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キースは王都から南東に電車で4時間ほど行った島の南端にある街だ。
場所柄、気候がよく温泉も出ることから湯治場として古くから利用されてはいたが夏にシープシャーが栄えるような賑わいはなかった。
シープシャーも元々避暑地として人気の場所だったがハロー商会が開発し出してから人気に火がついた。夏にシープシャーに行くことは今や王都の上流階級の人々の中でステイタスとなっている。
ハロー商会では夏の避暑地シープシャーに対して冬にも同じような観光地を作れないかという思惑で開発をしたのがキースの街だった。
この国には珍しく温暖な気候で、冬でも雪が降るのは十年に一度あるかという土地は冬を過ごすにはうってつけだった。それに温泉もあるのでそれで身体を温めることができる。
しかし、春から秋までの社交シーズンを王都で過ごし、秋冬を領地に戻って過ごす風習のある上流階級の人々にとれば、夏に王都から少し足を伸ばしてシープシャーに避暑というのは行きやすいが、国中の領地に戻ってしまう秋冬に観光をするのはなかなか腰が重かった。
結果、開発にはだいぶお金をかけたもののまだ採算は取れていない状況にある。
スーザンがキースの別荘に到着したのはちょうど夕暮れ時であった。
ハロー家の別荘は崖の上にあり、海に沈む夕日が見えた。湖に沈む高質な夕日とは違い、海に沈む夕日は赤々と燃えるようだった。
いろいろな思いが渦巻いている自分の気持ちまで燃やしてしまいそうな夕日だった。
シープシャーの夕日も良いけれどわたしはこっちの方が好きだわ、とスーザンは思った。
キースの地には別荘地の他にハロー家が経営しているホテルもある。翌日はホテルに足を伸ばしてみた。
ホテルは海岸沿いに立っており、夏場は目の前のビーチで泳げるという。
白い壁にオレンジ色の屋根のコロニアル様式のホテルはオリエンタルな雰囲気があり、まるで海外に来たような雰囲気だった。
東洋では特別な花だと言われる蓮の花を描いた絵画がロビーに掛けられていてオリエンタルな雰囲気に拍車をかけていた。
スーザンは自分の格好と周りの雰囲気を見てなんだかちぐはぐだなと思った。
この国にしては暖かいとは言え、秋も終わろうかというこの季節、スーザンはワインレッドのビロードのドレスを着ていた。
こういう場所には白い麻や綿のシャツドレスやワンピースがよくあうのではないかしら。
そんなことを考えながらロビーの雰囲気を見ているとホテルの従業員が話しかけてきた。
スーザンがハロー商会の会長夫人だということがわかると支配人室に通された。スーザンはここぞとばかりに財政状況を確認した。やはり毎月のように赤字である。支配人からはお近付きの印にと家に招待された。
支配人はこの街を治めるウィンガーディアム伯爵の甥でアンディ・ジョンソンというまだ30代の青年だった。家には奥様と5歳の息子、3歳の娘がいてとても幸せそうな家庭だった。
奥方はスーザンと同じ女学校を卒業した2つ歳上のキャサリンという名の先輩でとても素敵な女性だった。
2人は意気投合し、1週間後、次はキャサリンがハロー家に訪ねてくれるということで合意した。
次の予定のある1週間後までの間、スーザンは今後のことについて考えようと思った。
感謝祭が終わったタイミングでサミュエルか大旦那様か大奥様か、誰かから接触があるだろうと考えたからだ。
スーザンが身の振り方を考えられる時間はあまり残っていなかった。
スーザンの中ではっきりしていたのは前のような仲良し夫婦ごっこはもうできないということだった。
スーザンはサミュエルから貰ったプレゼント(指抜き、刺繍糸、孔雀の髪留め、そして海賊シリーズの一巻)と貰った刺繍糸で作った刺繍作品を眺めながら今のサミュエルを本当に好きなのだろうかと考えた。
好きなのはあの頃のサミュエルだ。あの頃のサミュエルの思い出がなく、16歳のデビュタントではじめてサミュエルに会っていたとしたらそれでも惚れていただろうか。
サミュエルははじめからスーザンのことを嫌っていた。それ以来サミュエルがスーザンを見る目はいつも冷たく侮蔑に満ちている。サミュエルとまともに会話を交わしたのは何回だろうか。その中で彼に惚れる要素はあっただろうか。
--サマンサにはじめに送るアクセサリーはもう決めてるんだ。金の土台にルビーの婚約指輪がいい
指抜きをぼんやりとながめながら、指抜きをもらった時にそんなことを言われたことを思い出す。そして、婚約指輪も結婚指輪もルビーの指輪ではなかったなと思った。
今更ではなくはじめから蔑ろにされていたのに、それに気付かないふりをして期待していたのは馬鹿なわたし。もうきっと愛されることはないのだろう。いつまでもこの思い出にすがりついていてはいけない。
それでも幼い頃に惚れた面影の残るサミュエルを見るとときめいて胸がはちきれそうになる。
会えば諦めきれない。
もう、合わない方が良いのかもしれない。
しかし、サミュエルの考えがまとまるまでキースで待つと約束した。最後にもう一度会うべきだろうか。
一週間がたち、キャサリンたちが遊びにやってきた。キャサリンたちは翌日から感謝祭のためにアンディの実家に帰るという。
「スーザン様はお帰りにならないのですか?」
と聞かれたので、素直に夫婦生活がうまく行っていないことを答えた。
どちらにしても次の社交シーズンには話題になるだろう。
スーザンはキャサリンの息子に海賊シリーズの一巻をプレゼントした。
昔、サミュエルから貰ったものでこれまでなら絶対に誰かにあげるなど出来なかったが、物があるから執着してしまうのかもしれないと考えたからだ。
その三日後、キースの別荘を訪ねてきたのはサミュエルの父、大旦那様だった。
サミュエルはシープシャーの屋敷にサマンサを連れて帰ったらしい。当然のことながら屋敷は大変な騒動になったとのことだった。
「それで、君はどうするつもりかな?」
サミュエルよりも少し細面の顔に付いている眼はサミュエルのそれとそっくりで、まるで心の内まで見透かされているようだった。
「サミュエル様にも申し上げましたが、離縁したいと思っています」
大旦那様は少しため息をついて話しはじめた。
「僕はねスーザン、君のことでサミュエルの知らない真実をいくつか知っているんだよ。ひとつは結婚以来君がハロー商会の実務にアドバイスをしていてそれがハロー商会を良い方向に導いているということ。」
「どうしてそれを?逆に言うとどうしてサミュエル様は気付かれていなかったのでしょう?」
「ミスターゲーブルはサミュエルの秘書だがもともとは僕の部下でね。僕が早いうちに一線から退けたのも彼がいたからだ。サミュエルは大きな方向性を決めたり大物相手にハッタリをかますのは得意だが細かい実務のことにはあまり向かないタイプなんだ。それを補佐するのがミスターゲーブルというわけさ。その仕事を手伝っていたのが君だからサミュエルは気付かなかったのかもしれないね。まぁ、僕に言わせれば側近の仕事量や妻の様子から気付いて当然だとは思うがね。キミは相当優秀だとゲーブルからの報告に上がっている。離縁したらもうハロー商会の仕事からは手を引くだろう?」
「ええ、その予定です」
「それはちょっと困ったことになるなぁと思っているんだよ」
「もし、離縁しなくても今後は一切仕事には口出ししないと思っています」
「うーん。困るんだよね。そこでもう一つ、僕が知っていること。君が何者かってこと」
場所柄、気候がよく温泉も出ることから湯治場として古くから利用されてはいたが夏にシープシャーが栄えるような賑わいはなかった。
シープシャーも元々避暑地として人気の場所だったがハロー商会が開発し出してから人気に火がついた。夏にシープシャーに行くことは今や王都の上流階級の人々の中でステイタスとなっている。
ハロー商会では夏の避暑地シープシャーに対して冬にも同じような観光地を作れないかという思惑で開発をしたのがキースの街だった。
この国には珍しく温暖な気候で、冬でも雪が降るのは十年に一度あるかという土地は冬を過ごすにはうってつけだった。それに温泉もあるのでそれで身体を温めることができる。
しかし、春から秋までの社交シーズンを王都で過ごし、秋冬を領地に戻って過ごす風習のある上流階級の人々にとれば、夏に王都から少し足を伸ばしてシープシャーに避暑というのは行きやすいが、国中の領地に戻ってしまう秋冬に観光をするのはなかなか腰が重かった。
結果、開発にはだいぶお金をかけたもののまだ採算は取れていない状況にある。
スーザンがキースの別荘に到着したのはちょうど夕暮れ時であった。
ハロー家の別荘は崖の上にあり、海に沈む夕日が見えた。湖に沈む高質な夕日とは違い、海に沈む夕日は赤々と燃えるようだった。
いろいろな思いが渦巻いている自分の気持ちまで燃やしてしまいそうな夕日だった。
シープシャーの夕日も良いけれどわたしはこっちの方が好きだわ、とスーザンは思った。
キースの地には別荘地の他にハロー家が経営しているホテルもある。翌日はホテルに足を伸ばしてみた。
ホテルは海岸沿いに立っており、夏場は目の前のビーチで泳げるという。
白い壁にオレンジ色の屋根のコロニアル様式のホテルはオリエンタルな雰囲気があり、まるで海外に来たような雰囲気だった。
東洋では特別な花だと言われる蓮の花を描いた絵画がロビーに掛けられていてオリエンタルな雰囲気に拍車をかけていた。
スーザンは自分の格好と周りの雰囲気を見てなんだかちぐはぐだなと思った。
この国にしては暖かいとは言え、秋も終わろうかというこの季節、スーザンはワインレッドのビロードのドレスを着ていた。
こういう場所には白い麻や綿のシャツドレスやワンピースがよくあうのではないかしら。
そんなことを考えながらロビーの雰囲気を見ているとホテルの従業員が話しかけてきた。
スーザンがハロー商会の会長夫人だということがわかると支配人室に通された。スーザンはここぞとばかりに財政状況を確認した。やはり毎月のように赤字である。支配人からはお近付きの印にと家に招待された。
支配人はこの街を治めるウィンガーディアム伯爵の甥でアンディ・ジョンソンというまだ30代の青年だった。家には奥様と5歳の息子、3歳の娘がいてとても幸せそうな家庭だった。
奥方はスーザンと同じ女学校を卒業した2つ歳上のキャサリンという名の先輩でとても素敵な女性だった。
2人は意気投合し、1週間後、次はキャサリンがハロー家に訪ねてくれるということで合意した。
次の予定のある1週間後までの間、スーザンは今後のことについて考えようと思った。
感謝祭が終わったタイミングでサミュエルか大旦那様か大奥様か、誰かから接触があるだろうと考えたからだ。
スーザンが身の振り方を考えられる時間はあまり残っていなかった。
スーザンの中ではっきりしていたのは前のような仲良し夫婦ごっこはもうできないということだった。
スーザンはサミュエルから貰ったプレゼント(指抜き、刺繍糸、孔雀の髪留め、そして海賊シリーズの一巻)と貰った刺繍糸で作った刺繍作品を眺めながら今のサミュエルを本当に好きなのだろうかと考えた。
好きなのはあの頃のサミュエルだ。あの頃のサミュエルの思い出がなく、16歳のデビュタントではじめてサミュエルに会っていたとしたらそれでも惚れていただろうか。
サミュエルははじめからスーザンのことを嫌っていた。それ以来サミュエルがスーザンを見る目はいつも冷たく侮蔑に満ちている。サミュエルとまともに会話を交わしたのは何回だろうか。その中で彼に惚れる要素はあっただろうか。
--サマンサにはじめに送るアクセサリーはもう決めてるんだ。金の土台にルビーの婚約指輪がいい
指抜きをぼんやりとながめながら、指抜きをもらった時にそんなことを言われたことを思い出す。そして、婚約指輪も結婚指輪もルビーの指輪ではなかったなと思った。
今更ではなくはじめから蔑ろにされていたのに、それに気付かないふりをして期待していたのは馬鹿なわたし。もうきっと愛されることはないのだろう。いつまでもこの思い出にすがりついていてはいけない。
それでも幼い頃に惚れた面影の残るサミュエルを見るとときめいて胸がはちきれそうになる。
会えば諦めきれない。
もう、合わない方が良いのかもしれない。
しかし、サミュエルの考えがまとまるまでキースで待つと約束した。最後にもう一度会うべきだろうか。
一週間がたち、キャサリンたちが遊びにやってきた。キャサリンたちは翌日から感謝祭のためにアンディの実家に帰るという。
「スーザン様はお帰りにならないのですか?」
と聞かれたので、素直に夫婦生活がうまく行っていないことを答えた。
どちらにしても次の社交シーズンには話題になるだろう。
スーザンはキャサリンの息子に海賊シリーズの一巻をプレゼントした。
昔、サミュエルから貰ったものでこれまでなら絶対に誰かにあげるなど出来なかったが、物があるから執着してしまうのかもしれないと考えたからだ。
その三日後、キースの別荘を訪ねてきたのはサミュエルの父、大旦那様だった。
サミュエルはシープシャーの屋敷にサマンサを連れて帰ったらしい。当然のことながら屋敷は大変な騒動になったとのことだった。
「それで、君はどうするつもりかな?」
サミュエルよりも少し細面の顔に付いている眼はサミュエルのそれとそっくりで、まるで心の内まで見透かされているようだった。
「サミュエル様にも申し上げましたが、離縁したいと思っています」
大旦那様は少しため息をついて話しはじめた。
「僕はねスーザン、君のことでサミュエルの知らない真実をいくつか知っているんだよ。ひとつは結婚以来君がハロー商会の実務にアドバイスをしていてそれがハロー商会を良い方向に導いているということ。」
「どうしてそれを?逆に言うとどうしてサミュエル様は気付かれていなかったのでしょう?」
「ミスターゲーブルはサミュエルの秘書だがもともとは僕の部下でね。僕が早いうちに一線から退けたのも彼がいたからだ。サミュエルは大きな方向性を決めたり大物相手にハッタリをかますのは得意だが細かい実務のことにはあまり向かないタイプなんだ。それを補佐するのがミスターゲーブルというわけさ。その仕事を手伝っていたのが君だからサミュエルは気付かなかったのかもしれないね。まぁ、僕に言わせれば側近の仕事量や妻の様子から気付いて当然だとは思うがね。キミは相当優秀だとゲーブルからの報告に上がっている。離縁したらもうハロー商会の仕事からは手を引くだろう?」
「ええ、その予定です」
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