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第二章
お披露目
しおりを挟む空が夕方から夜に入ろうとしている頃、ドレスに着替えたイノリはノエルを待っていた。神殿に似つかわしくない馬車が到着すると中からノエルが下りてくる。
「美しいですね…まるで夜空を纏っているようだ」
「ありがとうございます、殿下も素敵ですよ」
濃紺のドレスを身に纏ったいのりに熱っぽい視線を送り、歯の浮くような甘い言葉を吐くノエルに戸惑う。夜会中ずっとこの言葉を聞かないといけないなんて気が重い。
手を出されて、エスコートかと気が付いて手を重ねる。うぅ…きつい。
「是非、ノエルとお呼びになってください。ヒナタ様」
「え…あの、あ、じゃあ、あたしもいのりでいいですよ」
「本当ですか?嬉しいです」
別に特別な意味はないのだけどノエルの嬉しそうな顔に自分も少し嬉しくなった。王族も大変だな、聖女だからってこんな表情を作らないといけないなんてと見当違いのことをいのりは思っていた。
馬車で会場に着くと煌びやかな会場に眩暈がしそうだ。こんなの陰キャには無理だわとポカンと口が開いてしまう。ノエルの腕に自分の腕を絡ませ、会場の中に入ると一瞬シーンと会場が静まり返ったが瞬く間にヒソヒソと人の話し声が聞こえてくる。
(なんて綺麗な…あれが聖女?)
(黒い髪がまた妖艶な美しさを醸し出しておりますな…)
(美しい…あとでダンスに誘ってみようか)
(あんなに足を出して恥ずかしくないのかしら?聖女なんてやることは娼婦と一緒じゃない)
(ノエル様にあんなにくっついて婚約者様がいらっしゃるのに…あっちで泣いてらっしゃって可哀想だったわ…)
最後の方に聞こえた言葉にえ?っと耳を疑った。この王子婚約者いるの?っと。
あまりに衝撃だったので、ノエルを人があまり居ない裏手に連れていくと眉間に皺を寄せながら問い詰める。
「ノエル様って婚約者いるんですか!?」
「え?はい…おりますが…」
「はぁ…あり得ない、この状況。あたしなら婚約破棄ものですよ。婚約者放置して違う女エスコートしてるなんて…」
「え!?いや、彼女にもきちんと説明しましたよ?」
説明ってどんな説明したんだよ!と怒鳴りたくなったが、ノエルはまさかあり得ないと笑っている。顔はイケメンだけど性格糞じゃんと思わず嫌悪感を顔に出してしまった。すると、ニヤニヤしだすノエルに異常な警戒音が頭の中でなり始めた。
「いのり様、そんな嫉妬なさってくださったのですか…?」
「は!?」
「婚約者と言えど、政略結婚に過ぎません。恋愛至上主義の陛下に頼めば破棄も可能です!」
「ちょ、あの!あたしそんなつもりないんだけど!」
「照れずとも大丈夫です!こんなに好いてくれてるなら最初から言ってくださればよかったのに…」
いやいやいや、何を言ってるんだ。このアホ王子は!今日初めて会っただろうが!一目惚れとも言いたいのだろうか。綺麗だなとは思ったけど、この性格ホント無理!
慌ててノエルと距離を取るが、ずりずりと近寄ってくる彼に恐怖がこみ上げる。
「ヒナタ様!」
「え?」
男性の声が聞こえて、振り返るとジークフリートが居た。走ってきたのか、髪が乱れて息が上がっている。ジークフリートがノエルといのりの間に割って入るとノエルが明らかに不快そうに声を上げた。
「聖騎士がこの夜会に何の用だ」
「申し訳ありません、殿下。警備についておりましたが、お…、私は呪い発症者でして、今日は呪いの症状が酷く聖女様を探しておりました」
「なんだと…?チッ…仕方あるまい。いのり様、陛下に挨拶してこの聖騎士の処置をしてあげてください。聖騎士は王国の要、私としては私以外の男に触れるなど許せませんが…聖女の務めです。私も納得致しましょう」
「……あの、さっきからなんなんです?王子だからと強く言わなかっただけで、あんたの事なんて何も思ってないし。気持ち悪い。今夜の夜会だって別にあんたが頼むから承諾しただけ!勘違いしないで!それに婚約者を蔑ろにする奴なんてお断りよ!!!あたしは聖女としてこの世界に呼ばれたけれど、これ以上あたしに何かしようってならもうこの国に力を貸すようなことはしないからそのつもりで!」
女性にここまで拒絶されるのは初めてなのだろうが、唖然と立ち尽くしているノエルを置いてジークフリートの手を握ってその場から離れる。あそこまで自分に自信がある男も問題ね。
遠目で色んな人が見ていたけど、もう知るもんか。勝手に召喚されて勝手に聖女にされてなんでこんな怖い思いしないといけないんだろうか。
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