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第3章
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一人ぼっちで受けている講義の最中、スマホが震えて見てみると、アキラくんのアイコンが私の跳ねた前髪とおでこに変わっていた。
『実家の犬より可愛いものをアイコンにしてみた』
そんなメッセージも届いて、講義中なのに変な声が出そうになる。夢じゃないんだ……。本当に私、アキラくんと付き合えることになったんだ。
アキラくんから来たメッセージにどう返信しようか悩んでいたら、いつの間にか講義が終わっていた。目の前には書きかけの文章。周りを見渡しても、ノートを借りられるほど仲のいい人はいないし、正直詰んだ。だけど思ったより凹んでいないのは、アキラくんと付き合うことができたからかもしれない。
そういえば、夕方、真希ちゃんのお見舞いに行くんだった。一番の親友だから、一番最初にアキラくんと付き合うことになったって報告もしたい。
構内にある大学生協でゼリーと飲み物を大量に買って、徒歩五分以内のアパートへ向かう。
「あれ?」
アパートの駐車場に、見たことのある白い車が停まっている。それを素通りして真希ちゃんの部屋のインターホンを鳴らした。数秒の後、かちりと音がして出てきたのは、スーツを着た屈強なゴリラだった。
「真希、寝てるから静かに」
「やっぱり。お兄ちゃん、なんでいるの? 仕事は?」
「まだ仕事中だよ」
屈強なゴリラ、もとい私の兄は、私の手から買ってきたものを取ると、勝手知ったるふうにシンクの真後ろにある冷蔵庫を開けて詰め始めた。まぁ、この部屋は元々、大学生時代に兄が使っていたから知ってるっちゃ知ってるのか。
「……小春?」
部屋の奥から、か細くて可愛い声が聞こえた。
「あ、真希ちゃん、体調どう?」
「ん……、微妙……? え、なん、なんで夏樹くんがいるの!?」
ベッドの上で体を起こした真希ちゃんが、私の横にいる兄を見て叫んだ。
「……お兄ちゃん、連絡してから来たんじゃないの?」
「したよ。でも応答ないから勝手に入った」
ジャラ、と真希ちゃんの部屋の合鍵付きの鍵束を見せられる。
「それ、不法侵入っていうんだよ」
私が呆れている目の前で、真希ちゃんが剥がれかけたおでこの冷えピタを捨てて、一生懸命乱れた髪を手で整えている。
恋人同士なのに、真希ちゃんにとっていつまで経っても兄は「初恋の人」だった。
私が覚えている限りでは、小学生くらいのときから片思いをしていて、何度も好意を伝えてやっと付き合えたのが、大学に入学してから、つまり半年前だと言っていたから、まだどこか緊張するところがあるのだろう。私からしたら、ただのゴリラにしか見えないんだけど。
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに布団を抱きしめている真希ちゃんのそばに兄が座る。
「顔、真っ赤」
「......熱、あるから」
「何度?」
淡々としている兄に、真希ちゃんが目を泳がせてぽしょぽしょと答える。普段のサバサバした真希ちゃんと全然違う。終始もじもじして、可愛さに拍車がかかっている。
あれ、私、邪魔? 帰った方がいい?
手持ち無沙汰になって部屋の隅っこで棒立ちしていたら、兄がこちらを振り向いた。
「小春、真希のこと見てて。一回帰社登録してからまた来る」
「あ、はい」
それだけ言って、兄があっさりと部屋を出ていった。もう少し労わりの言葉をかけてあげればいいのに。
「お兄ちゃん、もう少し優しく言えばいいのに。いつも思うんだけど愛想ないよね」
「ううん、夏樹くんは優しい」
「嘘だー。あ、真希ちゃん、ゼリー食べる? いっぱい買ってきたんだけど」
「うん、ありがとう」
兄がついさっき冷蔵庫に入れたゼリーを取り出す。私も一つもらって、ベッドに座る真希ちゃんのそばに腰を下ろした。
「熱、高いの?」
「んー、うん。明日、私が行けなくても小春はちゃんと学校行きな」
「そりゃ、もちろん。今日も頑張ったし」
今日、と言ってアキラくんのことを思い出す。
「真希ちゃん、あのね」
「ん」
「あ、アキラくんと付き合えることになりました」
「おー」
食べかけのゼリーのカップを膝に置いて、真希ちゃんがぱちぱちぱちと拍手する。「どうも、どうも」と恐縮しながらペコペコと頭を下げる。
「初めて小春の恋愛が成就するところを見た」
「私、男運ないもんね……。私が好きになる人ってみんな真希ちゃんみたいな子を好きになるし。せめて目の形とかさ、もう少し丸くて優しかったらって思う」
「私は小春の顔、好きだが」
「それは私がお兄ちゃんに似てるからでしょ」
「うん」
即答する真希ちゃんに絶句していると「嘘だよ」と笑われた。
「小春が、小春の好きになった人と付き合えて嬉しい。よかった」
「真希ちゃん……」
あまりにも優しい言葉をくれるものだから、思わず抱きしめそうになる。
「あ、私が彼氏できたってこと、お兄ちゃんには絶対言わないで」
「なんで?」
「絶対いじられるから」
「そうな」
しばらくして、兄が戻ってきた。一度家にも戻ったのかスーツから私服に着替えていて、手にはスーパーの袋と、出張で使う用のキャリーケースを持っている。私が来たときみたいに袋の中身を冷蔵庫に入れると、キャリーケースからスーツとワイシャツを取り出して、真希ちゃんの部屋のクローゼットに吊るし出した。
「お兄ちゃん、もしかして泊まる気?」
「うん」
真希ちゃんが慌てて首を振る。
「だ、ダメ、うつる」
「うつりません。病院行ってないだろうから、明日連れていく」
「仕事は……?」
「半休とった。心配だから、治るまでお邪魔します。あ、小春、帰っていいぞ、おつかれー」
こっちを見ないまま、手をひらひらさせて追い出される。……血のつながった妹だとしても、私の扱いが雑すぎやしないか。
見送りするために、わざわざベッドから出てこようとする真希ちゃんを遮って、大人しく帰ることにした。
いいな、真希ちゃん。ああやって、すんなり泊まってくれる彼氏で。私だってアキラくんに泊まってほしいし、夜更かししてお喋りしたい。
コンクリート造りの階段をのぼりながら、悶々とする。
数時間前に会ったばかりだけどもう会いたい。前までは月曜日が待ち遠しかったのに、今はもう月曜日以外も会いたい。
『実家の犬より可愛いものをアイコンにしてみた』
そんなメッセージも届いて、講義中なのに変な声が出そうになる。夢じゃないんだ……。本当に私、アキラくんと付き合えることになったんだ。
アキラくんから来たメッセージにどう返信しようか悩んでいたら、いつの間にか講義が終わっていた。目の前には書きかけの文章。周りを見渡しても、ノートを借りられるほど仲のいい人はいないし、正直詰んだ。だけど思ったより凹んでいないのは、アキラくんと付き合うことができたからかもしれない。
そういえば、夕方、真希ちゃんのお見舞いに行くんだった。一番の親友だから、一番最初にアキラくんと付き合うことになったって報告もしたい。
構内にある大学生協でゼリーと飲み物を大量に買って、徒歩五分以内のアパートへ向かう。
「あれ?」
アパートの駐車場に、見たことのある白い車が停まっている。それを素通りして真希ちゃんの部屋のインターホンを鳴らした。数秒の後、かちりと音がして出てきたのは、スーツを着た屈強なゴリラだった。
「真希、寝てるから静かに」
「やっぱり。お兄ちゃん、なんでいるの? 仕事は?」
「まだ仕事中だよ」
屈強なゴリラ、もとい私の兄は、私の手から買ってきたものを取ると、勝手知ったるふうにシンクの真後ろにある冷蔵庫を開けて詰め始めた。まぁ、この部屋は元々、大学生時代に兄が使っていたから知ってるっちゃ知ってるのか。
「……小春?」
部屋の奥から、か細くて可愛い声が聞こえた。
「あ、真希ちゃん、体調どう?」
「ん……、微妙……? え、なん、なんで夏樹くんがいるの!?」
ベッドの上で体を起こした真希ちゃんが、私の横にいる兄を見て叫んだ。
「……お兄ちゃん、連絡してから来たんじゃないの?」
「したよ。でも応答ないから勝手に入った」
ジャラ、と真希ちゃんの部屋の合鍵付きの鍵束を見せられる。
「それ、不法侵入っていうんだよ」
私が呆れている目の前で、真希ちゃんが剥がれかけたおでこの冷えピタを捨てて、一生懸命乱れた髪を手で整えている。
恋人同士なのに、真希ちゃんにとっていつまで経っても兄は「初恋の人」だった。
私が覚えている限りでは、小学生くらいのときから片思いをしていて、何度も好意を伝えてやっと付き合えたのが、大学に入学してから、つまり半年前だと言っていたから、まだどこか緊張するところがあるのだろう。私からしたら、ただのゴリラにしか見えないんだけど。
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに布団を抱きしめている真希ちゃんのそばに兄が座る。
「顔、真っ赤」
「......熱、あるから」
「何度?」
淡々としている兄に、真希ちゃんが目を泳がせてぽしょぽしょと答える。普段のサバサバした真希ちゃんと全然違う。終始もじもじして、可愛さに拍車がかかっている。
あれ、私、邪魔? 帰った方がいい?
手持ち無沙汰になって部屋の隅っこで棒立ちしていたら、兄がこちらを振り向いた。
「小春、真希のこと見てて。一回帰社登録してからまた来る」
「あ、はい」
それだけ言って、兄があっさりと部屋を出ていった。もう少し労わりの言葉をかけてあげればいいのに。
「お兄ちゃん、もう少し優しく言えばいいのに。いつも思うんだけど愛想ないよね」
「ううん、夏樹くんは優しい」
「嘘だー。あ、真希ちゃん、ゼリー食べる? いっぱい買ってきたんだけど」
「うん、ありがとう」
兄がついさっき冷蔵庫に入れたゼリーを取り出す。私も一つもらって、ベッドに座る真希ちゃんのそばに腰を下ろした。
「熱、高いの?」
「んー、うん。明日、私が行けなくても小春はちゃんと学校行きな」
「そりゃ、もちろん。今日も頑張ったし」
今日、と言ってアキラくんのことを思い出す。
「真希ちゃん、あのね」
「ん」
「あ、アキラくんと付き合えることになりました」
「おー」
食べかけのゼリーのカップを膝に置いて、真希ちゃんがぱちぱちぱちと拍手する。「どうも、どうも」と恐縮しながらペコペコと頭を下げる。
「初めて小春の恋愛が成就するところを見た」
「私、男運ないもんね……。私が好きになる人ってみんな真希ちゃんみたいな子を好きになるし。せめて目の形とかさ、もう少し丸くて優しかったらって思う」
「私は小春の顔、好きだが」
「それは私がお兄ちゃんに似てるからでしょ」
「うん」
即答する真希ちゃんに絶句していると「嘘だよ」と笑われた。
「小春が、小春の好きになった人と付き合えて嬉しい。よかった」
「真希ちゃん……」
あまりにも優しい言葉をくれるものだから、思わず抱きしめそうになる。
「あ、私が彼氏できたってこと、お兄ちゃんには絶対言わないで」
「なんで?」
「絶対いじられるから」
「そうな」
しばらくして、兄が戻ってきた。一度家にも戻ったのかスーツから私服に着替えていて、手にはスーパーの袋と、出張で使う用のキャリーケースを持っている。私が来たときみたいに袋の中身を冷蔵庫に入れると、キャリーケースからスーツとワイシャツを取り出して、真希ちゃんの部屋のクローゼットに吊るし出した。
「お兄ちゃん、もしかして泊まる気?」
「うん」
真希ちゃんが慌てて首を振る。
「だ、ダメ、うつる」
「うつりません。病院行ってないだろうから、明日連れていく」
「仕事は……?」
「半休とった。心配だから、治るまでお邪魔します。あ、小春、帰っていいぞ、おつかれー」
こっちを見ないまま、手をひらひらさせて追い出される。……血のつながった妹だとしても、私の扱いが雑すぎやしないか。
見送りするために、わざわざベッドから出てこようとする真希ちゃんを遮って、大人しく帰ることにした。
いいな、真希ちゃん。ああやって、すんなり泊まってくれる彼氏で。私だってアキラくんに泊まってほしいし、夜更かししてお喋りしたい。
コンクリート造りの階段をのぼりながら、悶々とする。
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