【完結】「かわいそう」な公女のプライド

干野ワニ

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最終話 しあわせな二人

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 数日後、正式に婚約の打診が来ると。心配していた通り、姉は烈火のごとく怒り出しました。

「フランセル家の次男坊と言ったら、あの噂の『狂犬』と呼ばれる男でしょう!? あんな粗暴な男に嫁いだところで、貴女が傷つくだけだわ!」

「いいえお姉様、そんな方ではございませんわ」

「お黙りなさい、わたくしは貴方のためを思って言ってあげているのよ! ねぇ、お父様ももちろん反対よね? そうでしょう!?」

 父はいつも必ず、姉に強く言われると折れてしまうのです。しかし今日の父は、珍しく有無を言わせぬ口調で言いました。

「婚約を了承しよう」

「お父様っ!? わたくしは反対だと申し上げているでしょう!!」

「ベネット、口を慎みなさい。決定権があるのは私だ。そなたではない」

「なっ……!」

 絶句する姉から私へ目線を移すと、父は言いました。

「これまで不甲斐ない父で悪かったね。ヴィルジール君は一見気性が激しく見えるが、根は努力家で周囲にも気を配れる良い男だ。……幸せになりなさい」

「……はい」

「では、話を進めて来よう」

 そう言い置いて父が部屋を出ると、姉が呟きました。

「絶対に、認めないわ……」


 *****


 ヴィルジール様との婚約が成立して以降、私は姉から自立するように、少しずつひとりで夜会に参加しておりました。今は少しでも社交界で顔をつなぎ、夫人としての役目を果たしてゆくためです。

 ですがそこで、あの方にわざわざ声をかけられるとは。

「やあフロレット嬢。あの『狂犬』に目を付けられたとの噂だが、そこまで追い詰められていたとはな。あの男は公子と言えど、しょせんは爵位も継げぬ次男ではないか。それもあの気の短い『狂犬』が、根気強く君の面倒を見てやることなど、とうてい出来るとは思えないのだがね」

「これは、ローベ伯爵様……」

 いつになく饒舌な元婚約者に、私は冷ややかな視線を送りました。嫌な予感がします。

「悪いことは言わない、不幸になるだけだからやめておきたまえ。元婚約者のよしみだ。君が殊勝に頼むのならば、多少なりとも援助してやってもよいのだぞ?」

 周囲は気付かないフリをしながらも、チラチラとこちらをうかがっているようです。

 この方は、一体どういう了見でいらっしゃるのでしょう。これ以上おかしなことを言われては、周囲から誤解を受けてしまうかもしれません。そんなことになってしまっては、ヴィルジール様にもご迷惑となるかもしれないのです。

 もう二度と、関わりたくはない。そして、私は覚悟を決めました。もう姉は……そばにいないのです。

「もう貴方はわたくしの婚約者ではありません。それなのにどうしてわざわざそのように不毛な事をおっしゃりに来たのです? 貴方には全く関係のないことですわ」

「なっ……解消したとはいえ、一度は縁を持った仲であるから、わざわざ心配して忠告しに来てやったのだろう!? なんだその恩知らずな言いぐさは! お前の態度次第では、第二夫人くらいにしてやっても良いと思っていたというのに!」

 どうやらこの方は一度自分がいらないと捨てた物でも、他人の物になったとたん、惜しくなる性分だったのでしょう。

「……やはり、私は幸運でしたわ」

「おお、ようやく気付いたのか! この僕の……」

 彼がそのセリフをみなまで言い終えぬうちに。あえて挑発するかのように、私は酷薄な笑みを浮かべて言い放ちました。

「私は、とても幸運でした。貴方と結婚せずに済んだのですから」

「なっ」

「どうぞ、奥様を大事になされませ。ではごきげんよう? 永遠に」

「貴様っ……!」

 一歩こちらに踏み込んだ伯爵の平手が、高く振り上げられるのを見て……むしろ私は、毅然として顔を上げました。つとめて平然とした顔で、ローベ伯爵の怒りに染まった瞳をまっすぐに見つめ返します。

 いつの間にか周囲はざわめきを止めて、皆が固唾を飲んでこちらを注視しておりました。これだけ観客がいれば、証拠は充分となるはずです。

 震えそうになる手で杖を握りしめ、奥歯に力をこめた――その時。

「ローベ伯爵シモン卿!!」

 場に響き渡る大声に、ローベ伯爵はびくりとして手を止めると……そして慌てたように引っ込めました。

「ヴィルジール卿、いや、これは……」

「フロレット。私の許可なしに、勝手に傷付くことは許さぬ」

 私のつたない計略など、どうやらこの方にはすべて見透かされていたようです。彼は私の肩を優しく背後に押しやると、ローベ伯爵の前に立ちはだかりました。

「ヴィルジール様……」

「きっ、貴様、いくら公子であろうと、私は伯爵だぞ!? 爵位すら持たぬ身で、この私になんと無礼な……」

「無礼とは? はて、私は貴卿の名をお呼びしただけなのだが」

「なんだとっ!」

「さて、そこのご令嬢。シモン卿は私の婚約者殿とどのようなやりとりをされていたのか、ご存じですか?」

「ローベ伯爵様は……フロレット様に手を上げようとなさってましたわ!!」

「でっ、でたらめを申すな! 下級貴族の娘ごときが偉そうに!!」

 ヴィルジール様は厳しい表情を崩すことなく、周囲を見渡して言いました。

「ご令嬢の勇気と正義に感謝する。ほか、目撃した方は?」

「わ、わたくしも見ましたわ!」
「わたくしもっ!」「わたくしもよ!」

 次々と上げられる声と比例するかのように、ローベ伯爵の顔からはどんどん血の気が引いていくようです。

「これでも、まだ言い逃れをするか?」

「くっ……」

「二度と彼女の前にその姿を見せるな。解ったならば、くとね。この下郎がッ!」

 彼の一喝を受け、ほうほうのていで逃げ出したローベ伯爵の姿が、ようやく見えなくなると。私はようやく、そっと安堵のため息をつきました。いくら覚悟を決めていたとはいえ、怖くなかったと言えば嘘になるのです。

「助けて頂いて、ありがとうございました」

「いや……君のことだ、何か考えがあっての行動だろう。だが自ら危険に飛び込むような真似だけは、金輪際やめてくれ。何かあったら、すぐに私を頼りなさい。いや、頼ってくれないか? ……我らは夫婦となるのだから」

「……はい」


 *****


「どうかお願い、行かないで……」

 とうとう実家を離れる日。憔悴しきった様子の姉から発せられたのは、意外な言葉でした。いえ、実は私も……とうに気付いていたのかもしれません。

「貴女にはわたくしがいなければ……いいえ、貴女がいなければ、わたくしがダメなのよ。だからどうか、お嫁になんて行かないで……わたくしを、一人にしないで!」

 泣き崩れる姉の肩に、私はそっと手を添えて言いました。

「お姉様は一人なんかではありませんわ。お義兄様がいるではありませんか」

「でも、しょせんは家の決めた結婚よ。それに、もう何年も経つのにまだ子どもができないのだもの。こんな領地もない家の婿の座なんて、早く逃げ出したいに決まっているわ……」

「いいえ、そんなことはありません。以前お義兄様がおっしゃっておりました……『ベネットは寂しいだけなんだ。だから許してやってくれ。本当は僕が彼女の心を埋めてあげたいんだけど、どうやら僕では駄目みたいだから』と」

「そんな、あの人が……」

「どうかもう一度、本当の気持ちを話してみて下さい。きっと、お義兄様も同じ気持ちですから」

「でも、それでも……ずっと一緒にいた貴女がいなくなってしまうのは、寂しいわ……」

 私は姉の肩に両腕を回すと、その震えを止めるように力強く抱きしめました。

「忘れないで。どれだけ距離が離れていても、いつでも心は一緒ですわ。お姉様と私は、たったふたりきりの姉妹ではありませんか」

 幼いころ私が泣いていると、いつも姉はすぐに気付いて私を抱きしめにきてくれました。次は私が、姉を抱きしめる番なのです。


 *****


 あれから数十年の月日が流れました。夫となったヴィルジール様は、かつての宣言の通りに武功を立て、奪還した地の領主として侯爵位を賜りました。

 魔族から取り返したばかりの土地での生活は、王都での暮らしとは全く違う、不自由なことも多いものでした。それでも私は、彼と共にいられることが……何よりも、幸せだったのです。

 そして二人目の孫にも恵まれた、ある冬のことです。私は近ごろめっきり体力が衰えて、寒さに伏せる日が続いておりました。

 もう私も、あまり長くはないのでしょう。

 息子にほとんどの仕事を譲った夫は、今日も何をおしゃべりするでもなく……私の寝台の傍らに遊技盤を置き、黙って趣味の棋譜を並べておりました。そんな彼に、私はもう一度きちんと伝えておくことに致しました。

「貴方のものとなれて、私は本当に幸せでしたわ」

 突然の言葉に、夫は軽く驚いたような顔をした後で……その皺をきざんだ顔で優しく微笑み、言いました。

「ああ、君はずっと私のものだ。そして私も……ずっと君だけのものだ」

 私は目を細めて笑うと、そのまま安心してまぶたを閉じました。次に目覚めたときにも、きっと貴方がそこにいると信じて――。






 おしまい


――――――――――
お読みいただきありがとうございました。
あと一話、姉視点の番外編があります。
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