【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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4.忍び寄る

忍び寄る⑦

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〝あ、ごま油と生姜がない……〟

 あと十五分でご飯が炊き上がるという時に、八宝菜の仕上げに使う二つの材料が切れていることに気付いた。
 えーー、まじか、中華にならないじゃん。
 目の前ではぐつぐつと煮えたあんかけが、中途半端な状態で待機している。
 仕上げにごま油がないとか、どうしよ。

 時計を見ると、19時半を回っていた。
 昨晩の夜更かしのせいで夕方転た寝してしまい、夕飯に取り掛かるのが遅くなってしまった。
 日が短くなり外はもう真っ暗だが、仕方がない。コンビニまで走るか。ごま油と生姜のチューブくらいなら売っているはず。

 河上さんから以前「夜に一人で銭湯に行かない方がいい」と言われてからは、例の銭湯に夜 自転車で出掛けたことは一度もない。
 けれど会社の帰りはいつも普通に暗いわけだし、夜道が危険だからコンビニに行かないという選択肢はなかった。


 玄関を出ようとドアノブに手を掛けると、スマホが短く震えた。
 
「……」

 また着信。
 今度は非通知で、すぐに切れた。

 一瞬、頭を過る人がいる。
 …………いや、まさか、ね。

 不安は感じたものの、首を捻りながら外に出た。秋のはじまりなのに、生暖かい風が吹いている。

 河上さんに「警戒しろ」と言われたばかりだ。何かおかしいと少しでも感じたのなら、無理して買い物になど出なければよかったのに、仕上げのごま油という使命感に駆られ、コンビニへ向かった。




 もうすぐで、目的の場所に到着しようかという時、違和感を覚え後ろを振り返った。
 誰かに、見られているような気がする。

「……?」

 おかしい……誰もいない。

 再び首を捻りながら急いでコンビニの中に入り、動揺する心を落ち着けるように店内を一周する。
 生姜、ごま油、それから明日の朝食用の牛乳とヨーグルトをカゴに入れ、ガラス越しに店の外を見る。
 おかしな人の影は、見当たらない。
 気のせいだろうか。

 用もないのに雑誌コーナーの前に立ち生活雑誌を開くと、着信でスマホが震える。
 ビクリとしながら待ち受け画面を見ると、楠木君からの着信だった。ホッとして、店内の端の方に寄り画面をタップする。


☎︎

『──お疲れさまです。楠木です』
「楠木君! 良かったぁ……」
『え?』
「あ、ごめん。お疲れ様です、こんばんは」
『──今 大丈夫ですか? M社の式典会場におりまして終わるところなんですが、確認したいことがありまして────』

 何のことはない、仕事の電話だった。
 ですよね、楠木君は日曜の今日も仕事だ。

「無事に終わりそうですか?」
『はい、問題なく順調に』
「暗いから、気を付けて帰ってね、夜道は」
『え、夜道……わかりました。あれ? 七渚さん、今 外にいるんですか? 人の声が』
「うん、ちょっと。コンビニ」
『コンビニですか……。僕よりも七渚さんが気を付けて帰ってください』
「やだ、なんで? どうしてそういうこと言うの、やめてよ怖いじゃない」
『はぁ? 七渚さんコンビニで一体何をしているんですか』

 辺りを見回しても特に変わったことは無いというのに、かなり不安になっていたようで、楠木君に、夜道で人の視線を感じとても怖かったことを話してしまう。

「今はまだコンビニに居るんだけどね、ちょっと怖くて出るに出られなくて」
『見られてるって、誰に? 今そこ、どこのコンビニですか!?』
「だからK町の、家の近くのコンビニだよ。◯◯ビル付近の角の……」
『ああ、そこならわかりました。これから僕、迎えに行きましょうか?』
「いいよいいよ、歩いて十分くらいだもん。それにまだ仕事中でしょ?」
『でももうすぐ終わりますし。それならタクシーで帰ってください。嫌な予感がした時は警戒し過ぎるくらいでいいんです。何もなければそれでいいじゃないですか』
「うん」

 それは、最近河上さんからも言われたなと思いながら、ぼんやり外の夜景を眺める。

「楠木君ありがとう。話してたら落ち着いてきた。やっぱり気のせいかもしれない」
『気のせいって──』
「もう少し店にいて、大丈夫そうならダッシュで帰るよ。わざわざ来なくていいからね?」
『……いや、待ってください。やっぱり今すぐ行きますから』
「大丈夫って。後ろ見ながら帰るから。家に着いたら連絡しまーす」

 いつだったかの強盗殺人犯逃亡の件を思い出し、それもまた恐怖心を煽るが、でもあれも、捕まったしね。 

 コンビニの中でしばらく時間を潰しても、特に変わったことは無く、怪しい人物も見当たらず、今急いで帰れば大丈夫そうだと判断してコンビニを出た。
 歩くのではなく走った。
 ほとんど止まることなく走った。
 そしてそのまま、何事もなくマンションの前に到着する。

 はーー、着いた、全然大丈夫だった……。
 なんだよもう、ビビりすぎ! 
 怖いドラマとか映画の観すぎ!

 やはり思い過ごしだったとホッとした瞬間、羽織っていたパーカーのポケットの中でぶるぶると振動を感じる。

「まただ……」

 例の、知らない番号からの、着信。
 今朝確認したのと同じ、全く身に覚えのない番号だ。

 早く部屋の中に入った方が良いような気がして、咄嗟に身体が動いた。得体のしれない恐怖を感じながら、エレベーターのボタンを連打し、飛び乗る。
 けれどエレベーターが上へ向かっている間もずっと、着信は止まない。

「……」

 誰からの電話よ。 
 出なくてもスッキリしない。

 それならいっそ出て、誰からなのかわかった方がいいかもしれない。別の、大事な電話かもしれないし……。


 半分はもしかして・・・・・と疑いながらも、深呼吸して、画面の通話ボタンに触れる。
 もし南澤さんやその関係者だったとして、怖くなったら切ればいいんだ。
 電話なんだし。

 河上さんからの、「自分一人で解決しようとしないで」という言葉は、頭の中から消え去っていた。


『……あ、やっと出た』
「……」
『沢北さん?』
「南澤さん……」

 やはりそうかと、心の中で溜息が漏れた。エレベーターがいつもの階で止まり、自室へと急ぐ。

 最初にお互いの連絡先を交換しているために、当然向こうは私の番号を知っている。
 私は後々恨まれる事の方が怖くて、南澤さんの番号はブロックしていなかったのだが、なぜわざわざ別の番号から掛けてきたの?

『いろいろあって携帯の番号変えたのですが、沢北さんにはお知らせしておこうかと思いまして』

「……」

 よく平然としてこんなことを、何ごともなかったかの様に……。どういうつもり?

〝普通じゃない、執着心の強い男〟
 河上さんの言う通り、行動と言動がちぐはぐで、考えを読めない。それが一番怖い。

 会社へのクレーム、私への嫌がらせは、
 あなたでしょう?

 気軽に名前を呼ばないで欲しい。だけど今、彼を逆撫でしてはいけない気がする。


「どういった御用件でしょうか」

『ええ? 沢北さんまでそんな事を言うの? 寂しいなぁ』

 沢北さん、まで・・

『だからこの間言ったじゃないですか。僕はまた、あなたと仲良くしたいと思っているんですよ』
「なんでですか? だって南澤さんは私を、無愛想で可愛げがない、話していてもつまらないって言いました。私は傷付きましたし、あなたとお会いする気はありません」
『それは悪かったって言ってるでしょ?』
「そう言われて、はいそうですかと言えるほどお人好しではありません」

 なぜそこまで私に執着するのか理由を知りたい気持ちと、恐ろしいと思う気持ちが両方ある。目的は何なのか。ところが、

『恋人がいるとか嘘を吐いてまで、僕を避けたいわけですか』

「え?」

 断る口実だった〝恋人〟の件を、突然持ち出される。けれど当然のように、それが事実ではないとわかっていて、

『どうせ一ミリも付き合ってなどいないくせに、あんな猿芝居。お見通しですよ全部』

「は?」

 猿芝居と言われ、頭にカッと血が上る。
 河上さんの優しさまで踏みにじられた気がして、怒りが湧いてくる。

「そんなのあなたに関係ありません。交際の事実がどうであれ、南澤さんと会うつもりはありません、この電話で最後に………………え?」


 なにかおかしいと、そこで、ようやく気付く。


 スマホから聞こえる声以外に、別の場所から南澤さんの声が聞こえるという事に。




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