いつかあなたに刃を向けるとき

泥んことかげ

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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第29輪【成長とは心の洗練】

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  逃げられぬ様に上体だけを起こさせ、立たせないことで〝選択〟を失くす。

 男は幾多もある案を考えた――如何にしてこの窮地から脱出できるのかを。

 しかし、口から出た答えは誰が聞いても「嫌、違うだろ」と、幼子が発する付け焼き刃に似た一言だった。

「いや~ちとばかし、道に迷っただけなんだよ。そしたら、百合の花に似た君を見つけてね。まぁ……俺も男だしな――」

〝君は美しい〟〝森の妖精〟〝存在が尊い〟等。

 早口で長々と歯が浮く言葉――否、鼻につく言葉の数々。

 しかし、自身の利益のために相手を褒める〝社交辞令〟の類いに、全く縁がなかった浜悠。

「えっ! 何よ、急に!?」

〝乙女の顔〟と言うべきか、心無しか少しだけ頬を赤らめていた。

 満更でもない様子で内まきの髪を、指を使って更にねじる。

「そっそうかな?。私って綺麗なんだ~。誰も言わないからてっきり……って――」

 天にも昇りそうな程に舞い上がる気持ちは、悲しきかな――平常を取り戻し急降下する。

 首を横へ振り我に返ると、眉をひそめながら睨み付け口を開く。

「ちょっと浮かれて話を逸らされたけども!! 〝花の守り人〟でも〝周辺の住民〟でもない貴方が、ここを彷徨うろつく利点はないと思うんだけど!?」

 華奢で女性らしい腰に手を当てながら、火照った体で気丈に振る舞う。

 余所見よそみもせず一点だけを見つめ、相も変わらず隙はない。

 男はどうやら万策尽き観念したのか、表情を歪ませ舌打ちを鳴らす。

「ちっ、扱い辛いお子様だな。んで、俺が何者か聞いたらどうするんつもりだ? この場で殺すのか?」

 気だるい態度で挑発をしているが、この場で死ぬ覚悟は毛頭ない。

 そして、挑発に乗り浜悠も無闇に命を奪う事はしない。

 だが、思った事を我慢できない性なのか、強く弁明はする。

「平穏を獲るために民を助け、己が欲のために乱す魔を斬る――それが私達〝花の守り人〟なの! 帯刀してるからって、危ない輩と勘違いしないでよね?」

 弟の青葉に聞かせる様に言葉を選びつつ、無防備な鼻先を指で小突く。

 ――想像よりも強かったようで、鼻を抑えながら格好良く返答する。

っ! 俺も〝花の守り人〟って程じゃないが、その道の達人って奴だ。匂いや呼吸音でさえ、最小限に抑えた筈なんだが、えらく勘が鋭いらしいな」

生憎様あいにくさま、〝職業病〟って所ね。気絶で済んだだけでも、運があると思ってもらっても?」

 子守り唄のような優しい口調で、冗談とも本気とも取れるが――真実は本人のみぞ知る。

 男は頭から爪先まで視線を向け、浜悠の自信満々な物言いに堪らず大笑いした。

「ははははっ! まだ子供ちんちくりんなのに大した自信だなぁ。そこいらの男よりも肝の据わってるこった!」

「むっ!」

〝子供〟扱いされたくない浜悠が、不貞腐ふてくされた顔で接近すると小さな風が発生した。

 地に落ちた枯葉が僅かに揺れ、両者の髪がなびく。

 布地によって闇に包まれていた男の顔が、陽の光の元であらわになる。

 その姿は浜悠の思惑通りで、長く無造作な黒髪と立派な髭を生やした青年だった。

 確認出来る限り瞳は大きく、鼻筋も通っている。

 村では見ない顔付きだったのか、不思議そうに顔を眺め言った。

「ふ~ん。大人びている割には貴方も大概、若者って感じじゃない?」

 浜悠の吐息がくすぐったい程当たり、接近する肩を抑えながら思わず顔を背ける。

「生憎、俺は22歳だ! 十分、大人の仲間なんだよ。そんな事よりもちょっと、顔が近っ……」

「ふ~ん。そう――貴方は危険な人じゃ無さそうだし、取り敢えず起きなよ」

 納得したのかうなずきながら立ち上がり、固まった背筋を天へ向かって伸ばす。

 ようやく男の拘束も解けたが、数秒だけ時が止まった様に動かない。

 何かを察した浜悠は、からかう様な軽い笑みで、寝ている男の前へ手を差し出す。

「あっ、大丈夫かな? まだ1人で立てないの? 貴方、首が座ってないから無理だよね~? お姉さんが手伝ってあげるね!」

「だから、俺は歳上だ! ちょっと考え事をしていただけだ!」

 怒り口調で直ぐ様に立つと、体に盛られた枯葉が舞い落ち、下を向く浜悠の視線は上へと修正された。

 考える素振りをしているが、初めから決めていた事を、あたかも今さっき思いついた様に手を鳴らして言った。

「そうだ! 明日の正午にさっきの見晴台みはらしだいに来てくれねぇか?」

 軽口で告げると好機とばかりに、一目散で森の中へ駆けた。

「ちょっと待って。私はまだ良いとは――」

 分かりやすく慌てる浜悠を他所に、男の名前が森中を幾度も駆け巡る。

「俺の名前は〝鬼灯〟ってんだ~!! 覚えとけよ~!!」

 目の前から颯爽と消える〝鬼灯〟と名乗る男。
 逃した浜悠に油断やおごりはなく、非常時への警戒も怠っていなかった。

 しかし、易々と見過ごしてしまう――何故だか

「全く……本当に逃げ足だけは速いね。まぁ、悪い人じゃなさそうだし仕方ない……付き合うか」

 それが鬼灯との出会いであり、後に心惹こころひかれる要因にもなった。

謎の男――鬼灯と別れてから、普段通り近辺の植魔虫狩りを終え、月明かり照らす深夜には家路へ着く。

 祖父達が寝静まった中で自室へこもり、明日の準備を行っていた。

「昔から、〝物には神様が宿る〟って言ってたっけ?。大切にしないと何時かたたられちゃうかも」

 一点物しかない羽織や刀、靴等を畳床へ広げていく。

 良く見れば所々くたびれており、自身を守ってくれている物達に感謝しかなかった。

「さぁて……と。いつも、お世話になってるから、綺麗に生まれ変わらしてあげるからね~」

〝花の守り人〟になってから長く使用しているせいか、まるで家族と同様の愛着も湧いていた。

 一通り目検めけんでの確認後、泥汚れや染みを一つ一つ丁寧に落とす。

 靴紐等の消耗品を新調していき、損傷箇所には補修を施す。

「これで服飾は終わり。前の私に比べたら、段違いに手際が良くなったな~。裁縫してたら指を縫って、血溜まりが出来てた事もあったっけ?」

 刺し傷や切り傷跡が痛々しく残る、両の手の平と甲を順番に眺めた。

 感慨深く数秒ほど見つめると、そのまま頬を叩き「良し、次!」と身を引き締めた。

 正座をした目の前に、白布の上へと置いた刀を静かに抜く。

 切れ味を劣化させる錆びは無いようだが、整備前に比べて放つ輝きが鈍い。

 先ずは、刀身に付着する古い〝丁子油ちょうじあぶら〟を、〝ぬぐがみ〟でゆっくりと丁寧に取る。

 凄まじい集中力で神経を研ぎ澄まし、無我夢中でやり続けた。

 次に〝打ち粉〟と呼ばれる錆止めを、馴染ませるように両面へ刷り込ませ、最後に新しい油をつけて完了となる。

 終わった頃に気が付けば、いつの間にか夜が明け、結局のところ一睡もしなかった浜悠。

 陽光が窓枠から射し込むと、刀身に吸い込まれる様に集まり周囲へ反射する。

 柄から刀身の半ばまで染める翠色が、より一層に切っ先の淡い白色を輝かせていた。

 見回す限りの光の束はまるで、花弁はなびらなびかせる一輪花いちりんか

 夏の涼風に当てられて咲く――〝浜万年青はまおもと〟のようだった。

 これら幾多もある整備項目を、週に1度ほど陰ながら行っていた。

 どんなに疲弊しようとも、手を抜いたり投げ出したりした事は一度もない。

 何故なら、浜悠にとって〝装備品〟や〝道具〟とは――

 否、、自身と他を守るため、限りある命を救うための大事な体の一部だからだ。

「もうそろそろ、ご飯作らなきゃ……。今日は何にしようかな?」

 数時間も同じ姿勢でいたせいか、凝り固まった体をほぐす。

 眩しさで眼を細めながらも台所へ立ち、不眠を感じさせない動き振りで朝食作りに精を出す。

 小刻みに鳴る包丁の音や、味噌の良い香りがする中。

 しばらくして、眠気眼ねむけまなこを擦る青葉が起きてきた。

 波の様にうねり逆立つ頭を、強めに撫で直し椅子へ座らせる。

 昨日の事で怒り気味の祖父の小言には、右から左へ受け流した。

 朝食中でさえ鬼灯との事は伝えず、他愛もない話を交えて再び森へと立つ。

 御天道様が頭上高く輝き、約束の刻を示す頃。

 浜悠は胸の高鳴りの原因が分からず、2時間ほど前から指定された見晴台が見える場所――

 の、少し離れた木陰に出たり入ったりして隠れていた。

「あー、結局来てしまった。寝不足のせいで肌が荒れていたらどうしよう……って、別にやましい関係じゃないからいいか」

 浜悠は雲がかった気持ちでいながらも、程なくして鬼灯がやって来た。

「本当にいる。はぁ……ふぅ……」と、溜め息後に深呼吸。

 やはり帰ろうか迷い意を決して向かうと、唐突に手を差し出してきた。

「やぁ、必ず来てくれると思ったよ。改めまして、俺は〝鬼灯〟!」

「わっ……私は〝浜悠〟。よ、よろしく……」

 しどろもどろになりながらも、交わす握手は何だかほんのり温かい。

 初めは会話もままならず、一方的に聞いているだけで終わる事もあった。

 それでも、次に会う約束は最後に欠かさずしてくる。

 約束の時間を過ぎることもしばしばあり、晴れの日も雨の日も必ず待ち続けた。

 鬼灯のひたむきな姿勢を見て、徐々に心を開き笑顔になる浜悠。

 ――日々の植魔虫と繰り広げる命のやり取り。

 その中で、心休まる〝あの場所〟は非日常的だった。

 事の転機が訪れたのは、鬼灯の存在を、初めての出会いから数ヶ月が立った頃――


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