美貌の王立図書館の副館長は健康のためにドラゴンを飼うことにした

おにぎり1000米

文字の大きさ
表紙へ
17 / 34
王立図書館の副館長はみなしごの一角獣に執着される

第1話 王立図書館の副館長は今日もドラゴンと散歩している

しおりを挟む

   *

 ここはアルドレイク王国の上空――
 あなたは人の手が届かない、はるかな高みを飛べる生き物――たとえば伝説にのみ残されている巨大なドラゴンとなって、緑の大地と湖の青が美しい地上を飛び立ったところだ。季節は暑くも寒くもなく心地よい五月、時刻は東の地平線を上った太陽が新しい一日を告げているころ。

 あなたは三日月型の湖の上空を旋回し、アルドレイク王国の王都へ向かう。ドラゴンに由来する名を持つこの国の王宮は、北東に位置する丘の上に麗しくそびえている。蛇行する川に沿って王立公園が広がり、川の東側には官庁街や貴族の屋敷街、川の西側――王都のちょうど中央部には歴史ある王立大学と王立図書館がおかれ、その周囲を学生や教授が暮らす大学街が囲んでいる。

 王宮のきらびやかさにくらべると、王立大学や図書館は見劣りがするかもしれない。しかしあなたは高い審美眼をもつドラゴンだから、美や品格は麗しい外見だけに備わるものではないことを知っている。それにアルドレイク王国で、王立図書館の館長は昔からドラゴンと縁が深いものである。

 もっとも、この国で「ドラゴン」といえば、今のあなたのような巨大な存在ではなく、成長しても小型の犬か猫程度の大きさにしかならない、翼をもつ、蜥蜴に似た精霊だ。すくなくとも一般的には、アルドレイク王国の「ドラゴン」とはそんなものだと思われている。
 ただし――

 実はこの世界には、卵から孵ってまもなく、人間やその他の生き物に擬態している「ドラゴン」も存在している。ただし擬態している本人もめったなことでは自分がドラゴンだとは気づかない。なにしろ精霊族なので、擬態とはいっても姿も中身も「そのもの」になってしまうからだ。

 では、ただの人間と人間に擬態したドラゴンのちがいはなにか。
 それは、ドラゴンは成熟すると卵を生むようになる、ということだ。これは秘密の知識である。産んだ者はここではじめて、自分に何らかの異常が――ドラゴンにとっては正常だが――起きていると気づく。
 しかしドラゴンの卵は雫型をした宝石にしか見えないものだし、産んだ者が生きているあいだは孵化しないから、ドラゴンの秘密を知らなければ、ここでもそれと気づかないこともある。

 なおアルドレイク王国では、この秘密は王家の直系に代々伝えられている。そして王家の末っ子は、ドラゴンが多数生息するといわれる三日月湖周辺の森の管理と、王立図書館の館長を任命されることになっている。

 ちなみに、かつて王家の末子は、アルドレイク王国創設時に始祖が交わした契約にのっとって、人間に擬態したドラゴンを娶っていたものだった。しかしいつのまにかその伝統はついえ、つい最近までは王家の人間ですら、ドラゴンが他の生き物に――ことに人間に――擬態するなど本当にありえるのか、信じがたく思うようになっていたのだった。
 ――つい最近までは。

 ピピピピッ、ピピッ。

 おや、どこかでドラゴンが鳴いたようだ。
 え? ドラゴンが? 
 いやドラゴンという存在は、ふつうは鳥のようにさえずったりなどしないものではなかったか?

 しかしあなたは今、大学街の上空にいる。そしてあなたのはるか下で、小さなドラゴンが空色の羽根を広げ、パタパタと飛んでいる。
 あなたは伝説のドラゴンの強力な視力で、空色の羽根の周囲を調べる。それはまだ若くてきれいなドラゴンで、そのすぐあとをすらりとした人影が歩いていく。

 おや? あそこからもドラゴンの気配が――?

 そしてあなたは気づくのだ。まっすぐな黒髪を背中に垂らしたその人物が、人間に擬態したドラゴンであることに。
 彼の名はルーク・セクストン、王立図書館の副館長である。空色の羽根のドラゴン、リリを連れて、今日も出勤前に大学街を散歩している。


   *


「今日もラッセルは寝坊だよ。これで三日連続だ。大丈夫だろうか」
 ピッピピ!
「ちがうんだ、リリ。ラッセルは怠け者じゃない。最近は忙しいんだ」
 ピピ?
「何って、館長の仕事以外に、遺跡と精霊族の都のことで毎日会議に駆り出されているからね。王宮から戻ってくるのも遅いんだから、朝起きられないっていうだけで怠け者だなんてきめつけるのは、公平じゃない」

 朝の大学街を歩きながら、ルークはリリと話をしていた。
 ふつうのドラゴンはリリのようにさえずったりしないし、ふつうの人間はドラゴンが何をいっているのかなどわからないのだが、現在に至るまでに起きたいろいろな出来事のおかげで、ルークとリリはごくふつうに会話をするようになっている。

 ピッパパ、ピピ!
「私がラッセルに甘い? いや、私はそんな……」」
 ピピピピパピ!
「甘やかすとつけあがるだけ?」
 ピパッピピピピピピッー
「お風呂で髪をむしれないからつまらない? リリ、何度いったらわかるんだ。ラッセルの髪はおもちゃじゃない」
 ピパ…?

 といってもルークの声は小さいから、遠巻きに彼らを見ているだけでは会話をしているとは思えないだろう。そして用もないのにルーク・セクストンにずかずか近寄ってくるような人間は、この大学街には存在しないのである。なぜならルーク・セクストンは「大学街の驚異」の六つ目だったが、この数ヶ月のあいだにルークとリリの散歩風景がその七つ目に認定され、そのどちらも大学街の人々には不可侵な聖域と思われているからだ。
 ちなみに大学街の驚異とは大学街特有の奇特な物事をさすが、最初の五つが何なのかは、王立大学に入学すればじきにわかる。

 なぜルーク・セクストンが大学街の驚異なのか。
 それは彼が人間の姿をしたドラゴンだから、ではない(館長のラッセルをはじめとした数人しか、そのことは知らない)。ルーク・セクストンが尋常でなく美しい男だからである。その美しさも、以前は無機質で硬質な輝きをはなつダイヤモンドの風情であったのが、ここ最近はめっきり艶めいて、さらなる魅力をおびたものになった。

 これはルークが館長のラッセルと事実上の伴侶になってからのことで、二人の仲は王家も公認の上、今は住まいも同じくしている。しかしルーク自身は、自分の外見の変化についてはおよそ無頓着だった。以前からそうだったし、自分が周囲にどんな影響を与えているのかということも、めったなことでもなければ気にしない。だからルークは、自分とリリ(それに館長のラッセル)との単なる朝の散歩が、早朝から仕事につく大学街の住民や図書館職員や早起きの学生にとって、意義あるものとは思ってもみないのだ。

 というわけで、ものかげから彼らを見守る視線をいっこうに気にしないまま、ルークは王立図書館の門へ到着し、そのあいだもリリと話を続けていた。

「あのね、リリ。私も寝坊することはある。それに私たちが館長邸に引っ越してからは、庭を回るだけでも朝露をたくさん飲めるだろう?」
 ピプウウ……
 リリは少々不満そうに鳴きながら舞い下りて、ルークの肩にとまった。最初にルークと出会ったときにくらべると、リリはひとまわり以上成長している。ただし精霊族は見た目よりずっと軽いから、ルークにとって負担ではない。
「だからラッセルの寝坊も多めにみて――」

 ルークがそういいかけたときだった。たった今ルークの肩に落ちついたはずのリリがまた、パタパタと宙に浮かんだ。
「リリ?」
 ルークはハッと横にのびる道を見る。その道の先にはたった今うわさしていた王立図書館の館長、ラッセルの姿があった。
「あ、」
 ルークは続けて何か声を発しようとしたが、リリの方がずっと早かった。

 ピ! ピピピピピーーー!
(来た! 蜜色あたま―――!)

 ――空色の羽根のドラゴンは、これまでの牧歌的な飛行スタイルとはうってかわったアグレッシブな速度(かつ勢い)で、ラッセルめがけてすっとんでいく。その頭髪は、朝日を浴びて蜜色に輝いていた。

「やっぱりリリも、ラッセルが散歩についてこないのはさびしいのか」
 門の前で足をとめて待つルークの元へ、ラッセルは大股で向かってくる。その頭のてっぺん――ふわふわした蜜色の髪の上にはリリがどっかり座りこんでいた。この位置がルークの肩についで、リリのお気に入りなのである。



しおりを挟む
表紙へ
感想 37

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。