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4.忍び寄る
忍び寄る⑥
しおりを挟む「サイバーストーキング?」
「そう。簡単に説明すると、ネットや電子的手段を使って、標的とした相手に付き纏って嫌がらせ行為をする、みたいな感じかな」
「み、南澤さんが?」
河上さんが調べてくれた結果、やはり最近の理解しがたいクレームや私への中傷には、あの人が関わっていたらしい。
しかも直接本人がそれを行っていた訳ではなく、ハッキングの技術を持つ人物にわざわざ依頼して、緩くじわじわと、私へのくだらない嫌がらせを続けさせていたようだと。
私の個人名や個人情報を晒すなどのさらに悪質で取り返しのつかない行為は、今のところなかったと聞き、ホッとする。
「……恐ろしい人ですね、私相手に何がしたかったんだ」
「ははっ、沢北さんらしい反応、怒らないんですか?」
「怒るというより変な人だなって……だけどそんな事、河上さんはどうやって調べたんですか? もしかして探偵事務所とかに依頼したとか……あっ! 調査費用とかかかったんじゃないですか?」
「心配するのそこ? まあまあ、僕にも様々知り合いがいるので、サイバー犯罪に詳しい知人にね、お金は掛かっていません……それはいいんだけど」
濁すようにごにょごにょと、何か誤魔化されているような気がするのは気のせいか?
私の知らないところでいつの間にか、その犯罪者と話は付けたと言うが……。
「話を付けたって、何をどうやって解決したんですか? そんなの河上さんの方が危険じゃないですか」
「全然大丈夫ですよ、僕自身が交渉した訳ではありませんし、それに沢北さんが思うより軟ではありません」
ご心配どうもと、また平気そうに笑うけれど、私は青ざめる。ただひたすら申し訳なくて、なんて言ったらいいのかわからないよ。ありがとうございますでは足りない。
私以上に逆恨みされて、今度は河上さんが嫌がらせを受ける事はないだろうか。
そう言ったら、
「南澤はもう、僕にも沢北さんにも関わろうとはしないはずです。……はずですが、誰かに大枚をはたいて依頼してまであなたを貶めようとするような、執着心の強い男です。普通じゃない。だからもし万が一、また沢北さんに連絡が来たり変だなと思うような事があれば、必ず僕に言ってください」
「……い、いいです、これ以上迷惑を掛けられない」
「いいですじゃなくて絶対にそうして。僕は今〝沢北七渚の彼氏〟ですよ? 無関係では無いと言ったでしょ? 関わるなと言ったのにわざわざこんなやり方で関わってきたのだから、ちゃんと収まるまでは僕の問題です。間違っても、自分一人で解決しようとは思わないで。わかった?」
なんて言った? 今。
驚いて目を見開き、身を乗り出す。
正面に座る河上さんに、いつになく真剣な目でじっと見られて、視線を外せない。
本物の恋人に注意を受けたらこんな感じだろうかと、お気楽にあり得ない妄想をする。ちがうちがう。
「せ、設定上の話ですね? 演技の続きの」
「え? ああ、勿論そうです」
「紛らわしいんですが」
「うん、なにが? それはまあいいとして、とにかくまだ警戒して、念のため気を付けてください、って話です。何もなければそれでいいから」
「……わ、わかりました」
巻き込んだのは私だし、親身になってくれるのはありがたいが、意味深な発言は止めてほしい。河上さんが常に接している女性の様に、冗談を軽く受け流したりノリ良く返すなんて、出来ないのだから。
ありがとうございます、頼りになります、そう言うのが正解だろうか。でも本音ほど、上手く伝えられないものです。
こういう時だけは、感情がわかりづらくて良かったと思う。動揺を悟られないよう、気合いを入れた鉄仮面で、「そろそろ戻りましょうか」と、彼より先に立ち上がった。
ふわふわした感情に気を取られ、この時、河上さんが何をそんなに危惧していたのか、私の身を案じ強く忠告したのか、脳天気な私は何も理解していなかった。
強い味方がいることに安堵しながら、私は河上さんから言われた忠告を悪気なく完全に無視して、間違いをしでかす。
南澤さんが何故そんなにも執拗な行動を取ったのか、何に腹を立て、誰に恨みの感情を抱いたのか。
でもね、河上さん、私にわかるわけないじゃない、そんなこと。
わかりっこない。
◇
「──あ、お父さん? 私。今大丈夫?」
『──七渚? おおめずらしいな、土曜日のこんな時間に電話を寄越すなんて』
「うん、今ちょっと週末は休みのシフトなんだ。ところで昨日野菜届いたよ。お米もありがとう、連絡遅くなってごめん」
父は、私の故郷で、地元の人気店でもあるファーマーズマーケットを経営している。
それ以外もネットで規格外の野菜を販売したり、地元農家が活性化するような取り組みや地域農業の担い手育成などにも携わり、地元に貢献する活動を行っている。
私がこの仕事を続けている以上、父と一緒に暮らすことは無いだろうが、適度な距離感で親子関係は良好だ。似た者同士とは思わないが、昔から気が合う。父一人娘一人、ノンストレスの関係。
仕事柄野菜に囲まれているため、ひと月に一度は必ず野菜を送ってくれる。送料などを考えると、家の近所で必要な分だけ有機野菜でも買った方が安上がりかもしれないが、親子のコミュニケーションのようなものだ。それに父の店で扱っている農産物は、どれもとても美味しい。味が濃くて。
『ん、どうした七渚、やけに声が明るいな。何かいい事でもあったんか』
「ええ? 別にいつもと変わらないけど」
たまに勘が良い。電話の声だけで父に気付かれる程、私は浮かれているだろうか。
「そりゃね、生きていればいい事も悪い事もありますよ、私だって」
『そっか』
「まあでも、いい事は、あったかも」
以前は、戦闘服を着て戦いにいくような気持ちで向かっていた職場が、最近少しだけ、安心して働ける場所に変化していた。
我ながら単純だが、私を受け入れてくれる人がいると思うだけで、居心地が違う。
『おお、ついに彼氏でもできたか?』
「できませんね、残念ながら。ただ最近ちょっと仕事が楽しくて、仕事でいい事があったってだけ。厳しくて怖いと思ってた人にね、褒められたの、へへ」
『なんだ、仕事かよ』
「なんだってなによ、職場の人間関係は大事じゃん。それに普通父親って娘に彼氏なんか出来て欲しくないものなんじゃないの?」
『さあな、普通は知らんけど、七渚の選んだ相手とはそろそろ会ってみたいだろ。七渚を選ぶ男は、見所がある』
「それ、ただの親ばかだから。……あ、そういえば、手塚治虫氏を神様と呼ぶスピッツファンの若者が職場にいるんだけどね、ちょっと変わった人で面白くて、」
『いいな、その男にしろわ』
「しろわじゃなくて、ただの後輩ですから。短絡的に結びつけないでよ」
私が実際に〝結婚したい人がいる〟と言えば、父は喜ぶだろうな。
私の両親は様々な事情があって上手くいかなかったけれど、娘には〝幸せな結婚〟をしてほしいと願っているみたいだから。
でもしばらくは無理っぽい。ごめんね。
「私より先にお父さんがしてよ、再婚」
『俺のことはどうでもいいんだよ』
「だってずっと一人でいるのもねーー、誰か晩酌の相手とかしてくれる人がいれば、私も安心なんだけど。肩の荷が下りるというか」
『は、それは俺のセリフだろ。人を厄介払いみたいに……。悪いがな、おまえの父さんはその気になれば結構モテるんだ。やる気さえ出せばすぐだすぐ! それはいいとしてよ、そのうち帰って来れそうなのか?』
「え~?」
河上さんの見通しでは、あとひと月くらいは今の体制でいくという。その後はまた何事もなかったかのように、リーダー業務に戻れるだろうとのことだった。
また、休みが不規則になる。
「そうだね、今のうちに顔見せに帰っておくか。娘に会いたそうだし」
『おまえな、そういうのは心の中で言え』
纏めて休みがもらえそうな今、一度里帰りしようと決めた。
*
その夜は、送られてきた野菜で沢山の野菜料理を作った。
凝ったものではなく、茹でたり焼いたり切ったりするだけの、素材の味がわかるシンプルな料理が食卓にずらり並ぶ。
一人で食べるには勿体ないと思いながらも、気軽に自宅に呼べる人なんていないから、私だけの贅沢な晩餐となる。
そっか、こういう簡単な料理なら楠木君に教えても喜ぶかもしれない。まだご飯と味噌汁ぐらいしか作れないと嘆くのを、先日聞いたばかりだ。ご飯と味噌汁だけを毎日健気に食べている楠木君を想像すると、かわいいし笑える。この野菜をお裾分けしたら、食べてくれるだろうか。
ほぼ毎日二人セットのように扱われ、同じ場所で働いていた私と楠木君だが、私の業務内容が変わったことで、最近は私から離れ、河上さんや他のリーダーに付いて回るようになった。
他の人達から指導を受けると、「沢北さんからはそう教わっていません」などと反論し、素直にはいと言わないからハラハラすると、河上さんが笑いながら教えてくれた。
ほんとやめて。空気読んで。私の融通が利かない性質まで学ばないで欲しい。
後輩を指導するなんて初めてで、何と無く情が移ってしまったけれど、楠木君とはそろそろコンビ解消かもしれないな。
*
夕飯を食べ終え跡片付けと寝る準備をし、テレビを付けっぱなしにしたまま、シリーズ物の小説を夢中になって読んでいた。
たまたまやっていたグルメ番組の中華丼に目が止まり、明日の日曜は丸ごと一個届いた白菜を使って八宝菜を作ろうと決めた。
スマホは、充電器に繋がれたまま放置されていた。そこに知らない番号からの着信があったことなど、翌日の朝まで気付くことは無かった。
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