【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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2.嵐を呼ぶ男

嵐を呼ぶ男⑤

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 結局楠木君は、買ったパンのうち4種類をぺろりと平らげた。
 細い身体で、意外にもよく食べる。

「楠木君はうちの父と話したら話が尽きないと思う」と言うと、フフッと不敵に笑った。
 写真撮影以外の時も、彼の笑い顔は独特である。



「──楠木君ありがとうね、お昼付き合ってくれて。お弁当か何かあったのにごめんね」

 食事を終え会社へ戻る道すがら、社交辞令ではなく、心からそう言った。

「……いえ、僕も……」

「ん?」

「面白かったです」

 面白かったんかーい。
 でもそうでしょうね、あんなに熱心にたくさん喋って。喉が渇いたんじゃないかな。


「──沢北さん」 

「はい?」

 楠木君は神妙な顔をして俯き加減に、何か言いたそうに急に立ち止まった。
 私もそこで、足を止める。

「ご迷惑をおかけして、すみません」

「え?」

「毎日、すみません」

 ……毎日って、仕事のこと? え。

「……いえ、いえいえ、全然大丈夫ですよ、気にしないでください」

 ビックリして、声が掠れた。
 今日は一体何回驚かされているのか、
 一日◯ドキンの限界を超えている。

「もし仕事のことなら、それはお互い様だから。私も慣れるまでは大変で、周りに助けてもらったし、正直今も未熟なところだらけなの、だから一緒に頑張ろう」

「……はい」


〝聞いてますか? 返事をして下さい〟などと注意することはもうない。楠木君は必ず返事を返してくれるようになったから。


「もしかしたらここで働くのは不本意、かもしれないけれど、この仕事ってすごく色々な人に会うの。だから楠木君にとって、良いこと悪いこと含めて〝経験〟になると思う」

「……経験」

「うん、だから無駄ではないから。修行だと思って頑張ろう」

 どの口が言うのだろう。私はそんな風に人にアドバイスできるような人間なのか。でも実際そうだと、自分が発した言葉に自分で納得し、私も修行中の身だと顔を上げる。

「……そうですね。若いうちの苦労は買ってでもします」

「そうだよ、手塚先生の時代は自由に好きなことなんてできなかったんだから」

「ですね、わかりました。僕、頑張ります」

「……ふ」

 思わず、笑みがこぼれる。

 彼を憎めないのは、根が素直だからだ。
 分かりにくいけれど、誠実。

 楠木君は無気力どころか、話してみると独特な自分世界があって興味深くて、中身もみっちり詰まっている若者だった。
 ちょっと、変わってはいるけれど。
 そして、彼の意識を高めるキーワードはしっかり覚えた。


 その日から少しずつ、私と楠木君の間にある空気は変わっていった。仕事中の無駄話は一切しないのはこれまで通りだが、彼の方から「休憩入りますか?」「お疲れさまです、お先に失礼します」などと声を掛けてくれるようになった。

 それくらい当たり前じゃないかと言わないでいただきたい。当たり前のそれが、これまで全く出来なかったのだから。

 そして休憩中などは、互いに陰キャ同士で気が合うのか、時々、世間話や当たり障りのない話くらいはする。
 テレビは一切見ないし、休日はマンガを含め本を読んでいて、朝はパン食らしい。
 私にはほんの少しだけ、気を許してくれている?……気がするだけかもしれないが。
 先輩後輩としては、大分適正な関係になりつつある。

 ボウーッとその場に立っているだけだった彼のモチベーションも微量に高まり、一日◯ドキンの回数は、確実に減っていった。




「──楠木君、視線が下向きだと印象が悪く見えるから、顔上げてみようか。こう、顔も目線も少し上」

「こうですか?」

「うん、そうそう。ああっ、それだと顎上げ過ぎ。顎上げ過ぎると喧嘩売ってるみたいになるから要注意です」

「喧嘩売ってる……」

 片手で顔を覆い、静かに爆笑している。
 何がそんなに………なんっにも面白くない。
 相変わらず不可解。


 楠木君の第一印象の悪さを改善するため、せめてふてぶてしく見えないようにするため、顔の位置と視線の修正を試みている。
 冗談みたいな指導内容だが、我々二人はいたって真剣だ。

「まあ私も、人のこと言えないんだけどね、無愛想ってよく言われるし」

「そんなことはありませんよ? 沢北さんの姿勢は凛としていて格好いいと思います」

 私と二人で話をしている時だけは、なぜか躊躇いもなく私を褒めるようになった。七渚という名前を褒めた時のように、唐突に。

 これは何なんだろう、育ちがいいからなのか、女性を褒めるのは当然とでもいうように紳士的に。本人は照れるわけでもなく真面目な顔で言うものだから、死ぬほど恥ずかしい。言わないで欲しい。

「あーー止めてください、背が高すぎるのはコンプレックスなんだから」

「すらりとして素敵だと思いますが」

「ほ、ほんとにそれ、勘弁してください」

 まるで罰ゲームのようです、とは言えず。
 本人は良いと思って言ってるわけだから困ったな……。でも、気難しい猫が懐いてくれたようで、それはそれで少し嬉しい。


 いつの間にか近くに人が来ていたことに、私も楠木君も気づかずにいた。

 聞き慣れた足音、フワリと香る、よく知っている匂い。

 誰が来たのかは見なくてもわかった。


「あっれ~? なになに楠木君と沢北さん、めっちゃ仲良くなってるじゃないですか」

「……あ」

「お疲れさまです、河上リーダー」

「お疲れさまでーす」


 だいぶお久しぶりの、河上さんだった。


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