【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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2.嵐を呼ぶ男

嵐を呼ぶ男①

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「──新入社員、ですか?」

「そう」

 川上MGRマネージャーからの呼び出しは、なんのことはない、新しく人が入るという話だった。
 人払いした別室で、我々二人だけがその話を聞かされる。この件がどうしてそれほど〝大事な話〟になるのか。

「めずらしいですね、この時期に。まあ、年中人は足りないですけど」

「ああうん、それがねー、訳ありで」

「訳あり?」

「うん、超訳あり。只者じゃないのよ、その新入社員の彼」

何者・・なんですか?」

 川上MGRマネージャーが、持っていたタブレットの画面をこちらに向ける。
 そこには、ある大企業のグループ企業名がずらりと並んだ相関図が表示されていた。

「楠木産業、わかるよな?」
「楠木、産業……」

 聞いたことはあるが、私はよく知らない。
 私の隣で河上さんは、はい、と頷いている。
 医薬品や食料品、化学製品などを扱う、創業が昭和一桁の歴史ある複合商社らしい。


「グループ企業をこれだけ抱えている親会社のトップ、代表取締役社長がこの楠木 貴大くすのき たかひろ氏で、そのご子息を我が社でお預かりすることになったという訳ですよ」

「代表取締役社長って、雲の上の人じゃないですか……」

 そのご子息とは? ピンと来ない。
 なぜそんな大物が、うちに?
 普通は自分のところのグループ企業などで働くのでは?

「ほんとそうなんだよ、雲の上の人なわけ。──それでさ、ほらここに、執行役員に名を連ねているのが彼のお兄さんで、長男だからいずれトップに立つ教育を受けているんだろうね、ご自分の会社で。うちで働くのはだから、楠木社長の次男坊、ってこと」

「……長男さんは自分の会社の中枢にいて、次男さんはうちの新入社員、ですか」 不思議。

「いろいろな大人の事情があってうちに任せるって話になったみたいだけど、その事情は我々が知るところではないみたいだから」

「大人の事情……なるほど」

 なるほどと言ってみたけれど、あまりよくわかっていない。
 いろいろあるのかな? 大企業の一族は。兄弟格差とか、仲が悪いとか?
 いずれにしても雲の上の話だ。

「ようはその次男の彼を、叩き直して鍛えて欲しいってことらしいけど、そう言われてもねえ……怒らせるわけにいかないし」

「……」

 あれ? めずらしく河上さんが、何も口を挟まず考え込んでいる。どうしたんだろう?


※ 河上透弥 と 川上MGRマネージャーが おります。


「それで指導担当なんだけど、沢北さんにお願いしようと考えていて」

「え? 私ですか!?」

「そう。適任だと思って」

「ええ……」

 そんな大事な人材なら、私じゃなくて河上さんが適任に決まってるじゃない。
 意味がわからない。

「なぜ沢北さんが彼の担当に?」

 あ、やっと喋った。

「本当ですよ、なぜ私なんですか」

「実はさっきちょっと会ってきたんだけどね、なんとなく沢北さんの方が合いそうだなって。僕の勘」

 勘って……いやいや、やめてくれよ。
 そんな重要任務、私に務まるわけが……。

「河上さんについてもらった方が百倍勉強になると思います。私では力不足です、無理かと」

「勿論一人で全部担ってもらおうとは思っていないよ。僕も見るし、河上君は沢北さんのサポートに付いてください。いいですよね?」

「……はい、わかりました」

「わかりました!? え、ウソでしょう?」

「あはは、めっちゃ嫌そう」

「だって」

「沢北さんもさ、もしこれで彼に気に入られでもして、万が一恋仲になって結婚することになったら、玉の輿の中の玉の輿だからね! 御曹司だよ? 僕が仲人やろうか」

「冗談言わないでください」

 こっちは真剣なんだ!


 社員証に使うための彼の胸から上の写真を見せてもらうが、印象としてはそうだな……中性的で儚げ? でもなぜか片方の口角だけが不気味につり上がっており、おそらく写真の作り笑顔が苦手なタイプとみた。その気持ちはわからないでもない。
 聞けば、超一流大学の出身で、頭脳は優秀らしい。

 ただでさえ人と接することが苦手な私が、こんな優秀な人と何をどう話して指導すればいいのか、河上さんを斜め上に見上げ「無理です」と訴える。会う前からすでに降参。なのに、

「大丈夫じゃない?」

「大丈夫の根拠は?」

「沢北さん、面白いから」

「またそれだ!」

 銭湯での遭遇以来、河上さんともおかしなリズムになってしまった。元に、戻さなくては……。


 「この件は君たち二人にしか話していないから、彼の出自は広めないでほしい」と念を押され、部屋を出た。
 ──気が重い。ノーと言えないサラリーマン、辛い。


 楠木 鉄平くすのき てっぺい 25歳。
 私の二、三歳 年下らしい。
 来週、初出勤の予定────。


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