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第三章 平和のための戦い
第二十八話 鈍い剣聖の止まらぬやらかし
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Szene-01 レアルプドルフ、ダン家
町長から、内政については全て引き受けると言われたダンは、カシカルドの女王ローデリカに謁見するための準備をしていた。
「ダン様、体を洗っておきたいのですがよろしいですか?」
ダンに同行するヘルマも準備を進めているが、女性らしく身綺麗にすることは欠かさない。
「そうだな、向こうに着くまでは洗えないだろうから美人を磨いておいで」
水場へ向かおうとしたヘルマが立ち止まり、少し驚いた表情でダンを見た。
「ダン……様?」
「ん? どうした」
「今、なんと?」
「――何か変なことを言ったか?」
ヘルマは振り返ってダンに聞き直した。
「いえ、もう一度聞きたくて」
「もう一度? 体を洗っておいでと」
「向こうに着くまでは洗えないだろうから――の次におっしゃったことです」
「――ふむ、美人を磨いておいでと言った。まずかったか?」
「ありがとうございます。それではしっかり磨いてきますね!」
ヘルマは、主人の口から聞きたい言葉を引き出せた嬉しさを隠さず、満面の笑みを見せてからダンの部屋を出た。
「なんだよ、落ち込んだりご機嫌だったり、忙しいやつだな」
ダンは肩をすくめて首を振った。
部屋の外では、足取りの軽いヘルマとすれ違ったヨハナが声を掛けた。
「どうしたの? ご機嫌じゃないの」
「うん! ダン様に美人を磨いておいでって言われたの」
「あらあら」
ヨハナは、心の弾みが一目でわかるヘルマの背中を見送りながらつぶやく。
「たぶん、ダン様はわかって言っていないのでしょうね。おまけに嘘はつかない方だから、悩ましいわ」
つぶやくヨハナの後ろで、ダンが部屋の扉を開けて顔を出した。
「おお、ちょうどよかった。ヨハナ、今話せるか?」
「ダン様。私にご用ですか?」
「なんだよ、お前は機嫌が悪いのか?」
ヨハナは片手を振って否定する。
「いえいえ、私でいいのかなと思ったので」
「ん? ヨハナに頼みたいことだから、他の人じゃあ困るが」
「頼み……ですか。なんでしょう」
「いやな、カシカルドへはお前にも付いてきてもらいたいんだ」
人差し指を自分の顔に向けてヨハナは言う。
「私も行くのですか!? でも、家の留守番は……」
「それは武具屋か町長が見回りを出してくれるから安心しな。お前なら付いてきて欲しい理由はわかるだろ?」
ヨハナは両手を下ろして前で組み、少しうつむいてから改めてダンを見て言った。
「黙っていたのに……やはり行くのですか?」
「そりゃあ、まあ、相手がローデリカだからなあ。エールタインのお供って気でどうだ?」
「――エール様の。ああ、それなら気持ちの居所があってなんとかなりそうですけど、あの方に会えばその気持ちは崩されてしまいますね」
「会ってみないとなんとも。俺だって会うのをためらう面があるっちゃああるんだからよ」
ヨハナはクスッと笑ってから言う。
「そうですね。ダン様も複雑でしょうね――わかりました。ダン様が苦い思いをするのならお供します」
「おいおい。全然嬉しくないことを言うじゃねえか。エールタインたちとの旅を楽しむと思おうや」
ダンとヨハナは互いに同じ苦みを感じて、声を出して笑い合った。
Szene-02 レアルプドルフ、エールタイン家
「んー、ん、ん?」
「起きた?」
半分寝かけのエールタインは、ずっとティベルダを撫でている。
スヤスヤと眠るティベルダに癒されて、エールタインは眠気に負けそうになっていた。
「エール様、大丈夫ですか?」
「それはこっちが聞くことだよ。頭を支えるために大変だったんだから」
「ご、ごめんなさい! 私、エール様に迷惑をかけてばっかり」
エールタインは、ティベルダが起きないように頭撫でを続けながら言う。
「迷惑なら怒っているし、とっくに契約解除だよ。主人がこうして撫でているのはどうしてかな?」
「――エールさま、大好き。大好きなんです」
「それはさ、痛いほど伝わっているから。どうも安心はできないみたいだけど、ボクはティベルダだからそばにいてもらってるんだ。今回のことだってとっても嬉しかったよ。ただ、相手がダンってところで焦ったけどね」
エールタインは笑いながら驚いていた仕草をして見せる。
「まだ能力をうまく使えなくてごめんなさい。ダン様は大好きなのに、とんでもないことをするところでした」
「アムレットに助けてもらっちゃったね。あんな可愛い受け身は初めてだったけど」
エールタインはクスクスと笑うが、ティベルダはキョトンとしている。
「アムレットが止めたのですか?」
「そっか、覚えていないんだね。アムレットがさ、ボクの手を両手で受け止めたんだよ。力を抜くのが大変だった」
「エール様が普段の様子に変わったのを見て安心したところまでしか覚えていないんです。アムレットが止めてくれたんだ――えー、それってすごく可愛くないですか? 見たかったな」
「アムレットが止めるほどのことをしたのは、主人として失格だからね。ボクは反省しているんだ」
ティベルダが起き上がろうとしたため、エールタインは撫でを止めて半身を起こさせてあげた。エールタインは続けて言う。
「ティベルダ、能力のことはあんまり気にしなくていいよ。もう町の人にも知れ渡っているし、能力者として堂々としてな。何せボクの従者だ。ボクがティベルダの主人ってことが誇らしいんだから、気にしないように」
ティベルダはまだ拭いきれないものがありそうだが、主人からの言葉に救われているようで、一度だけコクリとうなずいた。
町長から、内政については全て引き受けると言われたダンは、カシカルドの女王ローデリカに謁見するための準備をしていた。
「ダン様、体を洗っておきたいのですがよろしいですか?」
ダンに同行するヘルマも準備を進めているが、女性らしく身綺麗にすることは欠かさない。
「そうだな、向こうに着くまでは洗えないだろうから美人を磨いておいで」
水場へ向かおうとしたヘルマが立ち止まり、少し驚いた表情でダンを見た。
「ダン……様?」
「ん? どうした」
「今、なんと?」
「――何か変なことを言ったか?」
ヘルマは振り返ってダンに聞き直した。
「いえ、もう一度聞きたくて」
「もう一度? 体を洗っておいでと」
「向こうに着くまでは洗えないだろうから――の次におっしゃったことです」
「――ふむ、美人を磨いておいでと言った。まずかったか?」
「ありがとうございます。それではしっかり磨いてきますね!」
ヘルマは、主人の口から聞きたい言葉を引き出せた嬉しさを隠さず、満面の笑みを見せてからダンの部屋を出た。
「なんだよ、落ち込んだりご機嫌だったり、忙しいやつだな」
ダンは肩をすくめて首を振った。
部屋の外では、足取りの軽いヘルマとすれ違ったヨハナが声を掛けた。
「どうしたの? ご機嫌じゃないの」
「うん! ダン様に美人を磨いておいでって言われたの」
「あらあら」
ヨハナは、心の弾みが一目でわかるヘルマの背中を見送りながらつぶやく。
「たぶん、ダン様はわかって言っていないのでしょうね。おまけに嘘はつかない方だから、悩ましいわ」
つぶやくヨハナの後ろで、ダンが部屋の扉を開けて顔を出した。
「おお、ちょうどよかった。ヨハナ、今話せるか?」
「ダン様。私にご用ですか?」
「なんだよ、お前は機嫌が悪いのか?」
ヨハナは片手を振って否定する。
「いえいえ、私でいいのかなと思ったので」
「ん? ヨハナに頼みたいことだから、他の人じゃあ困るが」
「頼み……ですか。なんでしょう」
「いやな、カシカルドへはお前にも付いてきてもらいたいんだ」
人差し指を自分の顔に向けてヨハナは言う。
「私も行くのですか!? でも、家の留守番は……」
「それは武具屋か町長が見回りを出してくれるから安心しな。お前なら付いてきて欲しい理由はわかるだろ?」
ヨハナは両手を下ろして前で組み、少しうつむいてから改めてダンを見て言った。
「黙っていたのに……やはり行くのですか?」
「そりゃあ、まあ、相手がローデリカだからなあ。エールタインのお供って気でどうだ?」
「――エール様の。ああ、それなら気持ちの居所があってなんとかなりそうですけど、あの方に会えばその気持ちは崩されてしまいますね」
「会ってみないとなんとも。俺だって会うのをためらう面があるっちゃああるんだからよ」
ヨハナはクスッと笑ってから言う。
「そうですね。ダン様も複雑でしょうね――わかりました。ダン様が苦い思いをするのならお供します」
「おいおい。全然嬉しくないことを言うじゃねえか。エールタインたちとの旅を楽しむと思おうや」
ダンとヨハナは互いに同じ苦みを感じて、声を出して笑い合った。
Szene-02 レアルプドルフ、エールタイン家
「んー、ん、ん?」
「起きた?」
半分寝かけのエールタインは、ずっとティベルダを撫でている。
スヤスヤと眠るティベルダに癒されて、エールタインは眠気に負けそうになっていた。
「エール様、大丈夫ですか?」
「それはこっちが聞くことだよ。頭を支えるために大変だったんだから」
「ご、ごめんなさい! 私、エール様に迷惑をかけてばっかり」
エールタインは、ティベルダが起きないように頭撫でを続けながら言う。
「迷惑なら怒っているし、とっくに契約解除だよ。主人がこうして撫でているのはどうしてかな?」
「――エールさま、大好き。大好きなんです」
「それはさ、痛いほど伝わっているから。どうも安心はできないみたいだけど、ボクはティベルダだからそばにいてもらってるんだ。今回のことだってとっても嬉しかったよ。ただ、相手がダンってところで焦ったけどね」
エールタインは笑いながら驚いていた仕草をして見せる。
「まだ能力をうまく使えなくてごめんなさい。ダン様は大好きなのに、とんでもないことをするところでした」
「アムレットに助けてもらっちゃったね。あんな可愛い受け身は初めてだったけど」
エールタインはクスクスと笑うが、ティベルダはキョトンとしている。
「アムレットが止めたのですか?」
「そっか、覚えていないんだね。アムレットがさ、ボクの手を両手で受け止めたんだよ。力を抜くのが大変だった」
「エール様が普段の様子に変わったのを見て安心したところまでしか覚えていないんです。アムレットが止めてくれたんだ――えー、それってすごく可愛くないですか? 見たかったな」
「アムレットが止めるほどのことをしたのは、主人として失格だからね。ボクは反省しているんだ」
ティベルダが起き上がろうとしたため、エールタインは撫でを止めて半身を起こさせてあげた。エールタインは続けて言う。
「ティベルダ、能力のことはあんまり気にしなくていいよ。もう町の人にも知れ渡っているし、能力者として堂々としてな。何せボクの従者だ。ボクがティベルダの主人ってことが誇らしいんだから、気にしないように」
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