いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第4輪【夢見た光景されど願いは叶わず】

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 速すぎて残像さえ見えた手刀を放つ、三月ははの声は、後頭部を強打された雅流風そふの耳に届く事はなかった。

 気が強く、それでいて優しい母の姿に、また泣きそうになりながらも、短くて小さな手を必死に伸ばした。

 もう、こうやって甘えられないかも知れない―――――そんな考えが体を突き動かしていた。

(やっと会えたね……これが私のお母さんの顔だ!!――――良く見えないなぁ、もう少し近くにっ!!)

 髪の毛よりも淡い桜色の瞳は、純粋で真っ直ぐに自らの母をとらえる。
 時折、顔がくしゃくしゃになるほどの笑顔を、愛嬌たっぷりに見せる桜香に、三月はとても幸せそうな表情を浮かべた。

『あらあら、いきなり手をいっぱい伸ばして、桜香おうかちゃんどうしたの?』

 先程の般若に酷似した顔から一転して、優しく微笑みながら、覗き込む様に顔を近づけると三月ははの吐息が桜香むすめの頬を撫でる。

 懐かしいな――――この声も、顔も、どんな人でさえあまり記憶にないけど、この香りだけは、頭ではっきり覚えている。

 甘く優しいその香りは鼻腔をくすぐり、心が洗われていくようなそんな感覚だ。
 確かに母はここに存在して、まだ見ぬ父との恋が実り、二人の愛で私が産まれたんだ。

 赤子の小さな手で、母の両頬をペチペチと叩く、まだ記憶が不明瞭ふめいりょうで、うっすらでぼんやりとした感覚がある。

 意識をしっかり持つと顔の輪郭が徐々に見え、桜色の桜香わたしと違い、紅色の長い髪が吹き抜ける風で揺らいでいた。

 内心、興奮と未知の期待感で心が踊っており、幸福感で満たされている気がした。

(あともう少しで顔が見えるっ!!私の――――母の顔がっ!!)

 目一杯瞳を大きく見開くが、ボヤけていて良く見えず、桜が風でなびく度に、艶のある髪が輪郭を隠していた。

 そうした私の期待を裏切る様に、母の相棒パートナーが現れたのか、私が見えない所で何かを告げると、忽然こつぜんと音もなく消えていった。

『あら……もう、任務に行く時間ね。桜香ちゃんはお祖父ちゃんと一緒に、大人しく待っててね』と言って、意識朦朧いしきもうろうの祖父に抱かれた私は、届かぬ母に手を伸ばしながら泣きじゃくった。

(あぁっ!!行っちゃ嫌だよ!!えぇっと……瞳は白くて顔は、凄く私に似てる?違うっ、私が似てるんだった!!)

 もう一度見たい。触れたい。感じたい。

必死に小さな手を伸ばしてくうを掴む。

という所で突如、視界が暗転し、天地も分からぬ無音の空間へ、桜香の精神は投げ出される。

 そうか、あれは私が思い出せる最後の記憶。そして、母と過ごした記憶の欠片を切り取った、ほんの一握りの幸せ……。

 夢でも温もりを感じられて良かったと、思わず笑みが零れる桜香。

 だが残酷な現実は、再び彼女を何度も突き刺す事になる。

 再び眼を開けると、複数匹の夜盗虫ヨトウムシが、まるで甘い蜜に群がる虫の如く、白い膜に触れ消えてゆく。

 不思議な感覚が体を支配し、体感で数十分程、実際は数秒間にも充たないといった所だろう。
 私は、夜盗虫の命が尽きるまで、何も考えることはなく、ただ漠然とその光景を見ていた。

 しばらくして、辺りを照らす白い光が無くなった頃、月明かりを頼りに辺りを見渡す。

 これは凄く悪い夢だと信じたかった。

だが、そこにはいつも通りの日常はなく、木にもたれる頭部のない祖父の亡骸。

母が遺してくれた刀が、いつの間にかさやに入っており、試しに抜こうとしたがビクともせず、そっとしておいた。

 気持ちの整理が付かないまま、強く握られた左手を開けると、小さな桜の花弁はなびらが、冷たく肌寒い夜風に吹かれ、月がある空へと消えていった。


 自らの理想よりも、現実は厳しく残酷な物である。

また叶う夢もあれば、叶わぬ夢もあるのだと、この時の桜香おうかは強烈に痛感した。

 幸せとは何か?――――

形有る者がずっと側に居ることや、と言う都合の良いことは、絶対に存在しないのだ。

 きっと周囲には、私以外の生物は居ないだろう。それは――――どこから出てくる自信なのか己でも解らなかったが、今出来ることは、立ち止まらずに前へ進まなきゃいけない事。

 自分自身は恐ろしい位に冷静であり、祖父に対し、悲しみはあったが涙は流れなかった。

 『何だか今日は疲れちゃったでしょ?今までありがとう。そして、おやすみなさいおじいちゃん』

 祖父が埋まる土へと、丁寧にお辞儀を行い、力が入らない右手で刀を引摺りながら、自宅へと歩いた。

 帰路の途中、次々と起こった事柄に対し頭の中で整理が出来ず、灯りとなる月がいつの間にかかげり始めていたが、まだ夜は深い。

 桜香は、もしかしたら祖父が息を吹き返えして帰れるように、母の刀で地面に道標を付け、か細い声で独り言を呟きながら歩いた。

『お祖父ちゃんさ、私が小さい頃に言ったよね?〝優しい心〟と、誰かを〝守る勇気〟を持ちな』ってさ。

 私は決して優しく何てない。只、臆病なだけ――――いつも誰かに守られてばっかりだ。

 さっきだってそうだ……お祖父ちゃんに生かされ、母の思いが込められた刀に助けられた。

 私が守るべき大切な家族は、もうこの世にはいない。だけど、同じ思いの人は必ずどこかにいるはずだ。

 拳に力を込める度に腕から落ちる血が、地面へと滴る――――

本来ならば、血の臭いに反応して別の植魔虫しょくまちゅうが、襲って来てもおかしくはない。

 だが先刻の出来事により、桜香の知らぬ所で奴等は、周囲に情報の伝達を行い警戒をしていた。

 振り絞る様に動かした歩を止め、再び空を見上げる桜香は、未来の己のために誓った。

 どんな茨の道でも必ず才能の花を咲かせてみせる。

私の名前は桜香おうか、母と同じ〝花の守り人〟になって、植魔虫しょくまちゅうを全て根絶やしにする事が唯一、弱い私が託され生きている意味と使命だと思うから――――

 両親から授かった桜色の瞳には、今日も綺麗な月夜が天上の彼方から、静かに見守っていた。




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