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8. 予想外の行動
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翌日もその翌日もカテリーナはアレクサンドルと共に夕飯を食べることとなった。
アレクサンドルの真意はわからないが、やはりフレンドリーに話しかけてくる。
カテリーナは戸惑いながらも聞かれた事には答えていた。しかし、カテリーナからアレクサンドルに質問をする事はなかった。
カテリーナはアレクサンドルが何のために第二宮殿来ていつごろ帰る予定なのかも知らなかったし興味もなかった。第二宮殿は広く、アレクサンドルが日中どのように過ごしているのかは知ろうとしなければわからない。
日中、カテリーナはアレクサンドルと会うことなどなく過ごしていた。
ところが、アレクサンドルが第二宮殿に来て4日目の昼過ぎ、孤児院のことについて教会と話をするために出かけるタイミングでアレクサンドルに話しかけられた。
「どこに行く?」
咎めるような心配しているようなそんな口調だった。
少し心配しているような声がやはりアリフレートと重なる。
このところどうしてもアレクサンドルの声がアリフレートと重なってしまうのだ。
長い間、アリフレートの声を聞いていないのでアレクサンドルの声と重なるのだろう。
それだけアリフレートの存在がカテリーナの中では大きいという事なのだが、アレクサンドルの声でアリフレートが上書きされるような気がして、カテリーナは眉を顰めた。
カテリーナが眉を顰めた事にアレクサンドルがどのような反応をしたのかまではカテリーナの視力では判別できない。
きっと気分を悪くしているのだろう。カテリーナはこれまで何を思うことがあってもアレクサンドルに対しては柔かに接してきた。
それは、妃教育でそう教えられたからでもあるし、もしかすると関係が修復するかもしれないと僅かばかり希望を持っていたからだ。
何があっても笑顔をキープする、という事は存外に疲れる。この数ヶ月の離宮生活で感情をそのままに出す事に慣れてきていたカテリーナにとっては特にそうだった。
表情を取り繕った方が良かったかしら、と思いながらカテリーナはもうその必要はないのだ、と自分の置かれた立場をあらためて思い出した。
取り止めもなくそんなことを考えていると沈黙の時が過ぎていたらしい。
何も話さないカテリーナを見て動いたのは後ろに控えていた侍女のエラだった。
「カテリーナ様はこれから孤児院を訪問される予定です。」
王太子が王太子妃に訪ねて侍女が答えるというのもおかしなことだ。場合によっては不敬だとされても文句が言えないことだが、アレクサンドルは意に介すことなく、「では、私も共に訪問しよう」と言ってカテリーナの前に手を差し出した。
流石のカテリーナも出された手を払い除けるような事はしない。
久しぶりに重ねたアレクサンドルの手はやはりゴツゴツしていてアリフレートに似ているなと思ったのだった。
アリフレートを思い出すたびカテリーナの心は締め付けられる。カテリーナの視力では彼の顔の造形はよくわからない。キラキラと輝く金の髪と、近寄ると顔の中にぼんやりと浮かぶ青い瞳がカテリーナが見る彼の全てだった。
「何を考えている?」
馬車の中でそう訪ねたアレクサンドルの声はどこか不機嫌だった。
「特に何も」
カテリーナは嘘をついた。もっと上手く嘘をつけばよかったのかもしれない。例えば孤児院のことについて考えているなど。
しかし、アリフレートのことについて考えていた後ろめたさからか咄嗟には言葉が出なかった。
すると、アレクサンドルが急に立ち上がりカテリーナの目の前まで顔を持ってきた。目の悪いカテリーナはアレクサンドルのブルーの瞳が急に目の前に現れて驚いた。
「なぜ嘘をつく?」
アレクサンドルとの距離がかなり近くなり、カテリーナの視力でも彼の人形のような瞳がはっきりと見えた。
射抜くような強い視線が目の悪いカテリーナにも感じられ、カテリーナは思わず顔を背けた。
「嘘などついておりません」
カテリーナは一度ついた嘘をさらに嘘で塗り固めることになった。
アレクサンドルはカテリーナの顎を掴み、カテリーナの視線をアレクサンドルの方に戻した。
「君は王太子妃だ。俺の妃だ。その事を忘れるでない」
そう言ってアレクサンドルはカテリーナの唇を荒々しく奪った。
このような口づけはカテリーナにとって初めての経験だった。カテリーナがこれまでキスをしたのはアレクサンドルとの結婚式のみで、結婚式のキスなど聴衆の前で行う子供騙しのキスである。
何故アレクサンドルがこのような事をするのか理解できなかった。
カテリーナはこれまでのアレクサンドルの態度を思い出す。カテリーナが王宮を追い出されるまではアレクサンドルはカテリーナのことを毛嫌いしていた。
すっぽかされるお茶会、迎えに来ない夜会、顔を合わせない新婚生活。
どれもアレクサンドルの意志のはずである。
アレクサンドルの側近でもあるウラジーミルがアレクサンドルに「もっとちゃんとカテリーナ嬢と交流しなよ」と忠告する場面に出くわしたことがある。その時、アレクサンドルは「ああいう女は好かんのだ」とにべもなく発言していた。
だから側妃を娶り、カテリーナを追い出したのではなかったのか。
なのに何故今さらカテリーナの前に現れて交流を持とうとするのか。
何故今になって夕食を共にするのか。
何故キスをしたのか。
気付けばカテリーナの頭の中はアレクサンドルへの何故で支配されていた。
アレクサンドルの真意はわからないが、やはりフレンドリーに話しかけてくる。
カテリーナは戸惑いながらも聞かれた事には答えていた。しかし、カテリーナからアレクサンドルに質問をする事はなかった。
カテリーナはアレクサンドルが何のために第二宮殿来ていつごろ帰る予定なのかも知らなかったし興味もなかった。第二宮殿は広く、アレクサンドルが日中どのように過ごしているのかは知ろうとしなければわからない。
日中、カテリーナはアレクサンドルと会うことなどなく過ごしていた。
ところが、アレクサンドルが第二宮殿に来て4日目の昼過ぎ、孤児院のことについて教会と話をするために出かけるタイミングでアレクサンドルに話しかけられた。
「どこに行く?」
咎めるような心配しているようなそんな口調だった。
少し心配しているような声がやはりアリフレートと重なる。
このところどうしてもアレクサンドルの声がアリフレートと重なってしまうのだ。
長い間、アリフレートの声を聞いていないのでアレクサンドルの声と重なるのだろう。
それだけアリフレートの存在がカテリーナの中では大きいという事なのだが、アレクサンドルの声でアリフレートが上書きされるような気がして、カテリーナは眉を顰めた。
カテリーナが眉を顰めた事にアレクサンドルがどのような反応をしたのかまではカテリーナの視力では判別できない。
きっと気分を悪くしているのだろう。カテリーナはこれまで何を思うことがあってもアレクサンドルに対しては柔かに接してきた。
それは、妃教育でそう教えられたからでもあるし、もしかすると関係が修復するかもしれないと僅かばかり希望を持っていたからだ。
何があっても笑顔をキープする、という事は存外に疲れる。この数ヶ月の離宮生活で感情をそのままに出す事に慣れてきていたカテリーナにとっては特にそうだった。
表情を取り繕った方が良かったかしら、と思いながらカテリーナはもうその必要はないのだ、と自分の置かれた立場をあらためて思い出した。
取り止めもなくそんなことを考えていると沈黙の時が過ぎていたらしい。
何も話さないカテリーナを見て動いたのは後ろに控えていた侍女のエラだった。
「カテリーナ様はこれから孤児院を訪問される予定です。」
王太子が王太子妃に訪ねて侍女が答えるというのもおかしなことだ。場合によっては不敬だとされても文句が言えないことだが、アレクサンドルは意に介すことなく、「では、私も共に訪問しよう」と言ってカテリーナの前に手を差し出した。
流石のカテリーナも出された手を払い除けるような事はしない。
久しぶりに重ねたアレクサンドルの手はやはりゴツゴツしていてアリフレートに似ているなと思ったのだった。
アリフレートを思い出すたびカテリーナの心は締め付けられる。カテリーナの視力では彼の顔の造形はよくわからない。キラキラと輝く金の髪と、近寄ると顔の中にぼんやりと浮かぶ青い瞳がカテリーナが見る彼の全てだった。
「何を考えている?」
馬車の中でそう訪ねたアレクサンドルの声はどこか不機嫌だった。
「特に何も」
カテリーナは嘘をついた。もっと上手く嘘をつけばよかったのかもしれない。例えば孤児院のことについて考えているなど。
しかし、アリフレートのことについて考えていた後ろめたさからか咄嗟には言葉が出なかった。
すると、アレクサンドルが急に立ち上がりカテリーナの目の前まで顔を持ってきた。目の悪いカテリーナはアレクサンドルのブルーの瞳が急に目の前に現れて驚いた。
「なぜ嘘をつく?」
アレクサンドルとの距離がかなり近くなり、カテリーナの視力でも彼の人形のような瞳がはっきりと見えた。
射抜くような強い視線が目の悪いカテリーナにも感じられ、カテリーナは思わず顔を背けた。
「嘘などついておりません」
カテリーナは一度ついた嘘をさらに嘘で塗り固めることになった。
アレクサンドルはカテリーナの顎を掴み、カテリーナの視線をアレクサンドルの方に戻した。
「君は王太子妃だ。俺の妃だ。その事を忘れるでない」
そう言ってアレクサンドルはカテリーナの唇を荒々しく奪った。
このような口づけはカテリーナにとって初めての経験だった。カテリーナがこれまでキスをしたのはアレクサンドルとの結婚式のみで、結婚式のキスなど聴衆の前で行う子供騙しのキスである。
何故アレクサンドルがこのような事をするのか理解できなかった。
カテリーナはこれまでのアレクサンドルの態度を思い出す。カテリーナが王宮を追い出されるまではアレクサンドルはカテリーナのことを毛嫌いしていた。
すっぽかされるお茶会、迎えに来ない夜会、顔を合わせない新婚生活。
どれもアレクサンドルの意志のはずである。
アレクサンドルの側近でもあるウラジーミルがアレクサンドルに「もっとちゃんとカテリーナ嬢と交流しなよ」と忠告する場面に出くわしたことがある。その時、アレクサンドルは「ああいう女は好かんのだ」とにべもなく発言していた。
だから側妃を娶り、カテリーナを追い出したのではなかったのか。
なのに何故今さらカテリーナの前に現れて交流を持とうとするのか。
何故今になって夕食を共にするのか。
何故キスをしたのか。
気付けばカテリーナの頭の中はアレクサンドルへの何故で支配されていた。
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