7 / 17
第二章
ある夏の日の山田くん
しおりを挟むうだるような暑さが連日続く今日この頃。早朝だと言うのに前日の暑さが居残りされ、急勾配の坂道も俺を拒むかのように邪魔をする。
そこまで俺を美咲ちゃんの家に行かせたくないのか、しかし俺はここで負けるような柔な奴ではない!!と変な対抗心でペダルを踏み込む。
登り切ってしまえば美咲ちゃんの家はすぐそこだ。
肌に張り付くティーシャツに僅かな苛立ちを向ける。
お年頃な女性宅に行くのにほのかに香る男子臭をさせたままお邪魔するのもいかがなものかと思い始めた。明日から替えのティーシャツを持参するか……
鍵を開けてガラガラと引き戸を引く。
いつものようにあまり足音を立てないように静かに進み俺のテリトリーとなってきた台所へ移動する。
ついいつもの癖で二人分を作ろうとしてしまう。いかんいかん、三人分になったんだ。
そう、季節は夏、俺達大学生が夏休みになる少し前に世の小中高生のバカンスが始まっているため、あの生意気ロリっ子も俺らの夏休みにお泊まりに来ている。
全くもって迷惑な話だ。
奴は今中三と言うことで、「夏を制する者は受験を制す」の夏なのだ。
「美咲お姉ちゃんにお勉強教えてもらいたいの……ダメ?」と言った奴のウルウル目に天誅っ!!と持ってた菜箸を投げつけなかった俺を誰か褒めていただきたい。
俺と美咲ちゃんのアバンチュールな夏を返せ!!四六時中見張って邪魔ばっかりしやがって。
暑さのイライラなのか奴へのイライラなのか、よく分からない苛立ちはどこに向けようがないものなんだけど。
「おはよう山田、暑いのにご苦労なことだな。一日ぐらい休んでもいいんだぞ?」
「おはよう不二子ちゃん。休んだら山田解任にするつもりなんだろう?その手には絶対乗らないから」
「せっかく私のなけなしの優しさをあげたと言うのに……それをきちんと受け取れないとは可哀想なやつだな山田」
やれやれと呆れ顔をしつつ糠漬けのキュウリ様の端っこをボリボリとつまみ食いする。
お行儀が悪い。それは美咲ちゃんにあげる分なんだぞ。
不二子ちゃんのご両親、つまみ食いしてはいけませんってちゃんと教えておいてもらわないと困るぞ、全く。
ふんふん怒りながら、テーブルに朝食をセットしていく。それが終わる頃、美咲ちゃんが手を引かれてやって来た。
あぁ癒やされる。さっきまでのイライラがどこかに行くようだ。
まだボサボサのままの髪の毛に癒やされる日が来ようとは思ってもみなかったな。
生意気つまみ食いロリっ子がお泊まりしている間は俺の仕事の一つである「美咲ちゃんを起こす」任務を一時的に辞めさせられている。
因みに朝一番に美咲ちゃんが耳にする音が俺の声でないことにかなりご立腹であることを伝えておこう。
そしてさらに俺を苛立たせることに何と二人は同じベッドで寝ているのだ。
お年頃の二人が同衾しているなんて……間違いがあったらどうするんだ!!
ここ数日、気が気でない。
「山田?どうしたの?」
目の前を見れば心配そうな顔をした美咲ちゃん。
「ん、何?どうもしてないけど」
「そう、ならいいんだけど。卵焼きを親の敵ぐらいにすっごい怖い顔で見てたから」
どうやらロリっ子への怒りが表情に出ていたらしい。
せっかくの美咲ちゃんとの食事のひと時だったのに、憎き奴のせいで台無しになってしまうところだった。
ちらりとロリっ子を見ればしたり顔で笑って嫌がった。くそっ、まんまとこいつの手に乗ってしまったと言うことか……いつか絶対に仕返ししてやる。
決意と共に糠漬けのキュウリ様をバリバリと噛み砕いた。
夏休みでも出かける用事のない俺は、ついでにと美咲ちゃんのお昼も作っている。
つまり一日中美咲ちゃんと一つ屋根の下状態なのだ。
しかし悲しいかな邪魔者がいる。振り向けば奴がいる状態で俺の「いい旦那になれるよ」アピールが出来ない。
今日は珍しく自分の家に一時帰宅中だけど、帰ってきたらまた邪魔されるんだろうなってやさぐれていた俺に朗報がやって来た。
「やっぱり受験生とか関係なく、お盆に親戚一同集まるから来なさいって言われたの。美咲お姉ちゃんにお世話になりっぱなしも悪いでしょうって。正論すぎで反論なんて出来なかったから、数日間だけどお泊まり行ってくるね美咲お姉ちゃん」
「えっ?あーうん、そうだよね。大事だよね。親戚の集まりは行かなきゃだもんね」
ちょっと残念そうな美咲ちゃん。
でも、俺は数日とはいえ邪魔者がいない!!やった、奴が帰ってくる前に少しでも美咲ちゃんの好感度を上げなければ!!と浮かれていた。
いや、思わず鼻息が荒くなってしまったのは、本当に仕方ないと思う。ごめんなさい。
美咲ちゃんと不二子ちゃんは従姉妹だけど、不二子ちゃんだけお盆のお集まりってことはお父さん側の親戚なのかな?ってか、忘れてたけど俺って美咲ちゃんのご両親に一度も会ったことないんだけど……あれ?ってか卒業式にもいなかったような……あー美咲ちゃんしか見てなかったから他の記憶があんまり無いな。
「でね、数日間でも変態山田と二人っきりは凄く不安だから取り敢えずこれ、防犯ブザー渡しておくね。あと、周辺に変質者をよく見かけますって警察に連絡しておいたから、パトロールとか増えると思うの。だから安心してね」
おいぃぃ、ロリっ子ぉぉ。何してんだコラ。数日間だけでも俺に優しくしてあげようとは思わないのかコラ。
全く、これだからお子ちゃまは。
ロリっ子が次々に美咲ちゃんに渡していくのは防犯ブザー。しかも数が多い。十個は超えてるんじゃないかな。
そして、俺にバチバチと見せつけながら出していくスタンガン。これも十個は確実に超えていると思う。
ふむ、これはあれかな?
俺が美咲ちゃんになにやら大人のビデオ屋さんでピンクに囲まれている部屋に置いてあるやつの様な事をするって思っているのかな?
ふっ、ロリっ子よぉ俺をなめてもらっちゃぁ困るんだよ。
そんなこと畏れ多すぎて出来るわけないだろ!!
寧ろそんな最低な犯罪やりたくも無いわ。
あっ、盗聴はしてたわ。
前科あったし……あー端からそう見られても仕方がないってことか……ストーカーってやるもんじゃないな。本当に。
地味にダメージを食らった俺にロリっ子が差し出した紙袋。
中に入ってる箱を開けてみるとぎっしりと和菓子が入っていた。
「まあ、数日とはいえ世話になったから。お礼?的なやつですよ」
少し照れてるのか頬を赤くしながら不二子ちゃんが言う。
えっ?デレ?ツンツン警戒からのデレなの!?
何それギャップ萌えじゃん。キュンとは来ないけど、これから見方変わっちゃうぞ?ちょっといい奴って思っちゃうぞ?
少しだけ機嫌のよくなった俺はどうせなら皆で食べようとお茶を入れるために台所へ。
ポコポコとお湯が沸き出す頃に、美咲ちゃんがやって来た。
おや珍しい、あの初日以降美咲ちゃんがここに入ってくることはなかったのに。
「どうしたの?美咲ちゃん?」
「葛きり、葛餅、葛まんじゅう、水無月。さて問題です、これら全てに共通するものは何でしょう」
「えっ?なにいきなり。クイズなの?美咲ちゃん。うーん、何だろうな。和菓子?」
「残念、不正解です。正解はくず粉よ」
「くず粉?」
「全てに使われているものよ」
「ふーん、そうなんだ。美咲ちゃんは物知りだね」
「えっ、そんな反応なの?」
「何が?」
「ううん、何でもないのよ。知らぬが仏って言うしね」
「え、ちょっと待って。悪いことなの?ここまで言っちゃったんだからさ最後まで言って?ね?」
「うーん、私は極力山田を傷つけたくないのよ。ね?分かって」
小首をかしげながらおっしゃるその姿は綺麗でそれで忘れてもいいけれど、寧ろそれは全部言っちゃっているのでは?
俺を傷つけたくないってことは傷つく事って言ってるのと同じだからね。
思わずかも知れないけど言ってるから。
しかし、和菓子で俺が傷つくとは……うーん、美咲ちゃんのヒントは和菓子の共通点……全てにくず粉……あれ、えっそういう事?そんなに単純な悪口なの?
つまり俺をクズと言いたかっただけ?
そんな……子供かっ!!
あっ、子供だったわ。見た目も年齢も間違いなく子供だったわ。
あんなに俺のことを警戒しておいて、こんな子供みたいなことで俺に伝えて来るなんて……
釈然としないけどまあ、食べた葛菓子は美味しかったから、生意気なあのロリっ子のここ数日の悪さを水に流してやろうと心の優しい大人な俺は思った。
そして、いつか必ず信頼を回復できるように頑張ろうとも。
0
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる