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氷の微笑と奇跡の紳士

8話 抑えられない劣情

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 彼らはカジノの支配人の部屋へと入り尋ねたい事を聞いた。

「私に尋ねたい事とはなんですかな?」
「単刀直入の方が気持ちいいかな」
「そうですね。何事も白黒はっきりと」
「モンテローザに誘拐されたノイズ・バートンとブライト・ハーヴィの監禁されている所はどこだ?」
「あの2人ですね。シャロン様の命令で彼らは『友を待つ宿』に監禁させていただいております。しかし『友を待つ宿』はある物がないと入る事も許されません」
「あるアイテムという事ですか?」
「ええ。シャロン・レドール様のみが持っています。つまりシャロン様のお許しが必要という事ですね」
「──流石、モンテローザ。まるでここはシャロンの街だね」
「ええ。ここはシャロン様の街です。何せここの女領主なのですから」
「道筋は見えてきた感じですね」
「ああ。ありがとう。店長」

 カジノ『ゲーム』から出た彼らはここで時計を見る。そろそろ正午12時という頃か。
 2人してお腹を空かせた彼らはランチタイムにする。こうやってランチタイムを過ごすのも初めてだ。
 
「いつもレンブラント社長はどこでランチを食べているのですか?」
「秘密のカフェテラスだよ。そこのマスターと話をするのが日課だね」
「あのマスターですか?」
「そう。ハザード君。彼は情報屋だから、かなりの情報をそこら中から集めて私に話すのが仕事。本人も楽しいらしいよ」
「ミライ君はいつもどこでランチを?」
「本社ビルにいた時は社員食堂でしたよ。ブラジル支店からは秘書室とかで食べてました」

 そこに思いも寄らない人間が彼らに話し掛けた。 

「こんにちは」
「……?」
「あなたは?」
「スコットランドヤード警察のニックです」
「スコットランドヤード警察が何の用かな」
「シャロン・レドールの事はご存知ですよね?」
「何故、そう言える?」
「昨日からシャロン・レドールの周辺がかなりの動きを見せてまして、そうしたらバートン財団の名前がよく挙げられてまして。あなた達はその関係者ではないですかな?」

 そこでニックは皮肉っぽく話した。

「特にそこの男性はシャロンが夢中になって追い掛けている男性だ」
「──隠しても無駄という事か。レンブラント・バートンだ。バートン財団の代表取締役を務めている」
「あなたの噂はスコットランドヤードでも有名だ。モンテローザに来たのは何か用事で?」
「そんなものかな」
「シャロン・レドールにはあまり深く関わらない方が身の為ですよ?」
「何故?」
「スコットランドヤードでも調べを進めていますが彼女に深く関わる人間は残らずお亡くなりあそばしている。気を付けた方がいい」

 スコットランドヤードのニックは不穏な言葉を残してその場を去った。
 レンブラントもそれは薄々感じた危機感だが、ノイズとブライトを助けるまで退く訳にはいかないのだ。
 ランチもそこそこにまたシャロンに会いに行く2人。深く関わるなとは言うが、シャロンがここの領主である以上、関わるしかないと思って2人の歩みを屋敷へと向かわせる。
 本日で2回目の訪問となるシャロンの屋敷。しかし今の時間はシャロンは居ないと伝えられる。
 何処にいるかもわからないらしい。
 レンブラントとミライはため息をついて、いい加減疲れてきたので一旦、ホテル・アメジストへと戻る事にした。
 宛もなくさまようのも疲れるものだ。
 何か飲み物でも飲んで一息つきたい。
 彼らが309号室に戻るとルームサービスが入ったのか飲み物を追加されていた。普通の紅茶や酒類も補充されている。
 
「やれやれ。シャロンが何処に行ったのかわからないなら行動を起こすにも起こせないな」
「そうですね。一息つきましょう」
「何が飲みたい?」
「お酒以外なら紅茶でもコーヒーでも」
「俺は紅茶にするかな。アールグレイもある」
「流石の社長も昼間からお酒は飲めませんか」
「まあ──そうだね」

 照れ笑いするレンブラントにミライは段々と彼に惹かれていく。
 一体、この人の鼓動はどんな音がするのだろうか?
 昨夜の熱を帯びた身体がまた熱くなってきた。この部屋に戻ると私の体は熱を帯びる。
 熱を帯びて、激しいキスを始めかけて、途中で止まったのが惜しく感じた。
 あのまま、あの人の身体の感触を味わいたかった。
 でも。今なら出来る?
 ホッとしている今がチャンスなのでは。
 ミライはブライトには抱かないで、レンブラントに抱く想いが何かわかった。
 獣だ。レンブラントはしなやかな肉食獣なのだ。神秘的な獣なのだ。
 自然と彼女は瞳で追ってしまう。
 レンブラントの一挙一動を。
 紅茶を用意する仕草も、氷を用意する為に握るアイスピックも、それで氷を割る仕草も品がある。
 あの紫水晶みたいな瞳も。
 どうしよう──。
 胸の鼓動が高鳴るように大きくなる。
 抑える事が出来ない──!
 
「この部屋に戻ると途端に君は女になるんだな。一人の女に」
「え……?」
「例え恋人が居てもそこに相手がいる限り、深い仲になりたい」
「しかも、君の相手はバートン財団の看板社長だ。損得勘定抜きに抱かれてみたい」
「……」

 努めて否定しようとするが感情はそうでは無かった。
 ミライは問うた。
 何故、そんな気持ちがわかるのか。

「何故、そう思えるのですか? 私は1言も言ってません」
「言わなくてもわかるから」
「何故わかるのですか?」

 ミライがソファに座りながら上を見上げる。そこには氷を入れたアイスティーを淹れてくれた社長の笑顔があった。
 レンブラントはアイスティーを飲みながらグラスをミライに渡す。
 渡しながら大胆に迫る。

「昨夜の続き──今なら出来るよ? どちらにせよ数時間はここで待機だから。君も刺激されてしまったのだろう? 昨夜のシャロンに。その劣情を?」
「私は──」 
「無理はよくない。俺はいつでも待っている。後は君次第だよ」
「どうする?」

 ミライはアイスティーを飲むとソファから立ち上がろうとするとレンブラントがソファに座らせる。
 そしてソファに覆いかぶさるように、ミライの顔を両方の手で触って甘いキスをした。
 ミライの散々抑えた枷が外れた瞬間だった。
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