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13話 浄化の泉の秘密
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あの真夜中の追撃戦から夜が明けた。
宰相エリオットは昨夜から働き通しで、寝不足気味だった。
昼間の仕事は今日はあまり無いのが救いか。宰相エリオットは本日は珍しく休暇を取る事に決めた。
とは言っても、実質宮殿に居なければならないのは変わらない。彼は暇つぶしを兼ねて宮廷魔導師アネットを尋ねる。程なく宮廷魔導師の個室に来た宰相エリオットは、ドアを3回ノックした。
「アネット。入るぞ」
「おはよう、エリオット。随分と眠たそうね? 昨夜は大変だったでしょう?」
「まあな。黒の部隊の捕縛に成功したという事でそれに伴う書類作成に追われたよ。その書類は今は皇帝陛下がチェックしている筈だよ」
「その黒の部隊の処遇はどうするつもり? ただの兵士達とは訳が違うのでしょう?」
「いずれ考えるさ。今日は休暇なんでね」
「珍しいわね。休暇中なの?」
「そうだよ」
宰相エリオットは手近な茶色のソファに座る。リラックスするように足を組んだ。腕も投げ出すようにソファに預けた。
アネットは会話を交わしながら、お茶を淹れていた。リンゴのような優しい香りがティーポットから漂う。傍らに置いてある砂時計を逆さまにして時間を測る。およそ3分くらい経つと品格溢れるティーカップにカモミールティーを入れる。
それを宰相エリオットにも振る舞う。
「昨夜の事で張り詰めていそうだから、これを飲んでリラックスしてね。エリオット」
「助かる」
「そういえば……あの『浄化の泉』に関する有力な情報が得られたわ」
「有力な情報?」
「文献が見つかったらしいの。解読してみたら『浄化の泉』に関する記述が書かれていたわ」
「あの『浄化の泉』は一体、どういう泉なんだ?」
「あの『浄化の泉』にはとある女神が棲んでいるらしいの。人々の癒しと浄化を司る女神が棲んでいるのよ。そして、外傷の治療だけではなく、心に潜む闇を祓う力もあるという伝説があるわ。美に固執する女帝が欲しがるのも判るわね」
「それは本当か?」
「文献ではそう書かれていたわ。だけど、それを証明する例は残念ながら居ないわね。だけど、あのエミール君はもしかしたら、貴重な例として挙げられるかも知れない」
「アトランティカ帝国の黒の部隊が狙っていたのはエミールだったからな。それはあの襲撃の時にその場にいた者として判るよ」
『浄化の泉』とは、そういう効果のある泉だったのか。
なら、もしかしたら、エリック皇帝に付いているあの無残な痣ももしかしたら消えるかも知れないという事か?
もし、エリックが跡継ぎを作ろうとはしないとは単に顔の痣がコンプレックスになっているとしたら?
それが癒えれば、女性とも交わるのでは?
エリックがマスクのような布地をしている理由は、宮殿ではまことしやかな噂話になる。曰く、女除けの為に。曰く、影武者であるという話。曰く、世にも美しさ故に顔を隠しているとも。
この噂話に耳を傾ける度に宰相エリオットは複雑な気分になる。何故、エリックは覆面をしているのか。
一つの理由はあの左頬に広がる無残な痣。あの痣はエリックが子供時代に負った傷でもある。エリックがとある泉の水で顔を洗いたがったが、家臣がそれを止めさせた。
得体の知れない水でも飲んで死んでしまっては困るし、現代社会のように下水道など整備されていない時の話だ。そこがトイレ替わりとなっている事も考えられるのだ。なら、尚更、得体の知れない水に触れさせる訳にもいかない。
それがもとで疫病にさえ感染する事も充分に考えられる出来事である。
その事件以来、エリックは覆面をするようになった。エリオットは例え痣が出来ようとも自分の双子の兄だ。馬鹿にする事はけして無いし、陛下の代わりの皇帝になる事もしない。それよりも宰相として国を支える仕事の方が自分には合っている。
宰相エリオットはため息をつき、カモミールティーを飲んだ。
「何か思い当たる事があるの? 『浄化の泉』について?」
「色々と思い当たる事はある。まあでも今はアトランティカ帝国をどうするかを考えるべきかな」
「寝不足気味なんでしょう? 少しの間、ここで眠っていってもいいわよ。私はまだ仕事があるし」
「そんな事、言っていいのか? 君の個室で寝ていいなんて」
「たまには忘れた方が良いわ。一国の宰相という立場を忘れて休んだ方が精神衛生的にも良いわ」
「……甘えさせて貰うよ。その言葉に」
宰相エリオットは自分が座るソファに横になり、瞼を閉じた。
そのまま太陽の光を浴びながら、昼寝をした。たまに風が窓から通り抜ける。
心地よい涼風に吹かれて、灰銀色の髪の毛が踊る。
安らかな寝顔を見る宮廷魔導師は、まるで子供のような寝顔に笑った。
「本当にこの人、もう少しで四十歳なのかしら? 子供みたいな寝顔ね」
と、薄い毛布を掛けて自分の仕事へと戻った。
数時間後。小腹が少し減る頃。
目を醒ましたエリオットは、アネットが用意したであろう食事を食べて、今宵の仕事へと戻った。
「ありがとう。アネット」
「さて…今夜のメインイベントをするか」
そうして、黒の部隊が捕らわれている地下牢へと足を向けた。
宰相エリオットは昨夜から働き通しで、寝不足気味だった。
昼間の仕事は今日はあまり無いのが救いか。宰相エリオットは本日は珍しく休暇を取る事に決めた。
とは言っても、実質宮殿に居なければならないのは変わらない。彼は暇つぶしを兼ねて宮廷魔導師アネットを尋ねる。程なく宮廷魔導師の個室に来た宰相エリオットは、ドアを3回ノックした。
「アネット。入るぞ」
「おはよう、エリオット。随分と眠たそうね? 昨夜は大変だったでしょう?」
「まあな。黒の部隊の捕縛に成功したという事でそれに伴う書類作成に追われたよ。その書類は今は皇帝陛下がチェックしている筈だよ」
「その黒の部隊の処遇はどうするつもり? ただの兵士達とは訳が違うのでしょう?」
「いずれ考えるさ。今日は休暇なんでね」
「珍しいわね。休暇中なの?」
「そうだよ」
宰相エリオットは手近な茶色のソファに座る。リラックスするように足を組んだ。腕も投げ出すようにソファに預けた。
アネットは会話を交わしながら、お茶を淹れていた。リンゴのような優しい香りがティーポットから漂う。傍らに置いてある砂時計を逆さまにして時間を測る。およそ3分くらい経つと品格溢れるティーカップにカモミールティーを入れる。
それを宰相エリオットにも振る舞う。
「昨夜の事で張り詰めていそうだから、これを飲んでリラックスしてね。エリオット」
「助かる」
「そういえば……あの『浄化の泉』に関する有力な情報が得られたわ」
「有力な情報?」
「文献が見つかったらしいの。解読してみたら『浄化の泉』に関する記述が書かれていたわ」
「あの『浄化の泉』は一体、どういう泉なんだ?」
「あの『浄化の泉』にはとある女神が棲んでいるらしいの。人々の癒しと浄化を司る女神が棲んでいるのよ。そして、外傷の治療だけではなく、心に潜む闇を祓う力もあるという伝説があるわ。美に固執する女帝が欲しがるのも判るわね」
「それは本当か?」
「文献ではそう書かれていたわ。だけど、それを証明する例は残念ながら居ないわね。だけど、あのエミール君はもしかしたら、貴重な例として挙げられるかも知れない」
「アトランティカ帝国の黒の部隊が狙っていたのはエミールだったからな。それはあの襲撃の時にその場にいた者として判るよ」
『浄化の泉』とは、そういう効果のある泉だったのか。
なら、もしかしたら、エリック皇帝に付いているあの無残な痣ももしかしたら消えるかも知れないという事か?
もし、エリックが跡継ぎを作ろうとはしないとは単に顔の痣がコンプレックスになっているとしたら?
それが癒えれば、女性とも交わるのでは?
エリックがマスクのような布地をしている理由は、宮殿ではまことしやかな噂話になる。曰く、女除けの為に。曰く、影武者であるという話。曰く、世にも美しさ故に顔を隠しているとも。
この噂話に耳を傾ける度に宰相エリオットは複雑な気分になる。何故、エリックは覆面をしているのか。
一つの理由はあの左頬に広がる無残な痣。あの痣はエリックが子供時代に負った傷でもある。エリックがとある泉の水で顔を洗いたがったが、家臣がそれを止めさせた。
得体の知れない水でも飲んで死んでしまっては困るし、現代社会のように下水道など整備されていない時の話だ。そこがトイレ替わりとなっている事も考えられるのだ。なら、尚更、得体の知れない水に触れさせる訳にもいかない。
それがもとで疫病にさえ感染する事も充分に考えられる出来事である。
その事件以来、エリックは覆面をするようになった。エリオットは例え痣が出来ようとも自分の双子の兄だ。馬鹿にする事はけして無いし、陛下の代わりの皇帝になる事もしない。それよりも宰相として国を支える仕事の方が自分には合っている。
宰相エリオットはため息をつき、カモミールティーを飲んだ。
「何か思い当たる事があるの? 『浄化の泉』について?」
「色々と思い当たる事はある。まあでも今はアトランティカ帝国をどうするかを考えるべきかな」
「寝不足気味なんでしょう? 少しの間、ここで眠っていってもいいわよ。私はまだ仕事があるし」
「そんな事、言っていいのか? 君の個室で寝ていいなんて」
「たまには忘れた方が良いわ。一国の宰相という立場を忘れて休んだ方が精神衛生的にも良いわ」
「……甘えさせて貰うよ。その言葉に」
宰相エリオットは自分が座るソファに横になり、瞼を閉じた。
そのまま太陽の光を浴びながら、昼寝をした。たまに風が窓から通り抜ける。
心地よい涼風に吹かれて、灰銀色の髪の毛が踊る。
安らかな寝顔を見る宮廷魔導師は、まるで子供のような寝顔に笑った。
「本当にこの人、もう少しで四十歳なのかしら? 子供みたいな寝顔ね」
と、薄い毛布を掛けて自分の仕事へと戻った。
数時間後。小腹が少し減る頃。
目を醒ましたエリオットは、アネットが用意したであろう食事を食べて、今宵の仕事へと戻った。
「ありがとう。アネット」
「さて…今夜のメインイベントをするか」
そうして、黒の部隊が捕らわれている地下牢へと足を向けた。
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