、話すが良い。さりながら、下らぬ話を致せば、即刻、首をはねるぞ」
 サヨンの全身に緊張感が漲る。
「お話をお聞き下さり、ありがとうございます」
「そなたの話とやらを聞こうではないか。さあ、聞かせてくれ」
 サヨンは頷いた。ともすれば、声が震えそうになるが、何とか普通に聞こえるように最大限の努力を払った。
「明日、大君さまが必要とされる物をこちらに持参致してございます」
「私が必要なもの?」
 わざと知らないふりをしている―。サヨンは唇を噛みしめ、膝の上の握り合わせた拳に力を込めた。
「草鞋にございます」
 ずばりと言った。このまま押し問答を続けても意味がないと思ったからだ。
「なにゆえ、私が草鞋を必要としていると思ったのだ?」
「それを今、この場で申し上げてもよろしいのでしょうか?」
 窺うように見ると、大君の表情がかすかに動いた。
「そなた、明日の計画について、どれだけ知っている?」
「そのご質問にお返しするべき言葉を私は持ちません。商人はお客さまにご必要なものを必要とされるだけご提供するのが務め、余計なことには一切拘わらず、また外には洩らさず知らぬふりをするのが鉄則にございますゆえ」
 サヨンが恭しく応えると、大君がホウと小さな息を洩らした。
「良かろう、そなたの草鞋を買おう。数はいかほどある?」
「ざっと見積もっても二千、或いはそれ以上はあるかと」
 大君が傍らの清勇を一瞥する。
「草鞋は揃ったのか?」
「はい、あ、いいえッ、まだ必要数の三分の二ほどまでにて」
 大君が舌打ちを聞かせた。
「使えぬ奴だ」
「近隣の町村の履き物屋から買い上げようにも、あまり派手に買い占めては目立ちます。人眼につくのは今、できるだけ避けた方がよろしいかと思いまして」
 言い訳に四苦八苦する清勇には頓着せず、大君は重々しく頷いた。
「二千もあれば上等だ。して、そちらの望みは?」
 サヨンが希望を応えると、大君は眉一つ動かさず頷いた。
「良かろう。そなたの望みどおりの黄金を遣わす。清勇、後はそなたに任せたぞ。申しておくが、これは私の体面にも関わることだ。万が一、娘を始末しようとしたり、黄金を支払わなかったりしたら、その貧相な頭が身体と真っ二つに離れる―、さように心得よ」
 大君は清勇の狡猾で残忍な気性をよく見抜いているようであった。
「ははっ」
 釘を刺された清勇は一瞬悔しげに顔を歪めたものの、慇懃に頭を下げる。
「して、肝心の草鞋は?」
 問われ、サヨンは婉然と微笑んだ。
「お屋敷の外にて私の良人が待機しておりますれば、そこにすべてございます。先に黄金を頂きましたれば、すぐにでも、耳を揃えてお渡し致しまする」
「―」
 大君が虚を突かれたように眼を見開き、それから愉快そうに声を上げて笑った。
「なるほど、確かに、そなたは骨の髄からの計算高い商人らしいな」
 室を出た刹那、サヨンは身体中の力が抜け、放心状態になった。よくぞ義承大君ほどの大物を相手にここまで対等に渡り合えたものよ―、自分でもいまだに狐につままれているか、夢を見ているようだ。
 大君と話している間は、まるで自分ではない別の誰かが喋っているようで、自分の身体なのに別の者が乗り移っているような感覚が続いていた。
 サヨンがいなくなった後、義承大君は唸った。
「たいした女だ。度胸の据わり方が並大抵ではない。もしあれが男であれば、私が王になったら、是非側近として召し抱えたいくらいだ」
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