【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル

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20. イレーナとの会話

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シャワルクに来て1ヶ月がすぎた。
注文していた眼鏡が完成し、貸し出してもらっていた眼鏡と交換することになった。

自分用に作ったそれはとても掛け心地が良く顔にピッタリと馴染んだ。

これまでのものと変わらないのだろうがとても良く見えるようになった気がする。


「王宮でのパーティが終わったら国に帰りますわ」

カテリーナはリンツ公爵家のみんなにそう宣言した。
眼鏡も手に入り、イレーナも最近は一人で社交を頑張っているらしい。
イレーナに請われてアドバイスをすることはあるがカテリーナの陰に隠れるのではなく実地で身につけるのが一番だと気付いたらしい。
サロメアは優秀な令嬢ではあるが苛烈で傲慢なところがありみんなから慕われているわけではない。
サロメアのことを苦手だと思っていた若い婦人や令嬢たちがイレーナを慕うようになり社交界でもうまく立ち回れるようになったのだ。
カテリーナはこうなってはお役御免である。

それに何よりもアレクサンドルに会いたいという思いをごまかすことが難しくなった。

エラが来てアレクサンドルが未だカテリーナを望んでくれているらしいと知り浮かんだのは戸惑いより喜びだった。

帰国のための準備が進められた。
ポランスキの首都シャワルクからラッシースカヤの第二宮殿のあるクラスーヌイまでは早くて5日、身分のある貴族の行程としては10日は見ておかなければならない。
この旅程をリンツ公爵に全て負担させるのはかなり心苦しかったが、他に方法がないため国に帰って自分にできることがあれば公爵家の力添えになろうと心に決めた。

王宮でのパーティの前日、ドレスが公爵家に届けられたが、注文していた緑のドレスではなく藤色のドレスが届いた。

どういうことかと聞いてみると、緑の生地ではなく藤色にするようにとの訂正があったと言われてしまった。
バルバラがにっこりと微笑んでいたのでバルバラの差金らしかった。
確かに濃い緑はカテリーナにはあまり似合わない。

ラッシースカヤでは紫色は王族しか身につけられない特別な色である。カテリーナが初めてアレクサンドルに会った時、王妃は藤色のドレスを着ていた。
自分が王太子の婚約者になったと知った時、いつかは自分もこの色のドレスを着るのだろうと思っていた。

それはラッシースカヤでは王族の証であり威厳でもある。

しかし、カテリーナが紫系統のドレスを着ることはこれまでついぞなかった。
アレクサンドルからドレスを贈られることはなく、自分からその色のドレスをオーダーすることは躊躇われた。
アレクサンドルに妃と認められていないのに形だけ取り繕っても虚しいだけである。

「でも、この色は・・・着れませんわ。」

そう言うとバルバラが「大丈夫よ。ここはラッシースカヤではないのだし、ラッシースカヤだとしてもあなたは王太子妃なのだから」とこともなげに言った。

「それに、あなたには淡い色がよく似合うわ。ほら。」

そう言って姿見の前でドレスを合わせてみる。眼鏡の目で鏡越しに見るとたしかに似合っていた。

しかし、本国で紫を纏ったことがないのにここにきて身に纏うなど未練がましすぎやしないだろうか。

「大変お似合いですわ。きっと、の方もそうおっしゃるかと。」

エラがそう言いながらドレスを着せてくれる。
驚いてエラを見ると目が合った。珍しくエラがにっこりと微笑んだ。

「そうかしら。」

エラはテキパキとドレスをカテリーナに着せてくれる。

「私はカテリーナ様のお近くでカテリーナ様よりも多くのものを見て参りましたから間違いございませんわ。」

エラはそう言ってカテリーナに鏡を見るように促した。鏡の中には間違いなくラッシースカヤの王太子妃が立っていた。


***


次の日、王宮の外庭園をイレーナと歩いていた。
王宮でのパーティでは位の低い者からパーティ会場に呼ばれるため、高位の貴族には控室が用意されるが、その中でじっとしておく必要はない。
会場入り口で名前を呼ばれているのはまだ子爵家のため、公爵家であるリンツ家が呼ばれるまでに一時間はかかるだろう。

外庭園は常緑樹が目線ほどの高さで切り揃えられていて迷路の様だった。

外は少し冷えるためイレーナとカテリーナはケープマントを着けて歩いている。イレーナは外庭園には詳しいらしく「私に任せてください」と言ってズンズンと進んでいった。
すると、噴水がありその前にベンチが置かれている広場に出た。

「外庭園は普段は平民でも無料で入れるんです。でもここは奥まっていていつも誰も居なくて。だから、私、子爵家に引き取られてから一人になりたい時はここに来る事にしていたんです。」

そう言ってベンチに腰掛けた。
子爵家にひきとられてから平民上がりということで苦労したんだろう。ここでこっそり涙を流す日もあったのかもしれない。
イレーナは王都に来てかなり成長した。これまでどこか自信がなく、そのため普段なら出来ているようなマナーも人前で失敗してしまっていたらしいが、セドリックに褒めてもらえるようになって自信を持ったのだ。
積極的に園遊会に参加して自分のマナーがそれほど悪いわけではないと思えたのも良かったのかもしれない。
領地の家だと公爵家に嫁いで20年以上たつバルバラしか比べる相手がいない。だからいつまで経っても自信など持てなかったのだろう。

イレーナを王都に連れて行くというバルバラの作戦はかなりうまくいったようだ。

「カーシャお姉様もお座りになって」
ここ最近、イレーナとカテリーナの距離はますます近付いていてカテリーナのあだ名であるカーシャと呼ばれるまでになっていた。
カーシャと呼ばれるのは家族以外では初めてでどこかくすぐったい。
座ると噴水と垣根の向こうに王宮がデーンと鎮座しているのが見えた。
パーティの警備をしていると思われる者が忙しなく動いているのが見える。
迷路の中をクネクネと歩いてきたためかなり遠くまで来たのかと思っていたが、宮殿とはそれほど離れていなかったらしい。

「カーシャお姉さまが帰国されるなんて淋しいですわ」

そう言ってうるうるした瞳をカテリーナに向けてくる。とても美しくついほだされそうになる。

「本当に、淋しくなりますわ。」

言外に「でも、帰国は決定事項である」という雰囲気を含めて発言をした。

「わたくし、カーシャお姉さまはラッシースカヤに帰国しなくても良いと思いますの」

何を言い出すのかと思ったら。

「最近、お姉様なしでも何度か社交に行きましたでしょう?そこで色々な方がお姉さまの噂を教えてくださいましたの。」

きっとカテリーナがアレクサンドルから嫌われているとか蔑ろにされていると言った内容の尾鰭おひれが沢山ついた噂だろう。

「それが全て本当だとは私も思っていませんの。でも、そういう噂がある事を知っていて北の王家は何も手を打たなかったのでしょう?」

「手を打たなかったというか」

何かを否定しなければと思うが何をどう否定したら良いのか分からず言葉が続かなかった。
ふと、アレクサンドルが茶会に来ずにずっと待たされていた日のことを思い出した。
あの時はまだアレクサンドルにわずかな期待を持っていたように思う。
アレクサンドルが来たら今日こそはアレクサンドルが興味がある事について聞こうと、どう聞けばいいかと思いを巡らせていた。

確かそれまではかなり遅刻してではあるが顔は出してくれていた。だから全く来なくなるなんて思ってもいなかったのだ。

茶会の席で一人、太陽が夕陽になるまで待ち、手の先は氷のように冷たかった。
カテリーナの心はボロボロだった。
あの時はエラが、そろそろ帰りましょうかと言ってくれたから動けたのだ。
帰りの馬車でも家に帰ってからもカテリーナはアレクサンドルが来なかったことなどどうでもいいというふうに装った。
そうしなければ、カテリーナの心が折れてしまいそうだったからだ。
でもあの時、アレクサンドルが来なくて悔しいと、話ができず何を考えているかわからないとどこかに訴えていたら何か変わったのだろうか。

あの時はまだチシャモ公爵家は落ちぶれていなかったから公爵家から圧力をかけることは出来たはずである。

しかし、アレクサンドルがカテリーナをどうでも良いというふうに扱う事に対して、追い縋るのではなく、自分だってアレクサンドルのことなどどうでも良いと思っているのだという態度を取ったのはカテリーナである。

噂が流れていたことを知りながら何も手を打たなかったのはカテリーナとて同罪なのだ。

「あんな噂、何度か王宮で仲睦まじくダンスを踊ったら消える程度のものじゃありませんか。」

イレーナは簡単にそういうが、それが出来ないほど二人の関係が拗れていたのは事実である。

もし、宮殿から追い出される前にアレクサンドルがカテリーナをダンスに誘っていたらどうしていただろうか、と思う。

素直に笑って踊れただろうか。
多分、無理だ。
あの時、カテリーナのアレクサンドルへの思いはいろいろと絡まりすぎてアレクサンドルに笑顔を向けるのは難しかっただろう。
もしかすると王太子は二人の関係改善のために歩み寄ろうとしているのにそれを拒んでいるのは王太子妃の方であるなんて噂が流れるくらい歪んだ表情で踊る事になったかもしれない。

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