【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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4.忍び寄る

忍び寄る⑤

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「あっ沢北さん、おはようございますー! 聞きましたぁ? 土日の件」

「土日の件? いえ、聞いてません」

「大変だったみたいですよーー」

「え」

 週末のイベントは、何とか無事に終わったものの、ちょっと荒れたらしい。慣れているスタッフも大勢いたはずだし、何がそんなに大変だったのか。

 イレギュラーで予想外のことが重なり、皆がどう動けばいいのか戸惑う中、今回リーダーを務めた社員の指示や判断が不適切だったため、無駄に混乱し散々だったらしい。
 大小様々なトラブルに繋がり、サブリーダーである田丸さんや他のスタッフが、忙しなく走り回っていたという。

「そうでしたか……。お疲れさまでした」

「私は別の場所で勤務だったので詳細はわかりませんが、今、田丸さん達が川上MGRに、いろいろ報告しているみたいですよ」

「田丸さんが?」

「沢北さん、行かなくてもいいんですか?」

 行かなくてもいいと思うが、気になる。
 元々は、私がやるはずだった仕事だ。


 川上MGRがよく利用しているミーティングルームに集まっていると聞き、私は急いでその場所へ向かった。

 ミーティングルームの扉は、少しだけ開かれていた。
 隙間から、川上MGRの声が廊下まで漏れている。よく聞き取れないけれど。

 ノックして部屋の中に入ろうとした瞬間、後ろから私の腕を引っ張り、私を止める人がいる。
 河上さんだ。

「──あ、え?」

 河上さんは自分の口に人差し指を当てて、そのままミーティングルームのある廊下側の壁に私を押しやる。二人で、壁に張り付くような形になった。

 中には入らずにここで聞いてろという意味だろうが、なぜ? 盗み聞きする必要ある?

 部屋の中には、川上MGRと田丸さん、昨日会場にいて事情を知っていると思われるベテランのスタッフ二名がいた。




 田丸さんは本田さんと同世代で、同じように私が働き出す前からここに所属している。

 契約社員なので働く時間は限られているが、きびきびとして頭の回転が速くクール、ちょっと怖いくらいの、いかにも仕事のできるタイプの人だ。川上MGRは一目置いており、田丸さんの意見にはよく耳を傾けている。

 私も頼りにしているが、逆に田丸さんから見た私は、突っ込みどころ満載の頼りないリーダーではないだろうか。
 よく一緒に組んで働く機会はあるけれど、田丸さんと私はあまり近くない。必要最低限のことしか話さないし、おそらくあまりよく思われていない────はずだった。


「しかし納得いきませんねえ……こんなの、どう考えてもでっち上げの嫌がらせじゃないですか。それで現場から外されたんですか?……は、おかしいおかしい。そのせいで昨日みたいな状況に陥って、逆に本当のクレームを招くと思いますが」

 …………現場から外された? 何の話?

 昨日の話、ではない。もしかして……?

 
「なんですかこれ、偽計業務妨害罪ですか? 侮辱罪? 名誉棄損罪? ……さっさと片を付けて下さいよ。クライアントや来場者からの評判が悪い彼女のペナルティ、みたいになってるじゃないですか。スタッフの中には実際そう思っている人もいますし、そんなの……腹立たしい、理不尽極まりない」

「……」

 田丸さんが話しているのは誰のことなのか、何がそんなに腹立たしいのか、信じられない気持ちで聞き耳を立てていた。
 そもそも彼女がこんなにたくさん喋るところを、あまり見たことがない。

 そしてその場にいた二人のスタッフも、口々に意見を言い始める。

「いつもは沢北さんが細やかに見て下さっているので、昨日みたいなおかしな集団がいてもすぐに自分が飛んで行って、大ごとにならないように対処してくれるんです」

「常に矢面に立って下さるので、クレーム客を落ち着かせる事はあっても、自分が問題を起こすような人ではないと思いますが。誠実だし丁寧だし、どこが?って感じですよ」

「沢北さん気の毒で……」


 え、やばい、なんだこれは。
 不意打ち、な、泣く──!


「わかっていますよ、いろいろ問題になっている事はどれも辻褄が合わないって。だから今、調べているところです。ペナルティではありませんよ勿論」

 川上MGRの言葉に、田丸さんが頷いた。

「それならいいんですけど、私たちは事情が分からないから、なぜ彼女が?って不思議に思うじゃないですか。誰よりも真面目に一生懸命動いているのが沢北さんですから。スタッフ一人一人の向き不向きまで把握して配置割り振って、あちこちに気を回して……だから彼女の現場は気が楽ですよ。……あ、見てくださいこれ、彼女が現場に出なくなってから二週間、私の一日平均歩数が五千歩も増えているんですよ!? 勘弁してください」


 ────なにか、自分に都合のいい、夢を見ているような気分だった。

 その場にいる全員が、私の事を悪く言わない。私以上に私の事を庇ってくれていた。
 昨日の件の報告から、最近起きている問題へ、話が発展したらしい。

 人にも自分にも厳しい田丸さんが、私のために怒ってくれている。まさか、そんな風に思ってくれているとは。

 たすけて、こんなの泣いてしまう──。


「──田丸さん、歩数をアプリで管理してるみたいだね。知ってました?」

「……」

 隣にいる河上さんをじろりと見る。
 この人がいたことを、一瞬忘れていた。

 一体どういうつもりで? 
 どこまでわかっていたので? 
 これを私に、聞かせるためだった? 


「沢北さん」

「はい」

「大丈夫ですか?」

「全然、大丈夫じゃありません」


 河上さんが、声を出さずにくくくと笑っている。柔らかい前髪がふわりと揺れた。

 気が付けば、肩がくっつきそうなほど身を寄せ合って、近い距離にいた。


「君の頑張りは、皆 ちゃんと見ています」

「……河上さん」

「はい」

「わたし今、そうは見えないかもしれないですが、嬉しくて…………感動しています」

「知ってます」


 河上さんが得意気な顔をして笑うから、私もつられて笑った。


 この人は、本当に……何者? 
 心の隙間をお埋めします、のプロ?
 誰にでもこうなのか、私の行いがもどかしくて、見ていられなかっただけなのか。

 自分に全く自信がなく、殻に閉じこもっている私を引っ張り出し、あなたは大丈夫って目の前で何度も言うから。なんだかその気になっちゃって、リズムが狂い出す。

 私と同時期に働き始めた同期のような人と思ってきたけれど、私は与えてもらうばかりで、河上さんに返せるものなんて何もない。何一つ敵わない。
 だけどもう、卑屈になって尻込みしたりするのはやめたい。何も河上さんは、別世界で生きている人間じゃない。人気者で遠い存在だけれど、異世界の偉人なんかじゃない。
 これからはもっと、今みたいに、同じ目線で笑いたいから。


 信頼のおける人たちが、私のことを信用してくれていた。嬉しくて、何より心強い。私はとても恵まれた環境で働いていたみたい。
 自分の気持ちを表現することも下手だけど、人の思いをまるでわかっていなかった。

 今すぐその場に出て行って、ありがとうとお礼を言いたい気持ちだが、田丸さんたちの言葉はそっと胸にしまう。
 放心状態の私は、河上さんに言われるがまま一階のコーヒーショップへ一緒に移動させられる。そして一連の出来事について報告を受けた。



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