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疑惑⑤
「潮騒鳴り止まず~久遠の帝~」
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楓は静かな声音で言った。
「憎しみは憎しみしか呼びませんもの」
「もう、俺は忘れたいんだ」
「忘れましょう、子と共に親子三人で、どこか私たちを誰も知らない土地で暮らすのです」
と、時繁が黒い瞳を目一杯に開いた。
「今、今、何と申したか?」
楓は頬を染めながら、消え入りそうな声で告げた。
「時繁さまのお子を授かったようにございます。薬師の診立てでは今年の六月には生まれると」
懐妊を知ったのは霜月だったが、色々とあって言えなかったのだと告げた。
「そうか、そうだったのか。俺が父親になれるんだな」
時繁は男泣きに泣いていた。生きながら死んだとされ、別人として生きてきた彼の胸にこの時、去来する想いは何だったのだろうか。
「そうか、でかした、でかしたぞ、楓」
時繁は今にも踊り出しそうなほどの勢いだ。時繁が歓べば、楓も嬉しい。それに、こんなに歓ぶとは思ってみなかったので、余計に嬉しさもひとしおだ。
「とりあえずは長門の養父母の許に孫の顔を見せにいくとするか」
時繁がいっとう明るい声で言い、楓は微笑んで頷いた。
鎌倉の海はどこまでも蒼く、由比ヶ浜では今日も潮騒が聞こえる。
この日を境に、時繁と楓は鎌倉から姿を消した。その行方は杳として不明だが、これより十年ほど後、京都で二人の子どもを連れた幸せそうな二人を見かけた知り人がいたという。
男の方は何やら小商いをしているようで、まだうら若く美しい妻は二人の娘たちを育てながら商いを手伝っていた。小さいながらも、男の営む小間物屋は繁盛していたとのことだ。
(了)
「憎しみは憎しみしか呼びませんもの」
「もう、俺は忘れたいんだ」
「忘れましょう、子と共に親子三人で、どこか私たちを誰も知らない土地で暮らすのです」
と、時繁が黒い瞳を目一杯に開いた。
「今、今、何と申したか?」
楓は頬を染めながら、消え入りそうな声で告げた。
「時繁さまのお子を授かったようにございます。薬師の診立てでは今年の六月には生まれると」
懐妊を知ったのは霜月だったが、色々とあって言えなかったのだと告げた。
「そうか、そうだったのか。俺が父親になれるんだな」
時繁は男泣きに泣いていた。生きながら死んだとされ、別人として生きてきた彼の胸にこの時、去来する想いは何だったのだろうか。
「そうか、でかした、でかしたぞ、楓」
時繁は今にも踊り出しそうなほどの勢いだ。時繁が歓べば、楓も嬉しい。それに、こんなに歓ぶとは思ってみなかったので、余計に嬉しさもひとしおだ。
「とりあえずは長門の養父母の許に孫の顔を見せにいくとするか」
時繁がいっとう明るい声で言い、楓は微笑んで頷いた。
鎌倉の海はどこまでも蒼く、由比ヶ浜では今日も潮騒が聞こえる。
この日を境に、時繁と楓は鎌倉から姿を消した。その行方は杳として不明だが、これより十年ほど後、京都で二人の子どもを連れた幸せそうな二人を見かけた知り人がいたという。
男の方は何やら小商いをしているようで、まだうら若く美しい妻は二人の娘たちを育てながら商いを手伝っていた。小さいながらも、男の営む小間物屋は繁盛していたとのことだ。
(了)
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