美貌の王立図書館の副館長は健康のためにドラゴンを飼うことにした

おにぎり1000米

文字の大きさ
32 / 34
王立図書館の副館長はみなしごの一角獣に執着される

第16話 館長はオレオレ副館長に困惑する

しおりを挟む
 ルーク・セクストンは、けっして自分のことを「オレ」とはいわない。それは彼を知る者には周知の事実である。
 さらにその麗しい顔にうかぶ表情はだいたいにおいて静かなものであり、内心イライラしていたとしても、目を吊り上げて他人を怒鳴りつけることなどけっしてない。王立図書館にはルークを少年のころから知っている常連もやってくるが、彼らも口をそろえてそう証言するだろう。

 しかし今、ラッセルの目の前でユニコーンの背に這い上がったルークの顔は、いつもの彼からはとても想像できない、激しい怒りと苛立ちに満ちている。その唇からはまたも、いつものルークならけっして口にしないような言葉が飛び出した。

「離れろといっただろうが、くそドラゴンめ! おまえはなんだ人間! オレにさわんじゃねえ!」

 羽ばたきを忘れたリリが空中でよろめく。
 ピッ……((+_+))?!
 黄金の翼のドラゴンがすかさずその下に回りこんでリリをサポートした。しかしラッセルは伸ばした手の行き場をなくしたまま、口をぽかんとあけていた。
「ル、ルーク?」

 ルークはラッセルを一瞥もせず、ユニコーンの首のうしろに頬ずりをしている。十秒かそこらのあいだ、ラッセルは呆然とその様子をみつめていた――が、ユニコーンの耳がピンと立ったのに気づいたとたん、すばやくその左側へ回りこんだ。
「待て、動くな!」

 まさに間一髪のタイミングだった。というのも、ラッセルがそう叫んだとき、ユニコーンは前足をあげてその場を駆け出すそぶりを見せていたからである。

 ピッピプピピイイーーーッ!
(だめぇ、だめ!)

 ラッセルの声に一瞬遅れてリリが悲鳴のような声をあげ、黄金のドラゴンと共にユニコーンに飛びかかった。黄金のドラゴンの翼がユニコーンの両目をふさぎ、リリの空色の翼がルークの顔にかぶさる。
「なにしやがんだこの※△%□……!」

 ルークの口からまたも悪態が飛び出した。いつもの彼を知る人々にはとても聞かせられない言葉である。そのままルークはリリを顔からはがそうと両手をふりまわしていたが、翼に両目をふさがれたまま数秒経つと、糸が切れたようにくたりと背中を丸めてしまった。ラッセルはとっさに手を伸ばし、ユニコーンの背からずり落ちかけたルークを抱きとめた。

「ルーク……」
 ささやいてもルークはぴくりとも動かない。その目はかたく閉じていて、一瞬で深い眠りに落ちてしまったようだ。
 ラッセルの肩に鉤爪がくいこんだ。リリが藍色の目を見開き、心配そうにルークをみつめている。ふと気づくとユニコーンもルークと同じように静かになっていた。もっともこちらは首を垂れているだけで、眠っているわけではない。

(王子よ、ユニコーンと魔術師は鎮めた。今のうちに地上へ戻れ)
 いきなりラッセルの心に何者かの声が響いた。
「な、誰だ? なんだ?」
 ラッセルはうろたえてあたりを見回した。しかし大洞窟にあらたに現れた者はいない。するとまた声が響いた。
(おや、聞こえているのか。あわてるな。私だ)
「私って……あああ?」

 ゴリッと何かが頭皮をひっかき、ラッセルは目を泳がせて泉の表面をみつめる。ゆらゆらと波立ってはいるものの、そこにはルークを抱いたラッセルの影と……頭の上に座っている黄金のドラゴンの姿が映っていた。

(王子の頭の座り心地はなかなかいいな)
 ピピッ(だよね!)
 リリがラッセルの肩にとまったまますかさず返事をした。もはや何が起きようが驚かないぞ、という気分になっていたラッセルは、水面にうつるドラゴンに目だけで挨拶をした。

「……それはどうも。その、あなたは……」
(私はレオン。森のドラゴンを統べる者だ。王子もやっと私の声が聞こえるようになったのだな。安心したぞ)
「……というと――まさか、以前から俺にこうやって話しかけていたのか?」

 レオンはラッセルの頭に座ったまま首を前に振った。
(その通りだ。おまえには聞こえていないようだったが)
「……ああ」
(本来、アルドレイク王家の者には野生のドラゴンと心で話す能力がある。だからこそおまえの始祖王はドラゴンと契約することができたのだ。おまえも子供のころは森で我々と話していただろう?)
 ラッセルは目をぱちくりさせた。
「……そ、そうだったっか……? すまない、まったく記憶にない」
(人間にありがちだな。成長と共に本来の能力を忘れてしまうのだ。王子もただの人間だから、そこは責めないでおこう。とにかく急いでルークを地上へ連れ戻すのだ)
 レオンはラッセルの頭の上で偉そうにふんぞりかえっている。森のドラゴンの王なら、ただの王子でしかないラッセルより偉いといえるのかもしれない。
「わかった」

 ラッセルはルークを泉の横にルークをいったんおろし、また抱え上げた。レオンがラッセルから離れて階段の方へ向かうと、リリも肩から飛び立って彼に続く。森のドラゴンの王はリリよりも重かったので、離れてくれてラッセルはほっとした。このまま頭にのせているとかなりの肩こりになりそうだった。

 ユニコーンは首を垂れたまま動かない。ラッセルはルークを抱いたまま大洞窟から外へ通じる階段をのぼりはじめた。
「レオン、聞いてもいいか?」
(なんだ?)
「どうしていきなり、俺にあなたの言葉が聞こえるようになったんだ?」
 黄金のドラゴンはラッセルの横をぐるりと旋回した。

(さあて、わからないが……王子がユニコーンの境界を超えたせいかもしれない)
「境界? というと、あの扉か?」
(ドラゴンの本拠は人界と隣りあった次元にあったから、かの〈大異変〉のときも人界に本拠地を移して存続することができたが、他の精霊族はむかしから、人界からかなりずれた次元で暮らしていた。だから彼らのほとんどは〈大異変〉で消滅してしまったのだ)
「待ってくれ。大異変とはなんだ?」
(次元の大嵐だ。これがきっかけで人間の帝国も滅びたというのに、おまえたちは何も知らないのか?)

 次から次に想像したこともない話を繰り出されてラッセルは目を白黒させたが、ルークを抱っこするのに体力を割いていたのもあって、レオンにいいかえす気力はなかった。
「……それは古代帝国のことだろう。しかし精霊族に関する記録は何も残っていないんだ。ドラゴンはみんな知っているのか?」
(いや。私も森のドラゴンの王として、先代から引き継いだことしか知らない。だが、ルークに何が憑依したのかは見当がつく)
「憑依だって?」
(ああ、ルークには古代帝国時代に生きていた魔術師の亡霊が憑いている。最後のユニコーンを守るために命を落とした魔術師だ)
「はあああ?」

 ラッセルは思わず大声をあげてしまい、その声は石の壁に跳ね返って遠くまで響いていった。
(おまえたち人間が地下で活動したおかげで、長い間地底に隠れていた別の次元が揺らいだのだ。古代より閉じこめられていた亡霊が地上への出口をみつけ、森を騒がせていたと思ったら、ルークを乗っ取ってしまった。そして封じられていた扉をあけさせ、最後のユニコーンに引き合わせた……)

 そのとき、ラッセルの背後でカポッカポッという音が聞こえた。
「……あれが最後のユニコーンだっていうのか? なんで追ってくるんだ?」
(おそらくルークに憑いている亡霊を慕っているからだ)
「おいおい」
 ラッセルは天をあおいだが、見えるのは石の壁だけである。
「ルークには亡霊が憑いていて、しかもユニコーンがついてくるっていうのか? このまま地上へ連れて行ったらどうにかなるのか? 憑いてる亡霊がどっかいくとか……」
(いや、そうはならないだろう。しかし境界の近くにいるよりはましだ。おまえもユニコーンの次元に入ったなら、わからないか?)

 レオンにそういわれてラッセルはうなずかざるを得なかった。あの不思議な扉の向こうはあきらかに人界とはちがう場所で、何が起きるか予測がつかない。

 ラッセルの腕の中でルークはぐっすり眠りこんでいる。腕が疲れたのでラッセルは何度かルークを抱えなおさなくてはならなかった。リリはレオンの横をパタパタと飛んでいるが、さえずることもなく、ラッセルとレオンの話を聞いているようだ。

(先代から伝わる話によれば、我々ドラゴンとユニコーンはあまり友好的な関係ではなかった。そしてアルドレイク王国の始祖王が我々と契約したとき、かの魔術師はドラゴンを激しく恨んだという)
「……そりゃまたどうして……」
(詳細はわからぬ)
「だけどその亡霊は、ルークの体に入ったんだろ? なぜだ? ルークは……人間の姿をしているが、ドラゴンだぞ」
(私に聞かれてもわからぬ。本人に聞け)
「……答えてくれるといいけどな……」

 オレにさわるな、と叫んだルークを思い浮かべて、ラッセルはそっとため息をついた。ルークが「オレ」だって?

 やっと地上へ出てみると、不思議なことにほとんど時間が経っていないかのように明るかった。とっくに夕方になっているかと思ってあわてていたのに、ラッセルは拍子抜けした。
 ルークはまだ意識を取り戻さない。そっと地面におろし、遺跡に背中をもたれさせていると、アランの声が聞こえた。
「おや、ラッセル様、ルーク様になにか――ひええええ?」

 もはや何にも驚かなくなっていたラッセルは、悲鳴のようなアランの叫びにもまったく動じなかった。というより、アランがそんな声をあげた理由はだいたいわかっていたのである。
 振り向くと思ったとおりだった。輝く角をそびやかした純白のユニコーンが遺跡の敷石の上を用心深く歩いてくる。

「ラ、ラッセル様ぁ……その、何かいますけど……」
「地下にいたユニコーンだ」
 ラッセルはしびれた腕をこすりながら答えた。
「ちょっと面倒なことになってな」

しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。