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王立図書館の副館長はみなしごの一角獣に執着される
第1話 王立図書館の副館長は今日もドラゴンと散歩している
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ここはアルドレイク王国の上空――
あなたは人の手が届かない、はるかな高みを飛べる生き物――たとえば伝説にのみ残されている巨大なドラゴンとなって、緑の大地と湖の青が美しい地上を飛び立ったところだ。季節は暑くも寒くもなく心地よい五月、時刻は東の地平線を上った太陽が新しい一日を告げているころ。
あなたは三日月型の湖の上空を旋回し、アルドレイク王国の王都へ向かう。ドラゴンに由来する名を持つこの国の王宮は、北東に位置する丘の上に麗しくそびえている。蛇行する川に沿って王立公園が広がり、川の東側には官庁街や貴族の屋敷街、川の西側――王都のちょうど中央部には歴史ある王立大学と王立図書館がおかれ、その周囲を学生や教授が暮らす大学街が囲んでいる。
王宮のきらびやかさにくらべると、王立大学や図書館は見劣りがするかもしれない。しかしあなたは高い審美眼をもつドラゴンだから、美や品格は麗しい外見だけに備わるものではないことを知っている。それにアルドレイク王国で、王立図書館の館長は昔からドラゴンと縁が深いものである。
もっとも、この国で「ドラゴン」といえば、今のあなたのような巨大な存在ではなく、成長しても小型の犬か猫程度の大きさにしかならない、翼をもつ、蜥蜴に似た精霊だ。すくなくとも一般的には、アルドレイク王国の「ドラゴン」とはそんなものだと思われている。
ただし――
実はこの世界には、卵から孵ってまもなく、人間やその他の生き物に擬態している「ドラゴン」も存在している。ただし擬態している本人もめったなことでは自分がドラゴンだとは気づかない。なにしろ精霊族なので、擬態とはいっても姿も中身も「そのもの」になってしまうからだ。
では、ただの人間と人間に擬態したドラゴンのちがいはなにか。
それは、ドラゴンは成熟すると卵を生むようになる、ということだ。これは秘密の知識である。産んだ者はここではじめて、自分に何らかの異常が――ドラゴンにとっては正常だが――起きていると気づく。
しかしドラゴンの卵は雫型をした宝石にしか見えないものだし、産んだ者が生きているあいだは孵化しないから、ドラゴンの秘密を知らなければ、ここでもそれと気づかないこともある。
なおアルドレイク王国では、この秘密は王家の直系に代々伝えられている。そして王家の末っ子は、ドラゴンが多数生息するといわれる三日月湖周辺の森の管理と、王立図書館の館長を任命されることになっている。
ちなみに、かつて王家の末子は、アルドレイク王国創設時に始祖が交わした契約にのっとって、人間に擬態したドラゴンを娶っていたものだった。しかしいつのまにかその伝統はついえ、つい最近までは王家の人間ですら、ドラゴンが他の生き物に――ことに人間に――擬態するなど本当にありえるのか、信じがたく思うようになっていたのだった。
――つい最近までは。
ピピピピッ、ピピッ。
おや、どこかでドラゴンが鳴いたようだ。
え? ドラゴンが?
いやドラゴンという存在は、ふつうは鳥のようにさえずったりなどしないものではなかったか?
しかしあなたは今、大学街の上空にいる。そしてあなたのはるか下で、小さなドラゴンが空色の羽根を広げ、パタパタと飛んでいる。
あなたは伝説のドラゴンの強力な視力で、空色の羽根の周囲を調べる。それはまだ若くてきれいなドラゴンで、そのすぐあとをすらりとした人影が歩いていく。
おや? あそこからもドラゴンの気配が――?
そしてあなたは気づくのだ。まっすぐな黒髪を背中に垂らしたその人物が、人間に擬態したドラゴンであることに。
彼の名はルーク・セクストン、王立図書館の副館長である。空色の羽根のドラゴン、リリを連れて、今日も出勤前に大学街を散歩している。
*
「今日もラッセルは寝坊だよ。これで三日連続だ。大丈夫だろうか」
ピッピピ!
「ちがうんだ、リリ。ラッセルは怠け者じゃない。最近は忙しいんだ」
ピピ?
「何って、館長の仕事以外に、遺跡と精霊族の都のことで毎日会議に駆り出されているからね。王宮から戻ってくるのも遅いんだから、朝起きられないっていうだけで怠け者だなんてきめつけるのは、公平じゃない」
朝の大学街を歩きながら、ルークはリリと話をしていた。
ふつうのドラゴンはリリのようにさえずったりしないし、ふつうの人間はドラゴンが何をいっているのかなどわからないのだが、現在に至るまでに起きたいろいろな出来事のおかげで、ルークとリリはごくふつうに会話をするようになっている。
ピッパパ、ピピ!
「私がラッセルに甘い? いや、私はそんな……」」
ピピピピパピ!
「甘やかすとつけあがるだけ?」
ピパッピピピピピピッー
「お風呂で髪をむしれないからつまらない? リリ、何度いったらわかるんだ。ラッセルの髪はおもちゃじゃない」
ピパ…?
といってもルークの声は小さいから、遠巻きに彼らを見ているだけでは会話をしているとは思えないだろう。そして用もないのにルーク・セクストンにずかずか近寄ってくるような人間は、この大学街には存在しないのである。なぜならルーク・セクストンは「大学街の驚異」の六つ目だったが、この数ヶ月のあいだにルークとリリの散歩風景がその七つ目に認定され、そのどちらも大学街の人々には不可侵な聖域と思われているからだ。
ちなみに大学街の驚異とは大学街特有の奇特な物事をさすが、最初の五つが何なのかは、王立大学に入学すればじきにわかる。
なぜルーク・セクストンが大学街の驚異なのか。
それは彼が人間の姿をしたドラゴンだから、ではない(館長のラッセルをはじめとした数人しか、そのことは知らない)。ルーク・セクストンが尋常でなく美しい男だからである。その美しさも、以前は無機質で硬質な輝きをはなつダイヤモンドの風情であったのが、ここ最近はめっきり艶めいて、さらなる魅力をおびたものになった。
これはルークが館長のラッセルと事実上の伴侶になってからのことで、二人の仲は王家も公認の上、今は住まいも同じくしている。しかしルーク自身は、自分の外見の変化についてはおよそ無頓着だった。以前からそうだったし、自分が周囲にどんな影響を与えているのかということも、めったなことでもなければ気にしない。だからルークは、自分とリリ(それに館長のラッセル)との単なる朝の散歩が、早朝から仕事につく大学街の住民や図書館職員や早起きの学生にとって、意義あるものとは思ってもみないのだ。
というわけで、ものかげから彼らを見守る視線をいっこうに気にしないまま、ルークは王立図書館の門へ到着し、そのあいだもリリと話を続けていた。
「あのね、リリ。私も寝坊することはある。それに私たちが館長邸に引っ越してからは、庭を回るだけでも朝露をたくさん飲めるだろう?」
ピプウウ……
リリは少々不満そうに鳴きながら舞い下りて、ルークの肩にとまった。最初にルークと出会ったときにくらべると、リリはひとまわり以上成長している。ただし精霊族は見た目よりずっと軽いから、ルークにとって負担ではない。
「だからラッセルの寝坊も多めにみて――」
ルークがそういいかけたときだった。たった今ルークの肩に落ちついたはずのリリがまた、パタパタと宙に浮かんだ。
「リリ?」
ルークはハッと横にのびる道を見る。その道の先にはたった今うわさしていた王立図書館の館長、ラッセルの姿があった。
「あ、」
ルークは続けて何か声を発しようとしたが、リリの方がずっと早かった。
ピ! ピピピピピーーー!
(来た! 蜜色あたま―――!)
――空色の羽根のドラゴンは、これまでの牧歌的な飛行スタイルとはうってかわったアグレッシブな速度(かつ勢い)で、ラッセルめがけてすっとんでいく。その頭髪は、朝日を浴びて蜜色に輝いていた。
「やっぱりリリも、ラッセルが散歩についてこないのはさびしいのか」
門の前で足をとめて待つルークの元へ、ラッセルは大股で向かってくる。その頭のてっぺん――ふわふわした蜜色の髪の上にはリリがどっかり座りこんでいた。この位置がルークの肩についで、リリのお気に入りなのである。
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