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3.その手には乗らない
その手には乗らない⑥
しおりを挟む〝事の真相〟が気になって眠れない、はずの私の記憶は、そこで途切れた。
ようするに、目を閉じてしまった。
結局河上さんからは何の話も聞けなかったが、後日 本田サブリーダーから聞いた詳細は、こうだ。
*
受付も案内も終わった待機時間、いつの間にか配置場所がバラバラであるはずの三人のスタッフが、一か所に集まっていた。
その日は、聞いていた通りの客層で───。
『さっきの人って、E社のご子息よね?』
『ウソめっちゃ格好いい、感じ良かったー』
『違うよ、あれはG社の副社長だって』
『品があって全然違うね……』
『トイレから出てくるところでわざとぶつかって、ハンカチ落としちゃおうかな』
『あからさますぎて引かれるよう~』
リッチな男と結婚して玉の輿に乗りたい、条件の良い人と結婚すれば楽して暮らせる、だからこそ若いうちから婚活した方がいい、私の思っていた通りそんな話できゃっきゃと盛り上がっていたらしい。
ちなみに楠木産業は、彼女たちの注目したE社よりもG社よりも規模の大きい大企業で、抱えている従業員の数も全然違う。
ここにいますよーっ、品のある御曹司がー!
それはまあ、いいとして。
本田さんが、話を続ける。
「Y田さんってわかるでしょう? 彼女がね、他の派遣会社の仕事でW社の婚活イベントでスタッフとして働いたことがあるらしくて」
W社の婚活パーティー、そこは私が、あの南澤という残念な男性と知り合った場所でもあった。
「そのパーティーでね、」
「私を見たと?」
「うん、どうもそうみたいね」
守秘義務は!? なんてこったい。
……別にいいんですけどね、悪い事をしているわけじゃないし。後ろめたい事は、なにも。だけどおそらく、散々な言われようだったのではないか。二回しか参加したことのない婚活イベントでのポンコツぶりは、私自身が一番よくわかっていた。
『魔女子が婚活!? まじですか?』
『えーっ、似合わなーっ、あの人今何歳?』
『アラサー? 32とか、3とか?』
『焦る時期だよねーー』
『婚活会場では浮くでしょ~沢北さん』
『間違いない、逆に気の毒』
『普通の男じゃ無理だもん、彼女の相手は。いうて迫力あるし、でも間違いなく男受けはしないでしょう?』
『そういえばさ、魔女子、最近あの坊やと仲良くない?』
『楠木君か。坊やも魔女子とだけはまともに会話してるみたいだし気が合うんじゃん?』
『二人とも愛想無くて、何考えてるのかわからないけど、似た者同士通ずるところがあるんじゃん?』
『たしかに合うかも、明るさというか暗さがちょうど一緒。坊やも身長高いからスタイルだけはいいし、並んで立つとまあ……』
『同類同士くっつくかもね、お似合ーい』
彼は運悪く、ずっとその近くにいたらしい。
それ以外の様々な会話も、聞きたくなくても耳に入ってきてしまった、という話で。
三人とも軽率過ぎだ。よりによってそんな目立つ場所で、せめて仕事以外の時間帯なら良かったのだが。
楠木君はおそらく実家のことがあるから、金持ちと結婚したい云々には、嫌気が差しているだろう。気分が悪くなっていたところに今度は私とのくだらないでっち上げネタだ。
ただ、「無駄話は控えて」と注意すればいいところを、言わずにはいられなかったのだと思う。ああもう、目に浮かぶ。
『──沢北さんは今、27歳ですが』
『……は? なに?』
『まだ、アラサー枠には入りません』
『え、なんですか? もしかして盗み聞きとかしてました?』
『人に聞かれたくない話をこんな所で話題にするのもどうかと思いますが、仕事中に』
『……は、すみませんでした、戻るんで』
無表情で、これ以上なくふてぶてしく、
三人に突っ掛かっていったらしい。
『──あの、言わせてもらいますけど、僕は大概何も出来ず役立たずかもしれませんが、沢北さんはちゃんと、常に真面目に仕事されてますよ?』
『………何ですかそれ、わかってますけど』
『今話しておられたような聞くに堪えない噂話や、くだらない品定めのような会話は絶対にしない。違うんですよ根本的に』
『根本的に何? どういう意味ですか?』
『それは……、私たちも悪かったかもしれないですが、その言い方は酷くないですか? 別に本気で言ってたわけじゃないもの、ただの冗談です。これくらい誰でも言いますよ』
『冗談ね……、都合が悪くなると誤魔化して自分の非を認めようとしないとか……。皆が言ってる冗談だから何を言っても構わないんですか? 本人の耳に入れば嫌な気分にさせるとか考えないですか? 人の心の痛みをわからない、想像力の貧しい人の発想ですね』
『酷、ちょっと、言い方……』
『そんなに庇って、楠木さんと沢北さんの線、図星なんじゃないですか~?』
『心底馬鹿馬鹿しい。あなた方のような無能な人間に近づいてほしくありません、辞めていただいても致し方無いと思います』
◇◇◇
「──こんばんはー……あれ? 透弥?」
「…………おう」
「これはどういう状況? なんであなた一人で飲んでんの? バーニャカウダ、サービスでお持ちしたんですけど……二人とも寝ちゃった?」
「あと数分早ければね」
「てか、潰れるの早っ! まだ小一時間位しか経ってないじゃん」
「だよな、予想外ですよ。とりあえず、悪いんだけど迎えが来るまで一人預かってくれる? 今、人を呼ぶから」
「別にいいけど、会社の人?」
「ああ、セイのところの──」
「あーそう! この人が!?」
☎︎
「────もしもし、俺だけど」
『────?』
「──ああ、そうそう。今、レンさんの店にいて…………、そう、焼き鳥。手に負えない酔っ払いがいるんですよ……うん、あなたの……はい」
『──、────』
「迎えに来てやって、店に置いていくから」
『────』
「あーー無理無理、俺もう一人送る人がいるから、逆方向だし寝てるんで…………ああ」
『──、───!?』
「──違う違う、会社の人………ああはい、うん、えーとまあ、もしかしたら……いつか会う機会があるかも知れないね」
誰の、話し声か。
どこまでが現実で、
どこからが夢?
◇
目が覚めると私は、自分の部屋にいた。
昨日着ていた服のまま、いつもと同じように、自室のベッドの上。
見慣れた天井が、白くぼやけて見える。
上着と靴下だけはちゃんと脱ぎ、きちんと畳んでテーブルの上に置いてあった。
「え? あれ…………しちじ……」
ズキズキする頭を、両手で覆う。
今日は休みだから大丈夫、けど、
二日酔い気味。
おかしいな。
ハイツ・インディゴブルー、
私は昨日どうやってここに帰って来た?
タクシーに乗った、降りて歩いてエレベーターに乗りボタンを押した、その時、
私の隣に誰かいなかった?
誰かに支えられて、ベッドに横にならなかった? 鍵を開けたのは…………、私?
「いや……違うって、私タクシーを降りて、多分無意識にちゃんと歩いて、ここに一人で帰って来たんだな、えらい!」
誰に聞かせるわけでもないのに声を張り、確認するように独り言ちる。
いつもと違うのは、自分自身から漂うアルコール臭と、薄っすら、炭火の匂い。
夢ではない、わかってはいる。
「まずいぞこれは、まずいまずい」
化粧も落としていなければ、歯も磨いていないベタベタの、着の身着のままの私。
なにがまずいのかも考えられないまま、頭を掻きむしりながら、浴室へ向かった。
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