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第三章
第十一話 エアービッグウェーブに呑まれて
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昼下がりの瀬田家敷地内にある元母屋。
今では主に息子が暮らす離れとなっている。
中身は……。
一階が小さな作業場と化している。
二階は趣味と眠りの場。
上がらなければ家だとは思えない。
言い換えると、二階を見れば家としか思えない。
そんな多駆郎の家では、助手との話し声が飛び回っていた。
「いっそ気分転換した方が良いのでは?」
早朝からお邪魔している浜砂。
朝食後から昼食を挟み、午後のブレイクタイム。
ずっと新製品や新技術、その他諸々の話をして今に至る。
「どこかに出かけましょうよ」
「普段外出しないからどこへ行くかなんて思いつかない」
「夏だし、海は?」
片手を振りながら答える多駆郎。
「嫌だ。そもそも日差しが苦手」
「山は?」
「この辺りは山だらけでしょ。いつも見ているから尚更無い」
「ああいう山じゃなくて。もっと標高が高くて景色がいいとか、高原だとか。涼しい渓谷なんかはいいんじゃない?」
「うーん」
どう誘っても乗ってこない。
レベルの違いを感じる缶に入った茶葉からいれられた紅茶を一口。
綺麗に手入れされた爪がわずかに入り込んだ日差しで光る。
背伸び感など微塵もなく、女性らしさを醸し出している浜砂。
そんな彼女とは対照的な別世界線を歩く多駆郎に苦戦していた。
「エアコンの方が涼しいよ」
「外に出る魅力を感じないのね、はぁ……」
「ごめんなさい」
思わずため息を出した浜砂を見て謝った。
「……天体観測なら好きだけど」
曇りから晴れに変わった表情をして浜砂は多駆郎に目線を合わせた。
「そういえばアンテナがそれ用でしたね! 星はあまり知らないから興味があります」
表情が明るくなったことに、多駆郎は安堵したようだ。
逆に彼の表情が若干曇る。
「でも、幼馴染と内緒にしていることだし……」
「話を出しておいておあずけは酷い! 私ともしましょうよ」
頭をかきながら苦笑いをする多駆郎。
「それはできない」
「夜空を見るだけでしょ? 見ながら色々教えてよ」
「……いや、やっぱりできない」
「あのー、その子と付き合っているんでしょ?」
少し怒り気味に問いだす浜砂。
目つきも鋭くなっている。
「そういうのじゃないですって」
「なら別に問題無いじゃない。できない理由が見当たらないわ」
まだ頭をかき続けている多駆郎。
答えに困っているようだ。
「仕事の話をするより説明するのが難しいな、これ」
「何で? ちっとも分からないわ。少しぐらい私と何かしてくれてもいいでしょ?」
少々力の入った物言いに驚いたのだろうか。
少しのけ反るような動きを見せて眠たげな目を見開いた。
「どうしてそんなにオレなんかと何かをしたがるんです? 仕事で十分でしょう」
紅茶を飲み干してカップを置く。
置かれたカップに合わせるように首をうな垂れる。
一息ついてから多駆郎を見直した。
「気になっちゃったのよ、あなたの事。何でもいいから知りたい」
飲み切っていないカップをゆっくりとソーサーに置く。
多駆郎はさらなる驚きを足した表情をして答える。
「それって……あの。いや、オレそういうの経験無くて、分からないんだけど」
「じゃあ今分かればいいじゃない。目の前の女があなたの事が気になっていると言っているのよ。ここまで言わせたんだから、もう嫌とは言わせないわよ」
完全に空気は浜砂の味方に付いた。
多駆郎は、ただただ勢いにのまれてゆくしかできない。
浜砂の優位で話は進む。
「私じゃ魅力無い?」
「えっと、その、突然そこまでの感情を持たれた理由に検討が付かなくて」
「それは私だって同じ。人の気持ちよ? いつどう思うかなんて分からないわ」
初めて見る浜砂の真剣な目。
否。
仕事で見せる目はもちろん真剣だ。
それとは違う、私情からの本気。
それは多駆郎でも感じたようだ。
「……オレの事をそんな風に思ってくれるのは嬉しいです。初めて言われたし。初めてなのを盾にするのは良くないかもしれないけど、今はどう答えていいのかわからない」
その言葉を聞いてゆっくりと落ち着きを取り戻す浜砂。
今度は笑みを浮かべ始めた。
「ふふふ……ごめんなさい。なんだか伝えなきゃいけない気がしてしまって。驚かせてしまったわ」
「気を悪くしないで欲しい、です」
「そんな言い方しないでよ。何も悪い気はしていないし、逆よ。私の方こそ変に思わないで欲しい。ただ、気持ちは本当だから、ゆっくり気にしてみて。ゆっくりでいいから」
「はあ……」
多駆郎は浜砂が訪れるようになってから、驚きと新鮮さを感じることが多くなった。
それは決して嫌なものではなく。
寧ろ経験したことのない刺激。
好奇心旺盛な多駆郎の性格には魅力的に見えているかもしれない。
それを伺わせるように、自然な笑顔を浜砂に見せていた。
今では主に息子が暮らす離れとなっている。
中身は……。
一階が小さな作業場と化している。
二階は趣味と眠りの場。
上がらなければ家だとは思えない。
言い換えると、二階を見れば家としか思えない。
そんな多駆郎の家では、助手との話し声が飛び回っていた。
「いっそ気分転換した方が良いのでは?」
早朝からお邪魔している浜砂。
朝食後から昼食を挟み、午後のブレイクタイム。
ずっと新製品や新技術、その他諸々の話をして今に至る。
「どこかに出かけましょうよ」
「普段外出しないからどこへ行くかなんて思いつかない」
「夏だし、海は?」
片手を振りながら答える多駆郎。
「嫌だ。そもそも日差しが苦手」
「山は?」
「この辺りは山だらけでしょ。いつも見ているから尚更無い」
「ああいう山じゃなくて。もっと標高が高くて景色がいいとか、高原だとか。涼しい渓谷なんかはいいんじゃない?」
「うーん」
どう誘っても乗ってこない。
レベルの違いを感じる缶に入った茶葉からいれられた紅茶を一口。
綺麗に手入れされた爪がわずかに入り込んだ日差しで光る。
背伸び感など微塵もなく、女性らしさを醸し出している浜砂。
そんな彼女とは対照的な別世界線を歩く多駆郎に苦戦していた。
「エアコンの方が涼しいよ」
「外に出る魅力を感じないのね、はぁ……」
「ごめんなさい」
思わずため息を出した浜砂を見て謝った。
「……天体観測なら好きだけど」
曇りから晴れに変わった表情をして浜砂は多駆郎に目線を合わせた。
「そういえばアンテナがそれ用でしたね! 星はあまり知らないから興味があります」
表情が明るくなったことに、多駆郎は安堵したようだ。
逆に彼の表情が若干曇る。
「でも、幼馴染と内緒にしていることだし……」
「話を出しておいておあずけは酷い! 私ともしましょうよ」
頭をかきながら苦笑いをする多駆郎。
「それはできない」
「夜空を見るだけでしょ? 見ながら色々教えてよ」
「……いや、やっぱりできない」
「あのー、その子と付き合っているんでしょ?」
少し怒り気味に問いだす浜砂。
目つきも鋭くなっている。
「そういうのじゃないですって」
「なら別に問題無いじゃない。できない理由が見当たらないわ」
まだ頭をかき続けている多駆郎。
答えに困っているようだ。
「仕事の話をするより説明するのが難しいな、これ」
「何で? ちっとも分からないわ。少しぐらい私と何かしてくれてもいいでしょ?」
少々力の入った物言いに驚いたのだろうか。
少しのけ反るような動きを見せて眠たげな目を見開いた。
「どうしてそんなにオレなんかと何かをしたがるんです? 仕事で十分でしょう」
紅茶を飲み干してカップを置く。
置かれたカップに合わせるように首をうな垂れる。
一息ついてから多駆郎を見直した。
「気になっちゃったのよ、あなたの事。何でもいいから知りたい」
飲み切っていないカップをゆっくりとソーサーに置く。
多駆郎はさらなる驚きを足した表情をして答える。
「それって……あの。いや、オレそういうの経験無くて、分からないんだけど」
「じゃあ今分かればいいじゃない。目の前の女があなたの事が気になっていると言っているのよ。ここまで言わせたんだから、もう嫌とは言わせないわよ」
完全に空気は浜砂の味方に付いた。
多駆郎は、ただただ勢いにのまれてゆくしかできない。
浜砂の優位で話は進む。
「私じゃ魅力無い?」
「えっと、その、突然そこまでの感情を持たれた理由に検討が付かなくて」
「それは私だって同じ。人の気持ちよ? いつどう思うかなんて分からないわ」
初めて見る浜砂の真剣な目。
否。
仕事で見せる目はもちろん真剣だ。
それとは違う、私情からの本気。
それは多駆郎でも感じたようだ。
「……オレの事をそんな風に思ってくれるのは嬉しいです。初めて言われたし。初めてなのを盾にするのは良くないかもしれないけど、今はどう答えていいのかわからない」
その言葉を聞いてゆっくりと落ち着きを取り戻す浜砂。
今度は笑みを浮かべ始めた。
「ふふふ……ごめんなさい。なんだか伝えなきゃいけない気がしてしまって。驚かせてしまったわ」
「気を悪くしないで欲しい、です」
「そんな言い方しないでよ。何も悪い気はしていないし、逆よ。私の方こそ変に思わないで欲しい。ただ、気持ちは本当だから、ゆっくり気にしてみて。ゆっくりでいいから」
「はあ……」
多駆郎は浜砂が訪れるようになってから、驚きと新鮮さを感じることが多くなった。
それは決して嫌なものではなく。
寧ろ経験したことのない刺激。
好奇心旺盛な多駆郎の性格には魅力的に見えているかもしれない。
それを伺わせるように、自然な笑顔を浜砂に見せていた。
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