【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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4.忍び寄る

忍び寄る⑧

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 部屋の前に到着し、鍵を差し込むところだった。

 顔を上げ、死角になっている廊下の端の方を見た。数メートル離れた場所にある光景に、血の気が引く。


「おかえり。遅かったね」

「…………ど」


 どうしてここに?

 私の家の場所なんて知らないはず────。


 ああそっか、サイバーストーカーだから、わかるのか、個人情報なんてすぐに。


 急いでドアを開けて、部屋の中に入ろうとしたけれど遅かった。ドアノブに手を掛けた南澤さんが、部屋の扉を力でこじ開ける。

「……なっ! み、南澤さんっ!」

「沢北さんともう一度話がしたかったんだけど、電話しても出てくれないから」

「ちょ、っと……」

 心臓が、ばくばくいっている。
 掌には、嫌な汗が。

 忘れていた、この人とても せっかちな人だった。会うまで、話すまで、逃さない。

 まともに相手をしてはダメだ。
 あれもこれも犯罪だが、言っちゃダメだ。
 怒らせてはダメだ。
 でも怖くて、身体が硬直して動かない。

「待ってください南澤さん、こんな暗い所でお話しするのはアレなので、とりあえず外に移動しましょうよ」

「ええ? わざわざ? ここ沢北さんの部屋でしょう? 中に入れてくださいよ、ずっと待ってたんだから」

「……いやあの、部屋が汚くて、無理です」

「気にしませんが」

 不躾にも、玄関から中を覗こうとする。


 わかんない、わかんないよ、怖過ぎだよ。
 これ現実? もしかしたら悪夢かもな。

 帰ってくださいと言えばいい?
 今から人が来るとか言えばいい?
 大声を出したらどうなる?
 どうやれば時間稼ぎができる?
 ここを乗り切れる?

 頭が働かない、判断力が0に近い。

 ドアの内側に追い詰められ、気付くとこれ壁ドン? ドアドン? ひいぃとなっている最中に、またスマホが震える。この動きは、職場のバイブパターン、多分楠木君だ!

「電話なので、ちょっといいですか」
「誰から?」
「え、会社の後輩だと思います。仕事の件で急ぎかもしれない」
「ああ後輩ってあれね、楠木産業の御曹司」
「な……」

 どうして、そんな事まで知って……。

「調べればなんでもわかりますよ」

 得意気に微笑むが、それ犯罪だからね?

 震える手で画面に触れてしまい操作ミス、着信は切れてしまった。

 さっきの楠木君との通話を切ってから、どれくらいの時間が経つ? 
 来なくていいとか、言わなければ良かった。
 誰か、ここの住人に見つけてもらう為にも、時間を引き延ばすしかない。


「──私は、わかりません。全然わかりません。南澤さんが、私相手に何をしたいのか。私のことなんて好きでもなんでもないのに、どうしてですか? なぜこんな事を?」

「あなたのことは気に入ってますよ」

「ウソだ、そんな訳ない」

「いろいろな人と話してみて、あなたが一番まともだったという事に気付いただけです」

「まともだった、って」

 南澤さんが落ち着いた様子で、最近自分の身に起きた出来事を語り始める。


「この数か月、いろいろな人と出会う機会があったんですよ。でもどいつもこいつも最後には勝手なことを……結婚を意識する年代の女性って必ず裏があって、打算でしかものを考えません。条件で男を選別して、最初は感じ良く微笑んでいるんですよ、でもそのうち本性が出てきて、人の性格や親を否定してきたり……。そう、結局、育ちや家柄の良いバックボーンのしっかりしている男、要するに実家が金持ちとかそういう男を選ぶんですよ。僕とそいつを天秤に掛けて、散々好き勝手なことを言って去っていった人もいます」

 あまりにも偏見まみれの物言いに、言葉を失う。どいつもこいつもって、女性をなんだと思って。
 この人のことだから、どこまでが事実かはわからないけれど、という男に意中の女性を取られでもしたのか、婚活が思うようにいかなくて焦っているのか。

 いずれにしても、なぜ私が恨まれるの?
 自分から去っていった、その女性を恨むのならわかるが、おかしいでしょ。
 ところが、彼の偏見語りはさらに続く。


「僕ね、御曹司を気取っている奴が大嫌いなんですよ。ムカつくんです、大した努力もしないでへらへら生きて、結局最後は自分の親が経営する会社に、いい条件で収まって、またのうのうと歳を重ねていくでしょう? こっちはずっと努力してきてさらに耐えて上に行こうと必死なのに。真面目な人間が一番馬鹿を見る。当然結婚相手もすぐに見つかるでしょうね、本人に魅力などなくとも、いいところの奥様になりたい女性は沢山いますから」

「……」

 ただただ唖然とする。誰に対する怒りなのか。でも、相当凝り固まって生きているのだけはわかる。


「……あの、なにかあったんですか? 仕事とか婚活関連で」

「まあ、いろいろありますよ、生きていればそりゃね、沢北さんもそうでしょう?」

「…………ありますね」

 今のこの状況が、過去一で最悪なんだが。

「僕の家は、物心つく前に両親が離婚して、父がいなくてシングルマザーなんですよ。今時めずらしくもないですが。それで、母を安心させたくて、結婚して家庭を持ちたいと思って」

 その気持ちは、私も十分理解できる。
 でも南澤さん、こんな時間に女性宅に押し掛けて、異常だから。女性と向き合う前に、人として改善しないと絶対に無理だから。


「沢北さんもお父さんとお二人でしょう?」

「……え?」

「僕たちはいろいろな部分が似通っているなって、後から気付いて。なのによりによってあんな、〝全てを持っている金持ちの男〟に守られて嬉しそうに。虫唾が走りました」

「どういう意味ですか?」

 意味がわからない。話の内容も南澤さんの思考回路も、理解しようとしても無理だ。
 さっきまで怖くてたまらなかった気持ちは薄まって、掌はさらさらに乾いていた。

 この人も人の子。
 何か大事にしたい思いがあるのだと思う。
 でもだからといって、人を傷つけたり犯罪に手を染めていい理由にはならないからね? それは、違うよね?


「南澤さん、もう遅いです。私とあなたはもう無理です。私の知らないところで私のことを調べて、そんな人と信頼関係は築けません。〝うちは父一人娘一人なんです〟〝そうですか〟って、お互いに信用して話をして、相手に伝えるものです。調べればわかるとか得意気に言われても不愉快です」

 南澤さんは不快な笑みを浮かべながら、目の前で深い溜息を吐いた。

「ああそう、あなたも肩書き重視ですか? 御曹司が好きですか?」

「だからそれ何なんですか? 肩書きを一番意識しているのは、あなたじゃないですか。お金持ちだからって、誰もが皆ふんぞり返ってらくしているわけではないと思います。私が知っているお金持ちは、余裕があって大らかで温厚ですし、それにたとえ大企業のご子息だって、出来ないながら必死に努力をして、毎日一生懸命働いています」

「出来損ないの楠木の御曹司のことですか」

「…………馬鹿にしないでください」


 なんかもう、悔しくて泣きそうになった。
 楠木君のことを、よくもそんな風に。

 何も伝わらない。
 同じ言語なのに、通じない人間っている。

 結局のところ、根の深い逆恨みのようで、この性格だもの、まともな女性には相手にされないか、うまくいきかけてもダメになるのだろう。
 何があったのかは知らないが、知りたくもない。そして異常なほどの、御曹司・金持ちコンプレックスのようなものでおかしくなっている。


 多分私はたまたま居合わせてしまったのだと思う。心がむしゃくしゃしていた場面に。
 自分と育ちが似ていて不器用で、人付き合いが下手で静かで大人しい、自分に逆らわない融通のきく気弱な人物として。
 それなのに私の周りに、河上さんや楠木君という自分とかけ離れた人達が現れたものだから、余計に火をつけてしまったのかもしれない。この想像は、多分大体合っている。


「帰ってください、もうどうか私に構わないでください。あなたの言う通り、私はつまらない人間ですし、こんなことしても何の意味もない」
「──黙れよ」
「え?」
「どうせおまえも、あの男がいいんだろ」
「……あの、男」
「まあ、相手にされるわけないけどな!」
「……」

 あの男あの男って、河上さんの何がそんなに気に食わないのか。そりゃあ比べ物にならないくらい人望があるだろうし、誰彼構わずモテて、結婚相手にも困らないだろうが。


「南澤さん、河上かわかみさんのことを知っているんですか?」

「ふーん、カワカミ・・・・、ねぇ……」


 南澤さんの、目の色が変わる。

 ────あ、まずい。

 まともに反論してはならないとわかっていたのに、私また、間違えてしまった。
 腹が立って、つい熱くなって。


 今、家の中に連れ込まれて、鍵を掛けられでもしたら、私の身に起こることは容易に想像できる。
 南澤さんが一瞬どこかを見た隙に、部屋に入り鍵を掛けようとしたけれど、間に合わなかった。


 乱暴な手で、グイッと捕まえられる。
 着ていたシャツを力任せに引っ張られ、シャツのボタンが、ぶちんと弾けた。
 目の前をスローモーションのようにボタンが飛び、無惨にもシャツの破れる音が聞こえた。

 下着とキャミソールにシャツを羽織っただけのラフな格好だったから、どんな状態になっているのか怖くて想像したくはないが、逃げなくちゃ、どこかに。


 ところが私とそれほど身長差はないというのに、力だけは男性のもので敵わない。
 内側の玄関ドアの扉に後頭部を打ち付けられ、ずるずるドア伝いに、尻もちをつきそうになる。身体のどこかにドアノブにガツンとぶつかり、痛みで一瞬動けない──。


「痛った……」

「俺に説教をするな、どいつもこいつも」


 それ、誰かと間違えてるよ、私じゃない。


 痛いしムカつくし涙出そう。

 止めてくださいとか絶対に言うもんか。
 下手になど出るもんか。
 じたばたと暴れながら、男を睨む。


 なぜか浮かんだのは、河上さんの顔。

 これは、間違いなく怒られるな。
 いや、もう、怒ってくれないかも。

 ちゃんと、言うことを聞けば良かったよ。


「こんな事して、河上さんが黙ってません」

「貴女も騙されて可哀そうに、滑稽な人だ」


 淫らにはだけた肩を押さえ付けられ、息がかかるくらい近い距離、耳元で囁かれる。


「カジョウの御曹司が、お前を本気で相手にするわけないだろ」



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