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秘花79
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
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「それなら僕も頂こう」
賢は手を伸ばし、湯飲みを受け取った。青磁に蔦模様が複雑に刻み込まれている湯飲みをしばらく見つめ、ひと口含んだ。
「―美味しい」
酸味はなく、むしろ、濃厚で芳醇な果物の甘さが口いっぱいに広がる。賢は笑った。
「こんな美味しいお茶なら僕だけでなく、崔尚宮も飲むと良い。王妃殿の女官たちにも飲ませて上げて」
その言葉に、崔尚宮が眼を見開いた。気のせいだろうか、崔尚宮が泣いている?
賢は自分の錯覚だろうかと眼を手のひらでこすった。
「お優しい王妃さま。私はいつでも王妃さまのお幸せだけをお祈りしています。どうか私をお許し下さい」
「何を言ってるんだい? 崔尚宮が僕に謝るようなことは何もない。僕の方こそ、崔尚宮がいるから、何とか自分を失わずに、ここでやっていけているんだから」
賢は言いながら、自分の身体がふらつくの自覚した。何だか瞼が重い。急激な睡魔が押し寄せてきて、賢は呟いた。
「何だか急に眠たくなったみたいだ―。崔尚宮、僕はどうしたんだろう」
けれど、賢の意識はほどなく闇に吸い込まれた。
喉の渇きを憶え、賢は小さく呻いた。
―身体が熱い。
身体全体が焔の塊と化したかのように熱くくなっている。長い影を落とす睫が細かく震え、賢はうっすらと眼を開いた。ぼんやりとした視界に映じる周囲が次第に明確な輪郭を伴ってくる。
「―っ」
賢は脳天を打たれたような衝撃に、眼を瞠った。
―ここは僕の部屋じゃない。
でも、どうして? 賢はともすれば睡魔に引き戻されそうになる意識を保ち、回らない頭で考えた。記憶を辿れば、確かいつものように湯浴みの後、自室で崔尚宮に寝る支度を手伝って貰って、それから、お茶を飲んだ。
―南部から献上された珍しいお茶だとか言ってったけ―。
あれを飲んだ直後、急に眠たくなったのだ。まさかという疑念を賢はその場で打ち消した。信頼する崔尚宮が怪しげな薬を自分に飲ませるはずがない。第一、そのようなものを飲まされる理由もない。
また眠気が襲ってきて、賢は寝かされていた寝台に倒れ伏すようして眠りに落ちた。次に目覚めたのは、誰かに起こされたからだ。
「ョン、賢」
賢をこの名前で呼ぶ者は今では限られている。王賢という王子は最早、抹殺されたも同然の人間だ。けれど、照容という王女として与えられた名前より、賢の方がよほど自分の名前らしく、しっくりと馴染んでいた。
この聞き慣れた懐かしい声は誰―。賢はゆっくりと眼を開き、声の聞こえてくる方を見つめた。
「賢」
漸く眼が焦点を結んだ時、真っ先に視界に飛び込んだのは王の顔だった。
「乾?」
そこでハッとして慌てて我に返る。
「殿下。ここはどこ? 僕はどうして、こんなところにいる?」
身を起こそうとして、賢の身体が大きく揺れた。まだ意識がぼんやりとして覚束無く、身体は先刻目覚めたときより更に熱くなっている。
「賢」
王がもう一度、名を呼んだ。その整った面には読み取れない様々な感情が渦巻いている。
「僕、王妃殿に帰るよ」
どうやら、途方もなく大きな寝台に寝かされていたらしい。賢はゆっくりと身を起こし立とうとした。だが、現実には床に脚をつけた途端、力が入らず、みっともなく寝台に倒れ込む羽目になった。
「大丈夫か?」
王が慌てて近寄ってくる。賢は無理に微笑もうとした。
「大丈夫だ。でも、おかしい。身体に力が入らないし、熱があるんだろうか。身体が燃えるように熱いんだ」
王がハッとした表情になった。躊躇いがちに伸ばされた手が賢の手に触れる。
「確かに、熱いな」
王は更に賢のすぐ隣―寝台の上に腰を下ろした。常ならば、怖いと思う王とこんな近くに一緒に座るなど無理な話だが、今は身体の熱さを持て余している賢はそれどころではない。
賢は手を伸ばし、湯飲みを受け取った。青磁に蔦模様が複雑に刻み込まれている湯飲みをしばらく見つめ、ひと口含んだ。
「―美味しい」
酸味はなく、むしろ、濃厚で芳醇な果物の甘さが口いっぱいに広がる。賢は笑った。
「こんな美味しいお茶なら僕だけでなく、崔尚宮も飲むと良い。王妃殿の女官たちにも飲ませて上げて」
その言葉に、崔尚宮が眼を見開いた。気のせいだろうか、崔尚宮が泣いている?
賢は自分の錯覚だろうかと眼を手のひらでこすった。
「お優しい王妃さま。私はいつでも王妃さまのお幸せだけをお祈りしています。どうか私をお許し下さい」
「何を言ってるんだい? 崔尚宮が僕に謝るようなことは何もない。僕の方こそ、崔尚宮がいるから、何とか自分を失わずに、ここでやっていけているんだから」
賢は言いながら、自分の身体がふらつくの自覚した。何だか瞼が重い。急激な睡魔が押し寄せてきて、賢は呟いた。
「何だか急に眠たくなったみたいだ―。崔尚宮、僕はどうしたんだろう」
けれど、賢の意識はほどなく闇に吸い込まれた。
喉の渇きを憶え、賢は小さく呻いた。
―身体が熱い。
身体全体が焔の塊と化したかのように熱くくなっている。長い影を落とす睫が細かく震え、賢はうっすらと眼を開いた。ぼんやりとした視界に映じる周囲が次第に明確な輪郭を伴ってくる。
「―っ」
賢は脳天を打たれたような衝撃に、眼を瞠った。
―ここは僕の部屋じゃない。
でも、どうして? 賢はともすれば睡魔に引き戻されそうになる意識を保ち、回らない頭で考えた。記憶を辿れば、確かいつものように湯浴みの後、自室で崔尚宮に寝る支度を手伝って貰って、それから、お茶を飲んだ。
―南部から献上された珍しいお茶だとか言ってったけ―。
あれを飲んだ直後、急に眠たくなったのだ。まさかという疑念を賢はその場で打ち消した。信頼する崔尚宮が怪しげな薬を自分に飲ませるはずがない。第一、そのようなものを飲まされる理由もない。
また眠気が襲ってきて、賢は寝かされていた寝台に倒れ伏すようして眠りに落ちた。次に目覚めたのは、誰かに起こされたからだ。
「ョン、賢」
賢をこの名前で呼ぶ者は今では限られている。王賢という王子は最早、抹殺されたも同然の人間だ。けれど、照容という王女として与えられた名前より、賢の方がよほど自分の名前らしく、しっくりと馴染んでいた。
この聞き慣れた懐かしい声は誰―。賢はゆっくりと眼を開き、声の聞こえてくる方を見つめた。
「賢」
漸く眼が焦点を結んだ時、真っ先に視界に飛び込んだのは王の顔だった。
「乾?」
そこでハッとして慌てて我に返る。
「殿下。ここはどこ? 僕はどうして、こんなところにいる?」
身を起こそうとして、賢の身体が大きく揺れた。まだ意識がぼんやりとして覚束無く、身体は先刻目覚めたときより更に熱くなっている。
「賢」
王がもう一度、名を呼んだ。その整った面には読み取れない様々な感情が渦巻いている。
「僕、王妃殿に帰るよ」
どうやら、途方もなく大きな寝台に寝かされていたらしい。賢はゆっくりと身を起こし立とうとした。だが、現実には床に脚をつけた途端、力が入らず、みっともなく寝台に倒れ込む羽目になった。
「大丈夫か?」
王が慌てて近寄ってくる。賢は無理に微笑もうとした。
「大丈夫だ。でも、おかしい。身体に力が入らないし、熱があるんだろうか。身体が燃えるように熱いんだ」
王がハッとした表情になった。躊躇いがちに伸ばされた手が賢の手に触れる。
「確かに、熱いな」
王は更に賢のすぐ隣―寝台の上に腰を下ろした。常ならば、怖いと思う王とこんな近くに一緒に座るなど無理な話だが、今は身体の熱さを持て余している賢はそれどころではない。
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