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王立図書館の副館長はみなしごの一角獣に執着される
第2話 館長に必要な休憩時間について
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今日は館長のラッセルに会議や外出の予定はない。最近ではめずらしいことだが、だからといってのんびりはしていられないのが館長という職務である。
というわけで、ルークが館長室に入って来たとき、ラッセルはデスクに肘をついてだるそうに書類をめくっていた。もちろんデスクの上には決裁を待つ書類がいまにも崩れそうな山をなしている。
ルークはその様子をちらりと見て、無慈悲な一言を放った。
「あまり進んでいませんね」
一応断っておくと、ルークはラッセルの仕事が遅いと思っているわけではなかったし、責めるつもりもなかった。1時間半前に様子を見にきた時と比べての、客観的な感想をのべただけである。しかしルークの直球は、眼精疲労のたまりはじめていたラッセルに直撃した。
「あーーー……いや、かなり片付いたと思うんだが?」
ルークは決裁済みの書類箱の中身をさっとめくった。
「いちばん面倒なものを後回しにしているでしょう。小さな文字の書類を避けている」
「そうじゃない」
ラッセルは革張りの椅子の上で背筋をのばした。
「こういうときはまず、簡単なものから手をつけていくのが重要だ」
「そうですか? 最初に大物を処理した方が私は楽なのですが……」
「俺は最初に大物を相手にすると、そこで力尽きてしまうんだ」
「でもラッセル、あなたは騎士隊の訓練も受けていたではありませんか。敵と戦う時は、大物を先に片づけないと長引きそうな気がします」
「……ルークは書類を敵だと思っているのか?」
ラッセルの問いかけに、ルークはハッとしたように目を見開く。満月の夜のような青みがかった黒い眸の美しさに、ラッセルの胸の奥がズキンと疼いた。
「まさか。私は書類を倒すべき敵ではなく、真摯に向きあうべき友だと思っています」
「……なるほど」
「しかしたしかに今の言葉は、書類にもあなたにも誤解を招く言葉でした」
「書類は気にしていないと思うが……」
「いいえ、気にしますよ」
ラッセルは眉をあげたが、ルークはあくまでも真面目である。彼は生まれてまもなく大学教授に引き取られ、教授の書斎と王立図書館と大学の講義室で育ったから、書物や書類を「友だち」と考える癖があった。それに書類を友と考えることには、よい副作用もある。
「デスクで友が待っているとあれば、やる気も出るというものです」
「なるほど――いや」ラッセルは話の主導権を取り戻そうとした。
「今の話で、騎士隊の訓練でもっとも重要とされていたことを思い出した」
ルークの目がきらりと光る。
「なんですか?」
「補給だ」
ラッセルは重々しく答えながら、椅子から立ち上がる。
「行動中に定期的な補給を忘れてはならない」
「……つまりこの時間におやつですか? あと45分で昼休みなのに?」
「それこそ誤解だ。俺が補給するのはおやつじゃない」
そう口に出した時にはもう、ラッセルはデスクの前に出ていた。そしてルークの肩に腕を回した。
「つまりルーク、おまえだ」
「……でも、あと45分で――」
ルークはつぶやいたが、その声はさっきとは少々異なる色を帯びている。ラッセルが両手でルークの背中を撫でているからだ。ラッセルは腰を抱きながら、ルークの顔を正面からみつめた。
「昼食は昼食、今はおやつタイムだ」
しかしルークの声だけは、まだ冷静さを保っている。
「そうなると私がおやつということになるのでは……」
「俺はルークを補給する必要がある。すこしでいい」
「……すこしとは……どのくらいの……」
「……すこしだ」
ラッセルの唇がゆっくりと、ルークのそれに重なろうとしたその時――
トントン、と館長室の扉がノックされた。
「ラッセル? 私だ。今日は会議がないと聞いたからこっちに来たんだが――」
「姉上?」
ラッセルがそういってルークがさっと身を離したのと、扉がひらいたのはほぼ同時だった。扉の向こうに立っていたのは、濃いブルーのドレスで着飾った貴婦人である。彼女はテレンス公爵に嫁した王女クララ、アルドレイク王国上流貴族のファッションリーダーである。
「おお、ルークもいるな、ちょうどよかった。実は二人に話があったのだ」
クララは会えたことが嬉しくてたまらないといった様子で快活な声をあげたが、ラッセルの応答は(当然のことながら)ぶっきらぼうなものになった。
「姉上、なんの話だ。俺は忙しいんだ。最近は王宮の会議に駆り出されて、こっちの仕事がたまってるからな」
「おや――ああ、たしかにそのようだな」
クララはデスクへ目をやると、どこからか取り出したレースの扇をぱちりとひらいて、横に立っているルークに艶然と微笑みかけた。
「わかったぞ。どうせ仕事が多すぎると、ルークに泣きついていたんだろう?」
「姉上、俺はそんなことは」
ラッセルは反論しようとしたが、ルークがそれをさえぎった。
「公爵夫人、ちがいます。館長はおやつを欲しがっていただけです」
「おやつ?」クララは怪訝な表情になった。「もうすぐ昼食の時間なのに?」
「館長によれば、行動中は定期的な補給が必要だということで――」
「――姉上!」
今度話をさえぎったのはラッセルの方だった。
「話っていうのは? 俺は忙しいんだ、手っ取り早く頼む」
というわけで、ルークが館長室に入って来たとき、ラッセルはデスクに肘をついてだるそうに書類をめくっていた。もちろんデスクの上には決裁を待つ書類がいまにも崩れそうな山をなしている。
ルークはその様子をちらりと見て、無慈悲な一言を放った。
「あまり進んでいませんね」
一応断っておくと、ルークはラッセルの仕事が遅いと思っているわけではなかったし、責めるつもりもなかった。1時間半前に様子を見にきた時と比べての、客観的な感想をのべただけである。しかしルークの直球は、眼精疲労のたまりはじめていたラッセルに直撃した。
「あーーー……いや、かなり片付いたと思うんだが?」
ルークは決裁済みの書類箱の中身をさっとめくった。
「いちばん面倒なものを後回しにしているでしょう。小さな文字の書類を避けている」
「そうじゃない」
ラッセルは革張りの椅子の上で背筋をのばした。
「こういうときはまず、簡単なものから手をつけていくのが重要だ」
「そうですか? 最初に大物を処理した方が私は楽なのですが……」
「俺は最初に大物を相手にすると、そこで力尽きてしまうんだ」
「でもラッセル、あなたは騎士隊の訓練も受けていたではありませんか。敵と戦う時は、大物を先に片づけないと長引きそうな気がします」
「……ルークは書類を敵だと思っているのか?」
ラッセルの問いかけに、ルークはハッとしたように目を見開く。満月の夜のような青みがかった黒い眸の美しさに、ラッセルの胸の奥がズキンと疼いた。
「まさか。私は書類を倒すべき敵ではなく、真摯に向きあうべき友だと思っています」
「……なるほど」
「しかしたしかに今の言葉は、書類にもあなたにも誤解を招く言葉でした」
「書類は気にしていないと思うが……」
「いいえ、気にしますよ」
ラッセルは眉をあげたが、ルークはあくまでも真面目である。彼は生まれてまもなく大学教授に引き取られ、教授の書斎と王立図書館と大学の講義室で育ったから、書物や書類を「友だち」と考える癖があった。それに書類を友と考えることには、よい副作用もある。
「デスクで友が待っているとあれば、やる気も出るというものです」
「なるほど――いや」ラッセルは話の主導権を取り戻そうとした。
「今の話で、騎士隊の訓練でもっとも重要とされていたことを思い出した」
ルークの目がきらりと光る。
「なんですか?」
「補給だ」
ラッセルは重々しく答えながら、椅子から立ち上がる。
「行動中に定期的な補給を忘れてはならない」
「……つまりこの時間におやつですか? あと45分で昼休みなのに?」
「それこそ誤解だ。俺が補給するのはおやつじゃない」
そう口に出した時にはもう、ラッセルはデスクの前に出ていた。そしてルークの肩に腕を回した。
「つまりルーク、おまえだ」
「……でも、あと45分で――」
ルークはつぶやいたが、その声はさっきとは少々異なる色を帯びている。ラッセルが両手でルークの背中を撫でているからだ。ラッセルは腰を抱きながら、ルークの顔を正面からみつめた。
「昼食は昼食、今はおやつタイムだ」
しかしルークの声だけは、まだ冷静さを保っている。
「そうなると私がおやつということになるのでは……」
「俺はルークを補給する必要がある。すこしでいい」
「……すこしとは……どのくらいの……」
「……すこしだ」
ラッセルの唇がゆっくりと、ルークのそれに重なろうとしたその時――
トントン、と館長室の扉がノックされた。
「ラッセル? 私だ。今日は会議がないと聞いたからこっちに来たんだが――」
「姉上?」
ラッセルがそういってルークがさっと身を離したのと、扉がひらいたのはほぼ同時だった。扉の向こうに立っていたのは、濃いブルーのドレスで着飾った貴婦人である。彼女はテレンス公爵に嫁した王女クララ、アルドレイク王国上流貴族のファッションリーダーである。
「おお、ルークもいるな、ちょうどよかった。実は二人に話があったのだ」
クララは会えたことが嬉しくてたまらないといった様子で快活な声をあげたが、ラッセルの応答は(当然のことながら)ぶっきらぼうなものになった。
「姉上、なんの話だ。俺は忙しいんだ。最近は王宮の会議に駆り出されて、こっちの仕事がたまってるからな」
「おや――ああ、たしかにそのようだな」
クララはデスクへ目をやると、どこからか取り出したレースの扇をぱちりとひらいて、横に立っているルークに艶然と微笑みかけた。
「わかったぞ。どうせ仕事が多すぎると、ルークに泣きついていたんだろう?」
「姉上、俺はそんなことは」
ラッセルは反論しようとしたが、ルークがそれをさえぎった。
「公爵夫人、ちがいます。館長はおやつを欲しがっていただけです」
「おやつ?」クララは怪訝な表情になった。「もうすぐ昼食の時間なのに?」
「館長によれば、行動中は定期的な補給が必要だということで――」
「――姉上!」
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