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第四章 ボクたちの町
第三十五話 魔獣の気配
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Szene-01 スクリアニア公国、西側国境
レアルプドルフ部隊が後退をしたとの連絡を受けたスクリアニア公は、一人馬車の中でこみ上げる笑いに酔っていた。
「くっくっく、剣士の町が弓に頼るからそうなるのだ。面白いのは間違いないのだが、ここからがあいつらの面倒臭いところ。町が壊滅するまで戦う連中だ、後退は反撃をするために過ぎない」
スクリアニア公は踵で馬車の床を数回叩いて伝令を呼んだ。
「一度引いてからが厄介な連中だ。弓隊には休まず矢を射るように伝えよ。他の者は全て突撃するよう伝えろ。奴らに時間を与えないよう畳みかけるのだ」
伝令は見られていないことを承知で軽く会釈をし、防具の隙間に指を入れて汗を拭ってから前線へと走った。
Szene-02 レアルプドルフ、ウンゲホイアー川
レアルプドルフの東側にある森の中を縦断するウンゲホイアー川。ブーズ東地区の民が生活用水として使用している川水は、北部の山脈に眠る光石を撫でながら湧き出ている。
遥々と流れて来た水はレアルプドルフを抜けてさらに南下し、海へと放たれる。
ブーズ東地区出身者に能力を持った者が多く存在し、レアルプドルフの周辺に魔獣が多く生息するのは、ウンゲホイアー川の水が関係していると考えられている。
十年ほど前に起きたスクリアニア公国によるレアルプドルフへの襲撃は、レアルプドルフの剣士の健闘と魔獣の出現により失敗に終わった。
レアルプドルフの剣士は、階級によって決められた光石入りの証石を常に携行している。
魔獣は光石に敏感で、証石を携行している剣士に敵意を向けるのが常だった。
ところがヒルデガルドの能力によって魔獣が人と接点を持つようになり、レアルプドルフにおける魔獣との共存は変化を見せつつあった。
レアルプドルフの変化に気付いていないスクリアニア公国は損なことは露知らず、前回と同じく攻め込もうとしていた。
スクリアニア軍に手を貸しているヘルムート海賊の一行は、ウンゲホイアー川を北上して東西街道に掛かる橋を潜った。
川の西岸に数隻の小船を付けると、一味の一人はスクリアニア軍の弓兵が構える姿を見回しながら言った。
「相手が後退したってのに、あの腰の引きようは何なんすかね。勝てる雰囲気を出してくれねえと、俺らの士気が上がらねえ」
「ははは、お前士気なんてものがあったのかよ。俺らは金品が手に入りゃ何だっていいんだ、気張る必要なんてありゃしねえ」
「士気っつーか……そう、気持ちだよ気持ち! お宝が目の前にありゃ気分は最高に上がるだろ、そういうことだって。軍の助っ人とか言われるとよ、話し方も似せた方がいいかと思ってな」
「慣れねえことすんなよ。俺らはどこにも縛られねえんだから、いつも通りでいいのさ」
一味は指示が出るまでスクリアニア軍の動きを見つつ、雑談に花を咲かせていた。
満開になろうとしている雑談に、川を覗き込んでいた一味の一人が水を差す。
「なあ魔獣ってよお、魚もなのか?」
「あん?」
男の声が聞こえた仲間は一斉に川を覗き込んだため、小船は傾いた。
「待った待った! ちっちぇ船なことを忘れていたぜ。見るのは一人で十分だ」
海賊は普段、大船に乗っている。小船に長時間乗ることは稀なため、大船に乗っている時と同じ行動をしてしまい小船がひっくり返りそうな勢いで傾いた。慌てて立ち位置を変えて小船の態勢を戻す。
「目が光っていやがる。この川を上り始めた時から俺たちは命知らずなことをしていたってことか」
森の中から一味の動きを一部始終見ていた武具屋の束ね役が、驚いている一味に向かって声を掛けた。
「その通り、魚も魔獣ですぜ。魔魚とでも言った方がいいんすかね。陸の奴らよりは大人しいが、何をきっかけに牙を向けるかわかっちゃいねえ。まあ俺から言えるのは、大人しくしておいた方があんたらのためってことぐらいっすかね」
一味が一斉に束ね役へと目線を向けると、小船がゆらゆらと大袈裟に揺れた。
「あんた、剣士じゃなさそうだが何者だ」
「この森へ材料集めに来ただけの町民っすよ。矢が飛んで来るんで帰ろうと思ったんすけど、あんたらが矢を放たないんで誰なのかと思ってね。おまけにこの川で船を見ることは無いっすから。海賊なんでしょうが、戦に加わっていないことが不思議で声を掛けやした。スクリアニアと関係無いなら悪いことは言わねえ、帰った方がいい」
束ね役の腰には短剣があるものの武具が見当たらない姿を見て、ヘルムート海賊の一味は束ね役の言葉を信じた。
「あんたこそ早く帰った方がいい。俺らも魔獣がいるような場所に長居する気はねえから、すぐに帰るさ。教えてくれてありがとよ」
束ね役は軽く頷いてから踵を返し、森の中へと去った。
「あいつ、消した方がよかったんじゃねえか?」
「奴から手を出して来たならそうしたが……ありゃあ随分と場数を踏んでいる手練れだ。何もされなかったってことに意味があんだよ」
「はあ。ここにいることがヤベえってことはわかるが、まだ矢の一本も飛ばしていねえんだよな」
「矢を射る姿を兵士に見せるぐらいはしとかねえとな。報酬のためだ、やるぞ」
レアルプドルフ部隊が後退をしたとの連絡を受けたスクリアニア公は、一人馬車の中でこみ上げる笑いに酔っていた。
「くっくっく、剣士の町が弓に頼るからそうなるのだ。面白いのは間違いないのだが、ここからがあいつらの面倒臭いところ。町が壊滅するまで戦う連中だ、後退は反撃をするために過ぎない」
スクリアニア公は踵で馬車の床を数回叩いて伝令を呼んだ。
「一度引いてからが厄介な連中だ。弓隊には休まず矢を射るように伝えよ。他の者は全て突撃するよう伝えろ。奴らに時間を与えないよう畳みかけるのだ」
伝令は見られていないことを承知で軽く会釈をし、防具の隙間に指を入れて汗を拭ってから前線へと走った。
Szene-02 レアルプドルフ、ウンゲホイアー川
レアルプドルフの東側にある森の中を縦断するウンゲホイアー川。ブーズ東地区の民が生活用水として使用している川水は、北部の山脈に眠る光石を撫でながら湧き出ている。
遥々と流れて来た水はレアルプドルフを抜けてさらに南下し、海へと放たれる。
ブーズ東地区出身者に能力を持った者が多く存在し、レアルプドルフの周辺に魔獣が多く生息するのは、ウンゲホイアー川の水が関係していると考えられている。
十年ほど前に起きたスクリアニア公国によるレアルプドルフへの襲撃は、レアルプドルフの剣士の健闘と魔獣の出現により失敗に終わった。
レアルプドルフの剣士は、階級によって決められた光石入りの証石を常に携行している。
魔獣は光石に敏感で、証石を携行している剣士に敵意を向けるのが常だった。
ところがヒルデガルドの能力によって魔獣が人と接点を持つようになり、レアルプドルフにおける魔獣との共存は変化を見せつつあった。
レアルプドルフの変化に気付いていないスクリアニア公国は損なことは露知らず、前回と同じく攻め込もうとしていた。
スクリアニア軍に手を貸しているヘルムート海賊の一行は、ウンゲホイアー川を北上して東西街道に掛かる橋を潜った。
川の西岸に数隻の小船を付けると、一味の一人はスクリアニア軍の弓兵が構える姿を見回しながら言った。
「相手が後退したってのに、あの腰の引きようは何なんすかね。勝てる雰囲気を出してくれねえと、俺らの士気が上がらねえ」
「ははは、お前士気なんてものがあったのかよ。俺らは金品が手に入りゃ何だっていいんだ、気張る必要なんてありゃしねえ」
「士気っつーか……そう、気持ちだよ気持ち! お宝が目の前にありゃ気分は最高に上がるだろ、そういうことだって。軍の助っ人とか言われるとよ、話し方も似せた方がいいかと思ってな」
「慣れねえことすんなよ。俺らはどこにも縛られねえんだから、いつも通りでいいのさ」
一味は指示が出るまでスクリアニア軍の動きを見つつ、雑談に花を咲かせていた。
満開になろうとしている雑談に、川を覗き込んでいた一味の一人が水を差す。
「なあ魔獣ってよお、魚もなのか?」
「あん?」
男の声が聞こえた仲間は一斉に川を覗き込んだため、小船は傾いた。
「待った待った! ちっちぇ船なことを忘れていたぜ。見るのは一人で十分だ」
海賊は普段、大船に乗っている。小船に長時間乗ることは稀なため、大船に乗っている時と同じ行動をしてしまい小船がひっくり返りそうな勢いで傾いた。慌てて立ち位置を変えて小船の態勢を戻す。
「目が光っていやがる。この川を上り始めた時から俺たちは命知らずなことをしていたってことか」
森の中から一味の動きを一部始終見ていた武具屋の束ね役が、驚いている一味に向かって声を掛けた。
「その通り、魚も魔獣ですぜ。魔魚とでも言った方がいいんすかね。陸の奴らよりは大人しいが、何をきっかけに牙を向けるかわかっちゃいねえ。まあ俺から言えるのは、大人しくしておいた方があんたらのためってことぐらいっすかね」
一味が一斉に束ね役へと目線を向けると、小船がゆらゆらと大袈裟に揺れた。
「あんた、剣士じゃなさそうだが何者だ」
「この森へ材料集めに来ただけの町民っすよ。矢が飛んで来るんで帰ろうと思ったんすけど、あんたらが矢を放たないんで誰なのかと思ってね。おまけにこの川で船を見ることは無いっすから。海賊なんでしょうが、戦に加わっていないことが不思議で声を掛けやした。スクリアニアと関係無いなら悪いことは言わねえ、帰った方がいい」
束ね役の腰には短剣があるものの武具が見当たらない姿を見て、ヘルムート海賊の一味は束ね役の言葉を信じた。
「あんたこそ早く帰った方がいい。俺らも魔獣がいるような場所に長居する気はねえから、すぐに帰るさ。教えてくれてありがとよ」
束ね役は軽く頷いてから踵を返し、森の中へと去った。
「あいつ、消した方がよかったんじゃねえか?」
「奴から手を出して来たならそうしたが……ありゃあ随分と場数を踏んでいる手練れだ。何もされなかったってことに意味があんだよ」
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