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第3章
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アキラくんが他の必修講義で見ないのは、二度、留年するまでの間に取れる単位を取っていたからで、それを知ってしまったら会える機会は意外と少ないのだと気づいた。
今期会えるのは毎週月曜の一限目だけ。だというのにアキラくん本人はあろうことか、二週間連続で休んでいる。
そして私はというと、風邪をひいて休んでしまった真希ちゃんへ、今日の分のノートとお見舞いの品を届けるためにコンビニにいるわけだけど。
なぜか休んだはずのアキラくんが、大学の目と鼻の先にあるコンビニで雑誌の立ち読みをしていた。
「アキラくん?」
「あ、コハルちゃんだ、おはよう」
へにゃ、と人懐こい笑顔で呑気に挨拶をされる。本当に歳上に見えない。中学生くらい……。幼い。これで成人してるなんて。ショタではなかったはずだけど、目覚めそうになる。
つられてへらへらと「おはよう」なんて返しちゃったけど、そうじゃない。
「今日はどうしたの? ていうか先週も来てないし」
「んー、寝坊。最近の朝は寒くてねぇ」
童顔のくせに、隠居したおじいちゃんみたいなことを言う。
「アキラくん、もう四回休んじゃったから、次休むとまた単位落とすよ」
「そしたらコハルちゃんの後輩だね」
へにゃへにゃと危機感ゼロの返答をされて、ついイラッとしてしまった。
なんだか焦っているのは私だけで、アキラくんは私と一緒に卒業したくないのかな。
毎週、律儀にノートを取っている自分が馬鹿らしい。かと言ってこのまま見捨ててしまえるかと言ったらそれはできない。
アキラくんが私の後輩になるということは、アキラくんの周りにさらに女の子が増えるということで、もしかしたらその中に彼の魅力に気づいてしまう子だって出て来るかもしれない。
そして今の私みたいにアキラくんの秘密を知っちゃってあれやこれや……。あぁ、考えるだけで無理。
「アキラくん、今日、この後ヒマ?」
「今日は、うん、まぁ、次は五限だからそれまで暇かな」
「よかったら、今までの講義のノート、貸そうか?」
「えー、いいの?」
「うん、もらったレジュメとかもあるし。あの、この前、アキラくんの友達に、留年させないでって頼まれたから。予定がなければうちまで取りに行くからついてきてもらっていいかな」
「いいよー」
かなり緊張しながら勇気を振り絞って家に誘ったのに、終始、軽い調子のアキラくんに拍子抜けする。
雑誌の立ち読みをしているアキラくんをそのまま待たせて、真希ちゃんへのお見舞いの品を急いで買って、今日の分のノートのコピーを取る。こういうとき、パソコンでノートをとれたらいいのに、この講義を受け持つ教授はそういうのを嫌っている。手を動かしてなんぼ、みたいな。
「コハルちゃんのうちはここから近いの?」
「うん。ていうか、すぐそこ」
コンビニを出て曲がり角を左に曲がると、コンクリート造りの学生専用アパートが建っている。その二階の角部屋が私の部屋だ。真希ちゃんも同じアパートの一階に住んでいる。大学まで五分もかからない。
「近くていいね。俺んち、歩きだと三十分くらいかかるから来るまでが大変」
あぁ、だから一限目の講義をしょっちゅう休むのか。
「お兄ちゃんがね、一年のうちは講義が朝早いから、なるべく大学の近くに借りろって。今住んでるアパートも元々はお兄ちゃんが借りてたところなの」
「コハルちゃん、お兄ちゃんいるんだね」
「うん。アキラくんは?」
「俺は一人っ子」
ごくごく自然に会話を弾ませて思わぬ情報を収穫しているうちに、アパートに着いた。
インターホンを押して、出てきた真希ちゃんに講義のノートやゼリー、スポーツドリンクを差し入れる。
おでこに冷えピタを貼って顔を赤くしたパジャマ姿の真希ちゃんは、ドアの隙間から私とアキラくんを見ると「……小春、超頑張れよ」と蚊の鳴くような声で言った。何をどう頑張るんだと突っ込みたかったけど、アキラくんもいるし、真希ちゃんもかなり重症そうなので「夕方、また様子見に来るね」とだけ伝えてドアを閉めた。
コンクリートのひんやりした階段を上りながら、朝、バタバタと出てきた部屋を思い出す。
朝ごはんと食べた後の食器は片付けたっけ、ベッドはちゃんと整えたっけ、ノートパソコンは閉じたっけ。
特にノートパソコン。
画面を開いてままにして、うっかりデスクトップが映されたら大問題だ。あれにはこの前撮った可愛い可愛いアキラくんの女装姿が全面に来るようにしてある。そのためにアイコンを整理したくらいだ。
この前、アキラくんの写真を消す約束でお触りをしてしまって、写真を消していないことがバレたらきっと嘘つきだと軽蔑される。
「……ここ、なんだけど、ちょっと待ってて」
狭い玄関にアキラくんを待たせて、ずんずんと部屋の中を進む。まずは左手にあるキッチン。よかった、食器が片付いてある。
さらに玄関から真正面を向いたところに位置する八畳のワンルーム。その右側にある木製フレームのベッドも整えられている。
ぐるりと視線を左に向けて。白いメラミン素材のこたつテーブルの上に置いている問題のノートパソコンも閉じたままだ。OK、なんの問題もなし。朝の私、ありがとう。
「どうぞ!」
部屋の中から声を張り上げる。少し遅れてアキラくんが入ってきた。
「お邪魔しまーす。わぁ~、こたつだ」
「アキラくん、こたつ好き?」
「うん。あ、でも一生外に出なくなるから自分の部屋にはないけど」
「どうぞ、あったまってって」
「失礼しまーす」
二時間前に電源を切ったばかりでまだほのかに暖かいのか、室内飼いの猫のようにこたつにおさまったアキラくんがうっとりと目を細めた。ぎゃん、可愛い。衣食住の世話をしてあげるから、ずっとここにいて欲しいと思ってしまう。
だけどすぐに当初の目的を思い出して、テレビラックの隣に並ぶ本棚代わりの白いカラーボックスから、初日のガイダンスから十回分の講義でまとめたルーズリーフの紙束を引っ張り出す。
アキラくんが他の必修講義で見ないのは、二度、留年するまでの間に取れる単位を取っていたからで、それを知ってしまったら会える機会は意外と少ないのだと気づいた。
今期会えるのは毎週月曜の一限目だけ。だというのにアキラくん本人はあろうことか、二週間連続で休んでいる。
そして私はというと、風邪をひいて休んでしまった真希ちゃんへ、今日の分のノートとお見舞いの品を届けるためにコンビニにいるわけだけど。
なぜか休んだはずのアキラくんが、大学の目と鼻の先にあるコンビニで雑誌の立ち読みをしていた。
「アキラくん?」
「あ、コハルちゃんだ、おはよう」
へにゃ、と人懐こい笑顔で呑気に挨拶をされる。本当に歳上に見えない。中学生くらい……。幼い。これで成人してるなんて。ショタではなかったはずだけど、目覚めそうになる。
つられてへらへらと「おはよう」なんて返しちゃったけど、そうじゃない。
「今日はどうしたの? ていうか先週も来てないし」
「んー、寝坊。最近の朝は寒くてねぇ」
童顔のくせに、隠居したおじいちゃんみたいなことを言う。
「アキラくん、もう四回休んじゃったから、次休むとまた単位落とすよ」
「そしたらコハルちゃんの後輩だね」
へにゃへにゃと危機感ゼロの返答をされて、ついイラッとしてしまった。
なんだか焦っているのは私だけで、アキラくんは私と一緒に卒業したくないのかな。
毎週、律儀にノートを取っている自分が馬鹿らしい。かと言ってこのまま見捨ててしまえるかと言ったらそれはできない。
アキラくんが私の後輩になるということは、アキラくんの周りにさらに女の子が増えるということで、もしかしたらその中に彼の魅力に気づいてしまう子だって出て来るかもしれない。
そして今の私みたいにアキラくんの秘密を知っちゃってあれやこれや……。あぁ、考えるだけで無理。
「アキラくん、今日、この後ヒマ?」
「今日は、うん、まぁ、次は五限だからそれまで暇かな」
「よかったら、今までの講義のノート、貸そうか?」
「えー、いいの?」
「うん、もらったレジュメとかもあるし。あの、この前、アキラくんの友達に、留年させないでって頼まれたから。予定がなければうちまで取りに行くからついてきてもらっていいかな」
「いいよー」
かなり緊張しながら勇気を振り絞って家に誘ったのに、終始、軽い調子のアキラくんに拍子抜けする。
雑誌の立ち読みをしているアキラくんをそのまま待たせて、真希ちゃんへのお見舞いの品を急いで買って、今日の分のノートのコピーを取る。こういうとき、パソコンでノートをとれたらいいのに、この講義を受け持つ教授はそういうのを嫌っている。手を動かしてなんぼ、みたいな。
「コハルちゃんのうちはここから近いの?」
「うん。ていうか、すぐそこ」
コンビニを出て曲がり角を左に曲がると、コンクリート造りの学生専用アパートが建っている。その二階の角部屋が私の部屋だ。真希ちゃんも同じアパートの一階に住んでいる。大学まで五分もかからない。
「近くていいね。俺んち、歩きだと三十分くらいかかるから来るまでが大変」
あぁ、だから一限目の講義をしょっちゅう休むのか。
「お兄ちゃんがね、一年のうちは講義が朝早いから、なるべく大学の近くに借りろって。今住んでるアパートも元々はお兄ちゃんが借りてたところなの」
「コハルちゃん、お兄ちゃんいるんだね」
「うん。アキラくんは?」
「俺は一人っ子」
ごくごく自然に会話を弾ませて思わぬ情報を収穫しているうちに、アパートに着いた。
インターホンを押して、出てきた真希ちゃんに講義のノートやゼリー、スポーツドリンクを差し入れる。
おでこに冷えピタを貼って顔を赤くしたパジャマ姿の真希ちゃんは、ドアの隙間から私とアキラくんを見ると「……小春、超頑張れよ」と蚊の鳴くような声で言った。何をどう頑張るんだと突っ込みたかったけど、アキラくんもいるし、真希ちゃんもかなり重症そうなので「夕方、また様子見に来るね」とだけ伝えてドアを閉めた。
コンクリートのひんやりした階段を上りながら、朝、バタバタと出てきた部屋を思い出す。
朝ごはんと食べた後の食器は片付けたっけ、ベッドはちゃんと整えたっけ、ノートパソコンは閉じたっけ。
特にノートパソコン。
画面を開いてままにして、うっかりデスクトップが映されたら大問題だ。あれにはこの前撮った可愛い可愛いアキラくんの女装姿が全面に来るようにしてある。そのためにアイコンを整理したくらいだ。
この前、アキラくんの写真を消す約束でお触りをしてしまって、写真を消していないことがバレたらきっと嘘つきだと軽蔑される。
「……ここ、なんだけど、ちょっと待ってて」
狭い玄関にアキラくんを待たせて、ずんずんと部屋の中を進む。まずは左手にあるキッチン。よかった、食器が片付いてある。
さらに玄関から真正面を向いたところに位置する八畳のワンルーム。その右側にある木製フレームのベッドも整えられている。
ぐるりと視線を左に向けて。白いメラミン素材のこたつテーブルの上に置いている問題のノートパソコンも閉じたままだ。OK、なんの問題もなし。朝の私、ありがとう。
「どうぞ!」
部屋の中から声を張り上げる。少し遅れてアキラくんが入ってきた。
「お邪魔しまーす。わぁ~、こたつだ」
「アキラくん、こたつ好き?」
「うん。あ、でも一生外に出なくなるから自分の部屋にはないけど」
「どうぞ、あったまってって」
「失礼しまーす」
二時間前に電源を切ったばかりでまだほのかに暖かいのか、室内飼いの猫のようにこたつにおさまったアキラくんがうっとりと目を細めた。ぎゃん、可愛い。衣食住の世話をしてあげるから、ずっとここにいて欲しいと思ってしまう。
だけどすぐに当初の目的を思い出して、テレビラックの隣に並ぶ本棚代わりの白いカラーボックスから、初日のガイダンスから十回分の講義でまとめたルーズリーフの紙束を引っ張り出す。
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