【完結】恋する凡人

中谷ととこ

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5.優しい夜

優しい夜④

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「美味しいですとても、中華丼」
「それは、良かったです」

 今日という一日の終わりに、河上さんと向かい合って、お夜食のような夕飯を食べている。あと三十分程で、日付が変わる。

 余ったら翌日食べるつもりで作った、一人分にしては多すぎる量のおかずは、盛り付けてみると二人分でちょうどいい量になった。まるで今を予測していたかのように。

 中華丼とシーザーサラダと味噌汁、完全なる白菜かぶり。炊き立てのご飯をすぐに混ぜなかったせいで、ベチャッとしてしまったのが悔やまれる。

「本格的じゃないですか、海老も入ってる。このサラダも味噌汁も美味い」
「……海老は好物なので、冷凍庫に常備しています。サラダは、レタスが今とてもお高いので、白菜で代用することもあります」
「白菜は鍋に使うばかりだからなるほどなあ。あ、生姜がきいてる」
「その生姜のために危険な目に遭いました」

 野菜がどうとか、何の話をしているのか。今何時よ、何だろうこれは。この状況が呑み込めなくて、夢か現実か錯覚を起こしそう。
 こんな時間に私が誰かと、しかも河上さんと一緒にいるなんて。どうしてこうなった?


「毎日自炊しているんですか? 丁寧に料理してるのがわかりますよ」
「いえ、休日は作りますが仕事の日は全然。パスタとかうどんとか炒飯とか、適当です」
「十分作ってるじゃない。まあ、そんな感じはしますけど、沢北さんは、きちんと生活しているだろうなって」
「……」

 全然、きちんとなんてしてないし。
 今日も一日、本読んだりだらだらしていたら、いつの間にか寝落ちして暗くなっていただけだし。挙げ句にこんな、迷惑を掛けて。
 自分の作った料理を、父以外の人に食べてもらうのは初めてですなんて、言えない。


 河上さんは誰かの自宅でこんな風に一緒に食事をとるなんて、日常的にありふれた事かもしれませんが、はじめてなんですよ私は。27年間生きてきてはじめて、人生においてはじめての! お赤飯炊くなり、東の空見てあっはっは笑ってもいいような出来事なんです。……言わないけど。


 褒め上手の男が、〝野菜の扱いが上手〟と、さらに誉め言葉を盛るので、
 つい、父の野菜の話をしてしまう。

「──父が、私の地元で農産物に関わる仕事をしているんです。それでよく、どさっと送ってきて、旬の野菜をいろいろ。だから、野菜料理は作り慣れてるかもしれません」
「ああ、兄弟でもあり友達でもある仲良しの、無骨ながらのいいお父さん?」
「え、なんですかそれ……」
「そんな不審な目で見ないでくださいよ、沢北さんが自分で言ってたからね?」
「お、覚えてない……酔った時にですか?」
「そうそう、酔った時に」
「やだもう、ほんとにすみません。どうして私、自分はお酒に強いなどと思い込んでいたんだろう、もう絶対飲まないようにしますから。とんだ失態を……」
「ええ? 全然大丈夫だからまた飲みましょうよ。面白い話を沢山してくれて、けたけた笑って、かなり可愛かったですよ。多分沢北さんが人に気を許すとこんな感じになるんだろうって、意外でした。三年間一緒に働いてきたけど、知らない事ばかりだったな」
「……」

 たしかに、お互いに知らない事ばかりだ。でも知らなくていい事だったじゃない。

 可愛いとか、真顔でよく言える。

 そんなの言われたことないからね? 私のはじめてを、サクサク奪わないで欲しい。

「ダメだこりゃ」
「は? ダメだ?」

 もう何でもいいからさっさと食べて寝てしまおうと、箸を口に運ぶスピードを早めた。


 食べながらなんとなく気になって、テーブルの上に置いてある自分のスマホを表に返した。通知は何もない。

 もう家に着いたかな、楠木君。
 さすがに、無事着いたとは連絡来ないか。
 お腹も空いていただろうし、ここで食べないにしても、おかずを少しタッパーに入れて、渡せば良かったかも。


「ちょうど着いた頃じゃない? 連絡なんて来ないよ」
「……」 

 エスパーか。頭の中まで読まれている。

「遅くまで付き合わせたのに、お茶の一つも出さないで、悪かったなと思って。ちゃんと着いたかな」
「着いたでしょ、多分」
「……ですね」

 逆に私が出してもらった白湯を思い出し、ふふふとなりながら、中華丼の最後の一口を口に入れる。


「──七渚ちゃん」

「!!」

 口いっぱいに詰め込んだ米粒を、噴き出しそうになった。

「な、なんですか急に!?」

「いや、試しにちょっと。楠木君もそう呼んでるじゃない」

「試しで呼ぶのやめてください。楠木君にも呼ばないでってずっと言ってるのにやめないから、いつの間にか定着しちゃって」

「それにしても、短期間でよくここまで仲良くなったよね。彼が誰かを部屋に招くなんて聞いたことないし、沢北さんの方も、かなり心を開いているように見えますが」

「仲が良いというのかどうか……。お互いに温度が近いような感じはしますね」

「へえ」

 はじまりと思われるパン屋での出来事を、少し説明する。手塚治虫氏を敬愛している事や、スピッツが好きで私の名前を気に入ったらしい事、等々。


「楠木君ってなんていうか、こんなことを言ったら烏滸がましいんですけれど……」

「うん?」

「息子みたいで」

 河上さんが、ぶはッと盛大に吹き出した。

「……だめか。さすがに失礼過ぎますね」

「息子って、だって年齢そんなに変わらないでしょ? 手のかかる弟、ぐらいならわかるけど」

「あ、そっちの方が感じがいいですね。でも最初の出会いの時がいろいろ衝撃的過ぎて、子を心配する母ってこんな気持ちかなって、一度想像したらそう思えてきちゃって」

「はは、わかる気はします。彼 憎めないし、放って置けないというか、何となく可愛げがあるから」

 出たよ、可愛げ。
 そっかそっか、楠木君を可愛いと言うのと同じ理屈で私にも言うのね、はいはい。

「楠木君が私に思うのはおそらく、刷り込みの現象じゃないかと。生まれてすぐに目の前にいた物体を親と思い込んで、愛着を持ってしまった、という」

「そうかなあ……彼だって25年間生きてきて、いろんな人と出会う機会はあっただろうし」

「あ、それもやっぱり図々しいですね。助けてもらった分際で、すみません。今日なんてとても落ち着いていて、動きが機敏で強くて、頼もしく思いました」

「めっちゃ褒めるじゃない。うちの息子も、こんなに立派になったわ、って?」

「やめてください、それもうやめます。楠木君には言わないでくださいね?」


 河上さんは、美味しかったです、ごちそう様でしたと言って箸を置き、食器を重ね、テーブルの上を片付け始めた。


「彼はああ見えて、結構苦労しているんじゃないかな」

「苦労……、そうですか」

「うん、多分ね。優秀な兄がいて、彼自身もなんでもできるのが当たり前で、期待されて。気の合う友人もいたかもしれないけど、彼の背景に擦り寄ってくる人間は少なくないだろうし、用心深いと思います」

「なるほど、そういう事情もあるのか。庶民にはわからない悩みです」

「まあ、いずれにしてもちょっとめずらしいかもしれない、沢北さんみたいなタイプは」

「へえ……」

 私は特に何もしていないけどなあ……。

 それはそうと、

「先ほどから気になっているのですが、河上さんと楠木君てもしかして、以前からの知り合いだったりします?」

「なんで?」

「なんでって、だって、お二人の会話の中にちょいちょい出てますから。家に人を入れるのがダメとか、心許すのはめずらしいとか。昔からの楠木君をよく知っている感じがして……。ほら、鉄平って呼んでいたし」

「……まあ、少しだけ。知らなくはないかな」

「やっぱりそうですか。なんだ、それならそうと言ってくれればいいのに。どういう知り合いかなんて詮索しませんから。じゃあ、教育係は私でない方が良かったんじゃ──」

 ピピッと時計の音が鳴り、日付が変わる。

 二人とも食事を終え、テーブルの上は綺麗に片付けられていた。もう、寝なくては。


「── 一時期、一緒に空手をやっていて」

「ああ、そういう繋がりでしたか。楠木君、型では黒帯って言ってました。護身術はお兄さんから叩き込まれたって」

「……そんな話までしてるんだ。まあ僕も、似たようなものです。身体の急所とか襲ってきた相手を振り払う方法とか、効果的な打撃のやり方なんかはわかるかな。だからいざとなったら相手を取り押さえるくらいは」

「……え、取り押さえる」

 ちょうど向き合っていたので、つい何の気無しに、見様見真似の、楠木君がやっていたような構えのポーズを取った。

「おお、そうきたか。まさか、沢北さんには何もしませんよ。あーでもそっか、二人しかいない密室でそんな話されたら怖いよね、しかも今日の今日で。ごめん」

「あ、いえ全然……、怖くありません、ついふざけて。河上さんが私の怖がるような事をするとは、一ミリも思ってませんから」

「……それは勿論。沢北さんが嫌がるようなことは一切しないから、安心してください。指一本触れる気ないから」

「……はい、わかってます」

 言われなくても、知っています。


〝沢北さん、これからお風呂に入るでしょ? 寝る準備が整うまで僕はベランダにいるから、寝る時は声を掛けて〟そう言って、止める間もなくベランダへ出てしまった。





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