◯◯の山田くん

明日井 真

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第二章

ある夏の日の山田くん

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 うだるような暑さが連日続く今日この頃。早朝だと言うのに前日の暑さが居残りされ、急勾配の坂道も俺を拒むかのように邪魔をする。
そこまで俺を美咲ちゃんの家に行かせたくないのか、しかし俺はここで負けるような柔な奴ではない!!と変な対抗心でペダルを踏み込む。
登り切ってしまえば美咲ちゃんの家はすぐそこだ。
肌に張り付くティーシャツに僅かな苛立ちを向ける。
お年頃な女性宅に行くのにほのかに香る男子臭をさせたままお邪魔するのもいかがなものかと思い始めた。明日から替えのティーシャツを持参するか……


 鍵を開けてガラガラと引き戸を引く。
いつものようにあまり足音を立てないように静かに進み俺のテリトリーとなってきた台所へ移動する。
ついいつもの癖で二人分を作ろうとしてしまう。いかんいかん、三人分になったんだ。

 そう、季節は夏、俺達大学生が夏休みになる少し前に世の小中高生のバカンスが始まっているため、あの生意気ロリっ子も俺らの夏休みにお泊まりに来ている。
全くもって迷惑な話だ。
奴は今中三と言うことで、「夏を制する者は受験を制す」の夏なのだ。
「美咲お姉ちゃんにお勉強教えてもらいたいの……ダメ?」と言った奴のウルウル目に天誅っ!!と持ってた菜箸を投げつけなかった俺を誰か褒めていただきたい。
俺と美咲ちゃんのアバンチュールな夏を返せ!!四六時中見張って邪魔ばっかりしやがって。
暑さのイライラなのか奴へのイライラなのか、よく分からない苛立ちはどこに向けようがないものなんだけど。

「おはよう山田、暑いのにご苦労なことだな。一日ぐらい休んでもいいんだぞ?」
「おはよう不二子ちゃん。休んだら山田解任にするつもりなんだろう?その手には絶対乗らないから」
「せっかく私のなけなしの優しさをあげたと言うのに……それをきちんと受け取れないとは可哀想なやつだな山田」

やれやれと呆れ顔をしつつ糠漬けのキュウリ様の端っこをボリボリとつまみ食いする。
お行儀が悪い。それは美咲ちゃんにあげる分なんだぞ。
不二子ちゃんのご両親、つまみ食いしてはいけませんってちゃんと教えておいてもらわないと困るぞ、全く。

 ふんふん怒りながら、テーブルに朝食をセットしていく。それが終わる頃、美咲ちゃんが手を引かれてやって来た。
あぁ癒やされる。さっきまでのイライラがどこかに行くようだ。
まだボサボサのままの髪の毛に癒やされる日が来ようとは思ってもみなかったな。

生意気つまみ食いロリっ子がお泊まりしている間は俺の仕事の一つである「美咲ちゃんを起こす」任務を一時的に辞めさせられている。
因みに朝一番に美咲ちゃんが耳にする音が俺の声でないことにかなりご立腹であることを伝えておこう。
そしてさらに俺を苛立たせることに何と二人は同じベッドで寝ているのだ。
お年頃の二人が同衾しているなんて……間違いがあったらどうするんだ!!
ここ数日、気が気でない。

「山田?どうしたの?」

目の前を見れば心配そうな顔をした美咲ちゃん。

「ん、何?どうもしてないけど」
「そう、ならいいんだけど。卵焼きを親の敵ぐらいにすっごい怖い顔で見てたから」

どうやらロリっ子への怒りが表情に出ていたらしい。
せっかくの美咲ちゃんとの食事のひと時だったのに、憎き奴のせいで台無しになってしまうところだった。
ちらりとロリっ子を見ればしたり顔で笑って嫌がった。くそっ、まんまとこいつの手に乗ってしまったと言うことか……いつか絶対に仕返ししてやる。
決意と共に糠漬けのキュウリ様をバリバリと噛み砕いた。


 夏休みでも出かける用事のない俺は、ついでにと美咲ちゃんのお昼も作っている。
つまり一日中美咲ちゃんと一つ屋根の下状態なのだ。
しかし悲しいかな邪魔者がいる。振り向けば奴がいる状態で俺の「いい旦那になれるよ」アピールが出来ない。
今日は珍しく自分の家に一時帰宅中だけど、帰ってきたらまた邪魔されるんだろうなってやさぐれていた俺に朗報がやって来た。

「やっぱり受験生とか関係なく、お盆に親戚一同集まるから来なさいって言われたの。美咲お姉ちゃんにお世話になりっぱなしも悪いでしょうって。正論すぎで反論なんて出来なかったから、数日間だけどお泊まり行ってくるね美咲お姉ちゃん」
「えっ?あーうん、そうだよね。大事だよね。親戚の集まりは行かなきゃだもんね」

ちょっと残念そうな美咲ちゃん。
でも、俺は数日とはいえ邪魔者がいない!!やった、奴が帰ってくる前に少しでも美咲ちゃんの好感度を上げなければ!!と浮かれていた。
いや、思わず鼻息が荒くなってしまったのは、本当に仕方ないと思う。ごめんなさい。

美咲ちゃんと不二子ちゃんは従姉妹だけど、不二子ちゃんだけお盆のお集まりってことはお父さん側の親戚なのかな?ってか、忘れてたけど俺って美咲ちゃんのご両親に一度も会ったことないんだけど……あれ?ってか卒業式にもいなかったような……あー美咲ちゃんしか見てなかったから他の記憶があんまり無いな。

「でね、数日間でも変態山田と二人っきりは凄く不安だから取り敢えずこれ、防犯ブザー渡しておくね。あと、周辺に変質者をよく見かけますって警察に連絡しておいたから、パトロールとか増えると思うの。だから安心してね」

おいぃぃ、ロリっ子ぉぉ。何してんだコラ。数日間だけでも俺に優しくしてあげようとは思わないのかコラ。
全く、これだからお子ちゃまは。

ロリっ子が次々に美咲ちゃんに渡していくのは防犯ブザー。しかも数が多い。十個は超えてるんじゃないかな。
そして、俺にバチバチと見せつけながら出していくスタンガン。これも十個は確実に超えていると思う。
ふむ、これはあれかな?
俺が美咲ちゃんになにやら大人のビデオ屋さんでピンクに囲まれている部屋に置いてあるやつの様な事をするって思っているのかな?
ふっ、ロリっ子よぉ俺をなめてもらっちゃぁ困るんだよ。
そんなこと畏れ多すぎて出来るわけないだろ!!
寧ろそんな最低な犯罪やりたくも無いわ。
あっ、盗聴はしてたわ。
前科あったし……あー端からそう見られても仕方がないってことか……ストーカーってやるもんじゃないな。本当に。

地味にダメージを食らった俺にロリっ子が差し出した紙袋。
中に入ってる箱を開けてみるとぎっしりと和菓子が入っていた。

「まあ、数日とはいえ世話になったから。お礼?的なやつですよ」

少し照れてるのか頬を赤くしながら不二子ちゃんが言う。
えっ?デレ?ツンツン警戒からのデレなの!?
何それギャップ萌えじゃん。キュンとは来ないけど、これから見方変わっちゃうぞ?ちょっといい奴って思っちゃうぞ?

少しだけ機嫌のよくなった俺はどうせなら皆で食べようとお茶を入れるために台所へ。
ポコポコとお湯が沸き出す頃に、美咲ちゃんがやって来た。
おや珍しい、あの初日以降美咲ちゃんがここに入ってくることはなかったのに。

「どうしたの?美咲ちゃん?」
「葛きり、葛餅、葛まんじゅう、水無月。さて問題です、これら全てに共通するものは何でしょう」
「えっ?なにいきなり。クイズなの?美咲ちゃん。うーん、何だろうな。和菓子?」
「残念、不正解です。正解はくず粉よ」
「くず粉?」
「全てに使われているものよ」
「ふーん、そうなんだ。美咲ちゃんは物知りだね」
「えっ、そんな反応なの?」
「何が?」
「ううん、何でもないのよ。知らぬが仏って言うしね」
「え、ちょっと待って。悪いことなの?ここまで言っちゃったんだからさ最後まで言って?ね?」
「うーん、私は極力山田を傷つけたくないのよ。ね?分かって」

小首をかしげながらおっしゃるその姿は綺麗でそれで忘れてもいいけれど、寧ろそれは全部言っちゃっているのでは?
俺を傷つけたくないってことは傷つく事って言ってるのと同じだからね。
思わずかも知れないけど言ってるから。
しかし、和菓子で俺が傷つくとは……うーん、美咲ちゃんのヒントは和菓子の共通点……全てにくず粉……あれ、えっそういう事?そんなに単純な悪口なの?

つまり俺をクズと言いたかっただけ?
そんな……子供かっ!!
あっ、子供だったわ。見た目も年齢も間違いなく子供だったわ。
あんなに俺のことを警戒しておいて、こんな子供みたいなことで俺に伝えて来るなんて……


釈然としないけどまあ、食べた葛菓子は美味しかったから、生意気なあのロリっ子のここ数日の悪さを水に流してやろうと心の優しい大人な俺は思った。

そして、いつか必ず信頼を回復できるように頑張ろうとも。
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