【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ

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「大人」になれなかった少年の懺悔(4)

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 喪が明ける日が近づいた、ある日。僕に新しい婚約の話が持ち上がった。隣領の伯爵令嬢を断ると、するとノエラを勧められた。男爵に連れられて顔を赤らめるノエラに、どこまでも身勝手な僕は、冷たく言った。

「僕の妻はロズリーヌだけだ。他の誰とも結婚するつもりはない」

「しかし伯爵家の後継者が結婚しないなどという我がままは、許されんぞ。少しは大人になれ、フェルナン!」

「ならば後継の座など捨ててやる!」

「どうやら甘やかし過ぎたようだな……。勝手にしろ!」


 たとえ廃嫡されようと、長男が家に残っていては揉め事の種になりやすい。家から完全に離れることを決めたは、すぐに就職先を見つけて出ていくことにした。

 長年の思い出の詰まった自室で出立の準備をしていると、母と弟がやってきた。

「聞いたわ、ベルガエ騎士団に入るのですって!? 常に危険な戦場ばかりをめぐると有名なところではないの! なにもわざわざ前線に行かずとも、治療術師ならば仕事に事欠くことなどないはずでしょう!?」

 ベルガエ騎士団はこの国最強を誇る精鋭騎士団だが、実際は貴族社会からのはぐれ者ばかりが集まるところだと言われている。そんな場所が、今のには最適な居場所に思えた。

「母上、ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが私は……この治癒の力を持って生まれた本当の意味を、知りたいのです。どうか我がままをお許しください」

「兄上……」

「私の身勝手で、今さら面倒を押し付けてすまない。後は頼む」

 私は弟の肩を叩くと、そのまま家を出た。


 *****


 前線で治療術師として無心に働き、十数年が経った頃。騎士団の長であるベルガエ大公が、近々代替わりするという噂を聞いた。後任は、あのロズリーヌと同じ斑点病ヴァリオラから生還したばかりの、まだ十代半ばの第二王子どのらしい。

 かの疫病からは、たとえ回復しても魔物と化す――そんな噂からくる偏見は、国の最高権威である王族ですら、王都から追い出してしまったのである。

 噂通りに新しい上司が赴任して、半年ほどが経った頃。日の落ちた野営地にある、救護所の片隅で……平民らしき負傷兵の愚痴が聞こえた。

「お貴族サマはいいよなぁ。治療呪文ですぐに治してもらえっから、こんなふうに長々と痛みで苦しまねぇで済むらしいぞ」

 ――苦しまねぇで、済むらしいぞ。
 本当に、そうだろうか?

 自棄になったよう先陣を切る殿下に随伴し、御身が傷つくことあれば、呪文で即座に治療する。そうして休む暇もなく、次の戦闘へと送り出すのだ。

 それを日に二度三度と繰り返しながら、私は考える。もし貴重な治療呪文を最優先で受けられる立場でさえなければ、負傷兵として後方で休むことができるのに。

 誰よりも早く治癒されるということは、誰よりも早く戦場へと戻されるということだ。そうして新たな、傷痕だけが増えてゆく。

 ただひたすらに、短時間で負傷と治癒を繰り返す。果たしてそれは、患者の精神にとって健全なことなのだろうか? 身体の傷は癒えても、その身をえぐられた瞬間の記憶は消えないのだ。


 教えてくれ、ロズリーヌ。
 私は何のために、治療術師になったんだ……?

『だから、大丈夫だって! 怖くないから早くこっちに来なよ!』

 ロズ、ごめんな。
 僕はどうやら、まだ死ぬのが怖いみたいなんだ。


 仲間達の流す血にまみれながら――
 私はまだ、この力の持つ意味を探している。






 続
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