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2.嵐を呼ぶ男
嵐を呼ぶ男⑤
しおりを挟む結局楠木君は、買ったパンのうち4種類をぺろりと平らげた。
細い身体で、意外にもよく食べる。
「楠木君はうちの父と話したら話が尽きないと思う」と言うと、フフッと不敵に笑った。
写真撮影以外の時も、彼の笑い顔は独特である。
*
「──楠木君ありがとうね、お昼付き合ってくれて。お弁当か何かあったのにごめんね」
食事を終え会社へ戻る道すがら、社交辞令ではなく、心からそう言った。
「……いえ、僕も……」
「ん?」
「面白かったです」
面白かったんかーい。
でもそうでしょうね、あんなに熱心にたくさん喋って。喉が渇いたんじゃないかな。
「──沢北さん」
「はい?」
楠木君は神妙な顔をして俯き加減に、何か言いたそうに急に立ち止まった。
私もそこで、足を止める。
「ご迷惑をおかけして、すみません」
「え?」
「毎日、すみません」
……毎日って、仕事のこと? え。
「……いえ、いえいえ、全然大丈夫ですよ、気にしないでください」
ビックリして、声が掠れた。
今日は一体何回驚かされているのか、
一日◯ドキンの限界を超えている。
「もし仕事のことなら、それはお互い様だから。私も慣れるまでは大変で、周りに助けてもらったし、正直今も未熟なところだらけなの、だから一緒に頑張ろう」
「……はい」
〝聞いてますか? 返事をして下さい〟などと注意することはもうない。楠木君は必ず返事を返してくれるようになったから。
「もしかしたらここで働くのは不本意、かもしれないけれど、この仕事ってすごく色々な人に会うの。だから楠木君にとって、良いこと悪いこと含めて〝経験〟になると思う」
「……経験」
「うん、だから無駄ではないから。修行だと思って頑張ろう」
どの口が言うのだろう。私はそんな風に人にアドバイスできるような人間なのか。でも実際そうだと、自分が発した言葉に自分で納得し、私も修行中の身だと顔を上げる。
「……そうですね。若いうちの苦労は買ってでもします」
「そうだよ、手塚先生の時代は自由に好きなことなんてできなかったんだから」
「ですね、わかりました。僕、頑張ります」
「……ふ」
思わず、笑みが溢れる。
彼を憎めないのは、根が素直だからだ。
分かりにくいけれど、誠実。
楠木君は無気力どころか、話してみると独特な自分世界があって興味深くて、中身もみっちり詰まっている若者だった。
ちょっと、変わってはいるけれど。
そして、彼の意識を高めるキーワードはしっかり覚えた。
その日から少しずつ、私と楠木君の間にある空気は変わっていった。仕事中の無駄話は一切しないのはこれまで通りだが、彼の方から「休憩入りますか?」「お疲れさまです、お先に失礼します」などと声を掛けてくれるようになった。
それくらい当たり前じゃないかと言わないでいただきたい。当たり前のそれが、これまで全く出来なかったのだから。
そして休憩中などは、互いに陰キャ同士で気が合うのか、時々、世間話や当たり障りのない話くらいはする。
テレビは一切見ないし、休日はマンガを含め本を読んでいて、朝はパン食らしい。
私にはほんの少しだけ、気を許してくれている?……気がするだけかもしれないが。
先輩後輩としては、大分適正な関係になりつつある。
ボウーッとその場に立っているだけだった彼のモチベーションも微量に高まり、一日◯ドキンの回数は、確実に減っていった。
◇
「──楠木君、視線が下向きだと印象が悪く見えるから、顔上げてみようか。こう、顔も目線も少し上」
「こうですか?」
「うん、そうそう。ああっ、それだと顎上げ過ぎ。顎上げ過ぎると喧嘩売ってるみたいになるから要注意です」
「喧嘩売ってる……」
片手で顔を覆い、静かに爆笑している。
何がそんなに………何にも面白くない。
相変わらず不可解。
楠木君の第一印象の悪さを改善するため、せめてふてぶてしく見えないようにするため、顔の位置と視線の修正を試みている。
冗談みたいな指導内容だが、我々二人はいたって真剣だ。
「まあ私も、人のこと言えないんだけどね、無愛想ってよく言われるし」
「そんなことはありませんよ? 沢北さんの姿勢は凛としていて格好いいと思います」
私と二人で話をしている時だけは、なぜか躊躇いもなく私を褒めるようになった。七渚という名前を褒めた時のように、唐突に。
これは何なんだろう、育ちがいいからなのか、女性を褒めるのは当然とでもいうように紳士的に。本人は照れるわけでもなく真面目な顔で言うものだから、死ぬほど恥ずかしい。言わないで欲しい。
「あーー止めてください、背が高すぎるのはコンプレックスなんだから」
「すらりとして素敵だと思いますが」
「ほ、ほんとにそれ、勘弁してください」
まるで罰ゲームのようです、とは言えず。
本人は良いと思って言ってるわけだから困ったな……。でも、気難しい猫が懐いてくれたようで、それはそれで少し嬉しい。
いつの間にか近くに人が来ていたことに、私も楠木君も気づかずにいた。
聞き慣れた足音、フワリと香る、よく知っている匂い。
誰が来たのかは見なくてもわかった。
「あっれ~? なになに楠木君と沢北さん、めっちゃ仲良くなってるじゃないですか」
「……あ」
「お疲れさまです、河上リーダー」
「お疲れさまでーす」
だいぶお久しぶりの、河上さんだった。
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