8 / 19
第3章
2
しおりを挟む
「…………」
そのまま渡してしまえばこれで終わりなんだけど、アキラくんのことだからきっと受け取って満足して終わりな気がする。たぶん、見返したりもしないんだろう。
「アキラくん、五限まで暇なんだよね」
「うん」
「ここでノート取っていって。アキラくん、この講義、苦手でしょ。ちゃんと自分の手で書かないと覚えないと思うから」
うわ、教授みたいなことを言っちゃった。
「えぇ……」
アキラくんもめんどくさそうに眉を下げている。
「ちなみに来週、小テストがあって、受けるだけで成績に加算されるみたい」
「ふうん……」
こたつテーブルの上で突っ伏しているアキラくんが目だけをむけてつぶやいた。
……いまいち響いてないな。
なんというか、アキラくんには危機感というものがなくて私とやる気の温度差が結構ある。だからどうやってやる気にさせて勉強させたらいいのかわからない……。
そういや昔お兄ちゃんが持っていた漫画に、問題が正解するごとになんかエロいご褒美をあげてた描写があったな。あれは恋人同士がしていたことだから、アキラくんにその気がなければ通用しない気もするけど……。
「じゃあ、アキラくん」
ぐでーという書き文字が似合うくらい、こたつテーブルの上に腕を伸ばして上半身を折り曲げているアキラくんに向かい合う。今から言うことはかなり恥ずかしい。スベったら本当、大事故間違いなし。えぇい、ままよ。
「今までの講義のノート、全部書き写したら、……きっ、気持ちいいことしてあげる」
「……ほう」
完全に突っ伏して寝る姿勢になったアキラくんが、首だけをこちらに向けた。
「気持ちいいことって、なんでもいいの?」
「なんでも! この前みたいに手でしたりとかいろいろ!」
「よっしゃ、いろんな意味でやる気出た」
言質をとったと言わんばかりに目が輝き出し、上体がぐんと起き上がった。……可愛い顔をして本当に性欲の塊だ。思春期の中高生くらい、性に対して貪欲だと思う。
私はといえばゴリラみたいな兄が所蔵していた十八禁の書物や、真希ちゃんとノリで回し読みしていたレディースコミックから得た知識を持ち合わせたくらいだから、アキラくんの期待に応えられるかどうか、不安しかない。この前、やっとホンモノのお触りを卒業したレベルなのに。
というか、きっとアキラくんは私を処女だと思ってない。初めから、上から目線の強気な態度をとってしまった私に責任はあるけど、経験は皆無で、手はおろか舌など使う高等技術など、何それどのエロ本、何ページの話よってくらい未知なわけで。
……早まってしまった。そりゃいつかはアキラくんと結ばれたいけど、ノートを取るだけの交換条件で十八年大事にしてきた処女を渡したくない。願わくばまた手だけで済みますように。そして今回も私優位で終われますように。
リュックから適当なノートを取り出して、一回目の講義分からノートを取っていくアキラくんの横顔を見つめる。
めちゃくちゃ真面目な顔をして、めちゃくちゃ集中している。笑うと可愛いし黙っていれば格好いいんだよなぁ。なんでみんなこの尊さに気づかないんだろう。
毎週、私と一緒に見ている真希ちゃんですら「細い男には興味ねぇ」って言うし。ゴリラよりマシじゃん。
ずっと見惚れていたら目が合った。きょとんとした顔の後、子供みたいにへにゃっと崩れる。ほら! これだよ、この可愛さ! 人と目が合ったら自然と笑顔を振りまける愛嬌の良さ! うちのゴリラ(兄)なんてオラついてくるからね!
「あ、アキラくんっ、なんか飲む? ココアとか、コーヒーとか」
「お構いなく~」
いや、全力で構うよ。
立ち上がってキッチンへ向かう。白くて大きいシンプルなマグカップにココアの粉を入れてお湯を沸かしている間、カウンター越しにアキラくんの背中を眺める。白とピンクが基調の、いかにも女子が住んでますと主張するここにアキラくんがいるなんて、しかもノートを広げて勉強をしているなんて、夢みたいだ。
邪魔にならないように、湯気のたつマグカップをそっと左手側に置く。また「ありがとう(へにゃ)」で、私の頬も緩みまくる。
まるで受験勉強を頑張る息子を応援する母親にでもなった気分だ。実際は不真面目で講義を休んでばかりで、ただノートを写しているだけなのに、めちゃくちゃ世話を焼きたくなってくる。
それからアキラくんはほとんど一言も喋らずに、手を動かしまくった。一度だけトイレを借りに立ったくらいで、ココアもほとんど口をつけず、お昼を過ぎて、ご飯を買いに行こうかそれとも作ろうかと提案しても「大丈夫~」とやんわり断り、ひたすらノートに向き合っている。
私はというと、彼の邪魔にならないようにベッドのフレームに寄りかかりながら、端正な横顔を気づかれない程度の熱さで見つめていた。
……本当は写真におさめたい。動画を撮りたい。そしてモチベーションを高めるために、自分のテスト勉強中に部屋で流したい。
ペット用カメラでもつけようかな。
誘う口実が思いつかないから、次はいつ来てくれるかかわからないけど。
手が届く距離にいるのに、手に入らないから、そういう危険思考が頭をよぎる。
「終わった!」
この静寂の中、どうにかアキラくんに気づかれないように写真を撮れないか、スマホを持ったまま手元をモゾモゾ動かしていたら、唐突にアキラくんが叫んだ。驚き過ぎて体が跳ねる。
「……え、全部? 本当?」
「終わったよー、ほら」
手渡されたノートとルーズリーフの紙束を見比べる。綺麗に一語一句コピーされていた。重要だと思って引いたアンダーラインも、教授がつぶやいた話のメモも残さず。
内容を理解したかどうかは別として、九十分の講義十回分の内容を二時間で書き写すのは大したものだ。よく集中力が切れなかったな。私だったら絶対飽きている。
そのまま渡してしまえばこれで終わりなんだけど、アキラくんのことだからきっと受け取って満足して終わりな気がする。たぶん、見返したりもしないんだろう。
「アキラくん、五限まで暇なんだよね」
「うん」
「ここでノート取っていって。アキラくん、この講義、苦手でしょ。ちゃんと自分の手で書かないと覚えないと思うから」
うわ、教授みたいなことを言っちゃった。
「えぇ……」
アキラくんもめんどくさそうに眉を下げている。
「ちなみに来週、小テストがあって、受けるだけで成績に加算されるみたい」
「ふうん……」
こたつテーブルの上で突っ伏しているアキラくんが目だけをむけてつぶやいた。
……いまいち響いてないな。
なんというか、アキラくんには危機感というものがなくて私とやる気の温度差が結構ある。だからどうやってやる気にさせて勉強させたらいいのかわからない……。
そういや昔お兄ちゃんが持っていた漫画に、問題が正解するごとになんかエロいご褒美をあげてた描写があったな。あれは恋人同士がしていたことだから、アキラくんにその気がなければ通用しない気もするけど……。
「じゃあ、アキラくん」
ぐでーという書き文字が似合うくらい、こたつテーブルの上に腕を伸ばして上半身を折り曲げているアキラくんに向かい合う。今から言うことはかなり恥ずかしい。スベったら本当、大事故間違いなし。えぇい、ままよ。
「今までの講義のノート、全部書き写したら、……きっ、気持ちいいことしてあげる」
「……ほう」
完全に突っ伏して寝る姿勢になったアキラくんが、首だけをこちらに向けた。
「気持ちいいことって、なんでもいいの?」
「なんでも! この前みたいに手でしたりとかいろいろ!」
「よっしゃ、いろんな意味でやる気出た」
言質をとったと言わんばかりに目が輝き出し、上体がぐんと起き上がった。……可愛い顔をして本当に性欲の塊だ。思春期の中高生くらい、性に対して貪欲だと思う。
私はといえばゴリラみたいな兄が所蔵していた十八禁の書物や、真希ちゃんとノリで回し読みしていたレディースコミックから得た知識を持ち合わせたくらいだから、アキラくんの期待に応えられるかどうか、不安しかない。この前、やっとホンモノのお触りを卒業したレベルなのに。
というか、きっとアキラくんは私を処女だと思ってない。初めから、上から目線の強気な態度をとってしまった私に責任はあるけど、経験は皆無で、手はおろか舌など使う高等技術など、何それどのエロ本、何ページの話よってくらい未知なわけで。
……早まってしまった。そりゃいつかはアキラくんと結ばれたいけど、ノートを取るだけの交換条件で十八年大事にしてきた処女を渡したくない。願わくばまた手だけで済みますように。そして今回も私優位で終われますように。
リュックから適当なノートを取り出して、一回目の講義分からノートを取っていくアキラくんの横顔を見つめる。
めちゃくちゃ真面目な顔をして、めちゃくちゃ集中している。笑うと可愛いし黙っていれば格好いいんだよなぁ。なんでみんなこの尊さに気づかないんだろう。
毎週、私と一緒に見ている真希ちゃんですら「細い男には興味ねぇ」って言うし。ゴリラよりマシじゃん。
ずっと見惚れていたら目が合った。きょとんとした顔の後、子供みたいにへにゃっと崩れる。ほら! これだよ、この可愛さ! 人と目が合ったら自然と笑顔を振りまける愛嬌の良さ! うちのゴリラ(兄)なんてオラついてくるからね!
「あ、アキラくんっ、なんか飲む? ココアとか、コーヒーとか」
「お構いなく~」
いや、全力で構うよ。
立ち上がってキッチンへ向かう。白くて大きいシンプルなマグカップにココアの粉を入れてお湯を沸かしている間、カウンター越しにアキラくんの背中を眺める。白とピンクが基調の、いかにも女子が住んでますと主張するここにアキラくんがいるなんて、しかもノートを広げて勉強をしているなんて、夢みたいだ。
邪魔にならないように、湯気のたつマグカップをそっと左手側に置く。また「ありがとう(へにゃ)」で、私の頬も緩みまくる。
まるで受験勉強を頑張る息子を応援する母親にでもなった気分だ。実際は不真面目で講義を休んでばかりで、ただノートを写しているだけなのに、めちゃくちゃ世話を焼きたくなってくる。
それからアキラくんはほとんど一言も喋らずに、手を動かしまくった。一度だけトイレを借りに立ったくらいで、ココアもほとんど口をつけず、お昼を過ぎて、ご飯を買いに行こうかそれとも作ろうかと提案しても「大丈夫~」とやんわり断り、ひたすらノートに向き合っている。
私はというと、彼の邪魔にならないようにベッドのフレームに寄りかかりながら、端正な横顔を気づかれない程度の熱さで見つめていた。
……本当は写真におさめたい。動画を撮りたい。そしてモチベーションを高めるために、自分のテスト勉強中に部屋で流したい。
ペット用カメラでもつけようかな。
誘う口実が思いつかないから、次はいつ来てくれるかかわからないけど。
手が届く距離にいるのに、手に入らないから、そういう危険思考が頭をよぎる。
「終わった!」
この静寂の中、どうにかアキラくんに気づかれないように写真を撮れないか、スマホを持ったまま手元をモゾモゾ動かしていたら、唐突にアキラくんが叫んだ。驚き過ぎて体が跳ねる。
「……え、全部? 本当?」
「終わったよー、ほら」
手渡されたノートとルーズリーフの紙束を見比べる。綺麗に一語一句コピーされていた。重要だと思って引いたアンダーラインも、教授がつぶやいた話のメモも残さず。
内容を理解したかどうかは別として、九十分の講義十回分の内容を二時間で書き写すのは大したものだ。よく集中力が切れなかったな。私だったら絶対飽きている。
10
あなたにおすすめの小説
不埒な社長と熱い一夜を過ごしたら、溺愛沼に堕とされました
加地アヤメ
恋愛
カフェの新規開発を担当する三十歳の真白。仕事は充実しているし、今更恋愛をするのもいろいろと面倒くさい。気付けばすっかり、おひとり様生活を満喫していた。そんなある日、仕事相手のイケメン社長・八子と脳が溶けるような濃密な一夜を経験してしまう。色恋に長けていそうな極上のモテ男とのあり得ない事態に、きっとワンナイトの遊びだろうとサクッと脳内消去するはずが……真摯な告白と容赦ないアプローチで大人の恋に強制参加!? 「俺が本気だってこと、まだ分からない?」不埒で一途なイケメン社長と、恋愛脳退化中の残念OLの蕩けるまじラブ!
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました
せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~
救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。
どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。
乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。
受け取ろうとすると邪魔だと言われる。
そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。
医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。
最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇
作品はフィクションです。
本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。
待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる