【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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3.その手には乗らない

その手には乗らない⑤

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「お風呂に行ってマッサージを受けたり、その近くの書店で本を買って隣接してるカフェで買ったばかりの本を読んだり、休みの日はそんな感じですね」

「お風呂、ああ、あの銭湯か。また夜遅くに自転車で行ってませんか?」

「行ってません、河上さんに怒られるから。昼間に一人で行ってます」

「沢北さんは、今彼氏はいないの?」

「え、彼氏?……ああ、お気遣いありがとうございます。おりませんよ。いる訳ないじゃないですか、無理して聞かなくていいんですよ、そんなこと」

「別に気を遣って聞いたわけじゃ……ほら、楠木君とずい分気が合うみたいだから、どうなのかと思って」

 横で完全に伸びている人をチラと見る。

「……この人ですか? 寝てますけど」

「うん、寝てますね。飲むだけ飲んで、語るだけ語って。でも、まだ未知数だけど、将来有望だと思わない? 沢北さんかなり懐かれているみたいだし」

「将来有望……ご実家がお金持ちだから?」

「まあ、そういうのも含めて」

「あははは」

「え、笑うとこ?」

 あれ? このくだり、前にも誰かとあったな。誰だっけ?
 彼氏はいるのかとか、楠木君どうよとか、なにそれセクハラセクハラ、いつもならば、私には関係ないと冷たくスルーしそうな話題にも、抵抗なくノリノリで返答する始末。

「素直でいい人だと思います。頑張ってほしい。不器用だし規格外だし、スピードは遅くてのろのろしてるけど、努力はしています。心はタフで強いと思います」
「うん、ほんとそうだよね」
「だけど どうよと言われても、どうにもなりません」
「……ですね、すみません。余計なお世話でした。楠木君がこんなに短期間で心を開くのも、めずらしいから」

 情は少し移ったかもしれないが、あり得ない。というか恋愛感情がわからない、一度も芽生えたことがないから。さすがにそれを堂々と言いたくはないが。

「じゃあ、好みのタイプは?」
「まだ聞くか!? ぐいぐいくるな」
「いやもうこんな機会ないと思って。面白くなってきましたよ これは」
「……タイプ、タイプ、えーと……、真面目そうに見える人じゃなくて、心根が真面目で真っ直ぐな人がいいです。軽薄じゃない人、あと嘘を吐かない人、私と向き合ってくれる人。でもな、それを見抜く目はない」
「あはは」
「なんで笑うの、笑い事じゃないんですよ。あ、河上さんは人が良さそうに見えて、女性大好き軽薄男ですもんね」
「ふーん、そう思ってたんですねー、なるほどよくわかってらっしゃる」

 河上さん相手に、私は一体何を語っているのだろう、まずいのではないか、余計なことを…………まあいっか。


「私ばかり聞かれてずるい。ここからは私からの質問タイムに入ります」

「あ、僕に? うん どうぞ」

 わりと近い距離で、河上さんの顔をじっと見る。いつも気になっているそのワカメ頭、手を伸ばしたら触れそうだな。
 ワカメというより……柔らかそう。

「その髪型は、何というヘアスタイルですか? 何色ですか?」

「おお、思ってたのと違う質問きた。髪型の名前? えーとなんだっけ、今はセンターパートか。髪色はアッシュグレー、ちなみにこのパーマは天然です」

「天然なんだ! 濡れたらもっとうねうねになりますか?」

「はい、うねうねになりますね。沢北さんのようなストレートに昔から憧れてますよ」

「……いつも、個性的で変わった服装をしてらっしゃいますね」

「そう? 服は結構好きですからね。元々ファッション関係の仕事に就きたかったし、趣味ですかねぇ。着ているもののほとんどは友人の店で買っています。一点ものとか多いからかな、変ですか?」

「いえ、似合うと思います。あとそれから、鏡の前で笑う練習をしていますか? 今日の俺いけてるって一日に何回思いますか?」

「ちょっと待って、これ何の質問? めっちゃ面白いけど」

「……」


 わかりません、でも楽しい。
 聞いてみたかった。

 私、ちょっと酔ってるみたいだ。
 惜しげもなく、心の声を披露してしまったような…………明日怒られるかもしれない。
 まあいっか。


 それよりも、河上さんが飲んでいるマスに入ったお酒が気になって仕方がない。
 時計を見ると……うん、まだ大丈夫よね? ラストオーダーはそれにしようと決めた。

「河上さんが今飲んでいるそのお酒は何ですか? 私 次で最後、それにします」

「これは日本酒だけど。え、まだ飲む!? もう止めておいた方がいいんじゃない?」

「いえ 全然大丈夫、ほら」

「あーあー、ほらじゃないよ、止めなさい、頭グラグラ振っちゃダメ、酔いが回るから」

 慌てて頭を片手で押さえられ、これ以上のアルコール不可と判断され、結局同じものを注文してはもらえなかった。河上さんの半分程残った飲みかけのそれと、新たに注文したジャスミンティーが目の前に並ぶ。

「……自分が酔ってるかどうかくらいわかるのに……これだけ、味見やん」

「絶対わかっちゃいねー」

「あ、美味しいこれも」

「……それは、良かったですね」


 苦笑いの河上さんが、「楠木君もこの状態だし、そろそろ帰りますか」と言う。

 楠木君は船漕ぎ状態から完全に眠ってしまい、テーブルに両腕と頭を投げ出した授業中の居眠りスタイルで、微動だにしない。
 生きてるよね……?


「河上さん、まだ絶対寝ないから、ちょっとだけ目を瞑ってもいいですか?」

「ああ待って、それ寝る人の台詞だから。さすがに二人は無理、もう少し頑張れ」

「寝ませんて」

「まったく、酒 全然強くないじゃない」

「強いですよ、うちの父は酒豪だから、私は父と似ているから、全然酒豪」

「それで、強いって言ってたのか。根拠無いわけね」

「……無骨ながらいい父親なんですよ。あ、さっきお伝えした好みのタイプね、あれは父のことかもしれないな……」

「そう。いいお父さんなんだろうね」

「あ、こいつファザコンだって思いました? 違うんですよ、たしかに仲良し親子ではありますが、家族は父しかいないので、母親でもあり、兄弟でもあり、友達でもあり……あ、父に電話してみます?」

「いや、してみない」

「なんだ、残念」


 もうお腹が一杯で、タクシーを呼んでもらって、到着するまで しばしの待ち時間。
 目を閉じちゃダメと言われたけれど、上瞼が勝手に下がってきます。


「──また一緒に飲みましょう、沢北さん。僕は前々からもっと話してみたいと思っていたので、かなり楽しかったですよ。正直思ってた以上の面白さでしたけど……。一応同期みたいなもんだし、今後も仲良くしてくださいよ」

「はーん、なるほど、そうやって心の隙間に入り込むのですね、さすがです。でも私はその手には乗りませんよ、騙されません」

「騙すつもりはないですが。ああ、あなたの中で僕は、女性大好き軽薄男でしたっけ?」

「人たらしのナルシストです」

「おい、ナルシストどっからきた」


 私も、思いのほか楽しかったですよ。
 ありがとうございます、でも今日だけ。
 もうおしまい。


「河上さん」

「はい?」

「今日の、事の真相なんですけどね、」

「……半分眠り掛けているのに、またそこに戻るんだ? 言うまで聞かれそうだな」

「納得できない事を放置できないタイプなんですよ、だって私 モヤモヤして眠れない」

「大丈夫、数分後には寝てますよ、今夜の酔っ払いさんは」

「そうじゃなくて私、何となくわかっちゃったから、楠木君と河上さんが、誤魔化そうとしている事」

「……なにが?」

 ほら、やっぱりね。河上さんがスッと一瞬真面目な顔をするから、確信に変わる。

「私でしょ? 彼女たちの間で、私が話題に上がっていたんじゃないですか? 魔女子がどうとかこうとか」

「……」

 二人して、勿体ぶって隠さなくてもいいのにね、私がショックを受けると思ったか。

「私は全く気にしません。何を言われたかは分からないけど、言われ慣れてるし大体想像つく、その通りだと思いますし。あーそれでキレたのか楠木君、バッカだなぁ」





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