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奴隷商イベント

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 目前に広がるのは緑が深い森だった。最近のバーチャルリアリティはここまでリアルになっていたのか。ユーザーインターフェースすらないし。現実と言われても信じてしまいそうなほどだ。

 で、何をすればいいのか。まずはチュートリアルが始まるものでは。海外でよくある不親切系のゲーム?

 適当に歩けばイベントが発生するだろう。よし、と歩き始めて気がついた。

「……」

 なんで俺はジャージを着て? しかも裸足だし。地面には石ころが落ちていて普通に痛かった。そりゃあ家で着ていたけれども。

 ヘッドセットにスキャン機能なんてついてたかな。もしついていたとして、着てる服をそのままゲーム内に登場させる意味がわからなかった。没入感は嫌でも上がるが。

 というか、現実感が出すぎてテンション下がるまである。まあいい、課金もしたし糞ゲーでもしばらく付き合うことにしよう。

 再び歩き始めるとポケットに違和感を覚える。まさぐってみると綺麗なシルバーの指輪が出てきた。装飾はなく不思議な文字が彫られている。試しに指にはめてみたが何も起こらなかった。

 インベントリはどこにあるんだ。メニューの開き方も謎だし。一度ステータスを確認してみたいのだが。

「メニュー……オープン、メニュー……」

 音声ではない。ジェスチャーかと思って色々手を動かしてみるも反応なし。不親切のレベルを超えすぎでは?

 手探りでゲームを進めるしかないのか。気を取り直してしばらく歩くが人っ子ひとり見当たらない。オンラインゲームじゃなかった疑惑が浮上するな。

 不人気なゲームだったら仕方ないがそんなゲームに課金するやつ……少なくともここにいるか。

 チュートリアル空間と思って精神の安定をはかろう。しかし、こんな自然に囲まれた場所を歩くなどいつ振りだ。存外悪くはなかった。

「おっと」

 茂みを抜けたと思ったら整地のされた道に出る。十メートルぐらいと幅はそれなりに広い。木々に挟まれてまっすぐな道が左右に続いていた。

「あれ、トラックか?」

 左手遠くに見慣れないトラックが一台止まっていた。がっつりファンタジーなゲームかと思いきやだ。銃があるのなら車もありと。追加の特殊武器が気になってきたが後で受け取りかな。

 そして、何やらいさかいごとらしい。近づくにつれて、わーわーと声が聞こえてきた。ようやくイベントの開始ってことだろう。

 剣を振っている姿が見えてくる。ゲームだから当たり前なのだが、こうリアルだと少し怖い。銃の発砲音も聞こえてきた。

 剣と銃が入り乱れるというのも妙な感じだ。見つからないほうがいいのかな。道を外れて森に入り、姿勢を低くしてさらに近づいてみた。

「おら!」
「ぐっ!」

 見るからに悪人風なのが善人風のやつを斬り伏せた。血がドバドバ吹き出している。ゴア表現はありなのか。

 すでに地面には五人の人間が転がっている。残ってるのは悪人風が二人に善人風っぽいのが一人。すぐに悪人が一人沈んだ、と思ったらそこにもう一人の悪人が……。

「ぐう……!」

 背中を斬りつけられやられたかと思った善人が振り向いて剣を刺した。

 身体を貫かれた悪人が地面に倒れ、斬られた善人もその上に倒れる。結局相打ちか。対戦ゲームでたまにあるやつ。

 それで、この状況をどうしろと。色々指示してくれるマスコット的な妖精さんはどこに。ここまで不親切なのも珍しかった。

 自主的に動くしかないか。とりあえず積荷のチェックからだ。トラックの後ろに回って幌をめくると六人の男がいた。

 左手首に腕輪がついていて鎖が伸びている。捕まっているのか?

「えっと……無事?」

 NPCに話しかけるのも冷静に考えると馬鹿らしい。

「は、はい……」
「これからどうすればいいんだ?」

 口調が自然とぶっきらぼうになってしまう。数は六人だ。

「あの、あなたは……?」
「え、俺?」

 その会話に意味があるとは思えないが。

「誰ってわけでもないけど。そっちは?」
「奴隷です」

 奴隷だと……?

 ゴア表現といい最近のオンラインゲームは過激なんだな。グロいのはあまりだが奴隷なら大歓迎。しかし、男ばかりなのはどういうわけか。

「逃がせばいいんだな」

 運転席から転がり落ちたみたいに死んでるのが奴隷商人とかなのでは。誰も見てないし、ここで奴隷に恩を売ってストーリーが進むやつとみた。

「とんでもない!」

 あれ、違ったな。

「私たちは正式な手続きを踏んで奴隷になっています。勝手に逃げれば逃亡奴隷の身分にまで落ちてしまうので、逃げるわけにはいきません」

 そういうものらしい。

「じゃ、どうする?」
「町まで連れていっていただけると……」

 そう言われてもな。このトラックを俺が運転するのか? 教習所以外では軽自動車しか乗ったことがなく、免許はオートマ限定のペーパードライバーには少々難易度が高かった。

 車に乗るゲームはほとんどやったことがないんだけれど、やるしかないな。ようやく進んだイベントだ。

「この道を真っすぐ進めばいいのか?」
「おそらく……」
「わかった」

 この死体がつけてる装備を奪っていいのかどうかについて。ルート分岐ありなら間違いなく盗賊ルートに入りそうだ。ここは善人を演じることにしよう。

 邪魔だから運転席の近くにいた奴隷商(仮)を動かそうとすると咳き込んだ。もしかして生きていらっしゃる?

「あのー、大丈夫ですかね」
「う、ぐぅ……」

 完全に大丈夫そうじゃないな。置いていくよりは連れて行くべきだろう。肩を貸して助手席まで運び、トラックに乗せる。それから運転席に座った。

 どうやらこのトラックはオートマらしい。鍵は刺さったままだったのでエンジンをかける。律儀にシートベルトをして発進だ。こう現実に近しいとゲームをしている気にはならなかった。



 ◇



 森を抜けると平野が広がっていた。整地されて道ができているため迷うことはないけれど、他に走る車がないと不安だ。

 しかし、なぜこうもどんよりした天気なんだか。ゲームの始まりぐらい晴れ晴れとした気持ちにさせて欲しかった。

 しばらくトラックを走らせていると正面に壁が見えてきた。左右に高い壁がずっと続いている。町をモンスターから守るみたいな? その割りに周囲にはモンスターの一匹もいなかった。

 開け放たれた門に近づくと衛兵らしき人物が進行方向に立つ。このまま直進するのも面白いが止まることにしよう。

「IDカードを出せ」

 ドア越しにそんなことを言われる。持ってないし一度降りるか。

「助手席にケガ人が乗っているんだが」
「ケガ人だと?」

 助手席に周り、ドアを開けて見せてやる。

「こりゃあ……何があった?」

 起こったことを適当に説明する。いや、俺がする意味よ。息も絶え絶えの奴隷商(仮)が別の車に乗せられ運ばれていった。

「それで、お前は森で何をしていたんだ?」

 そこは想像力を働かせてほしい。

「IDカードは?」
「……」

 話にならない。俺は行かせてもらう。

「おい待て!」

 当然のごとく捕まった。

「一度詰め所まで来い」

 このまま逮捕とか? 豚箱から始まるのもありがちだ。

 その時、町の中から走ってきた黒塗りの車がすぐ横で止まり、後部座席から人が出てきた。黒のスーツでビシッときめ、腕には当然のようにゴールデンウォッチだ。

「待ってください」

 男は衛兵に何かを握らせた。山吹色のお菓子か。いきなりこんなキャラが出てくるとは飛ばしている。そして、俺に頷きをくれた。ついて来いと?

 恐る恐る衛兵から離れると今度は止められなかった。

 ゴールデンな男は黒塗りの車に乗り込む。俺も乗っていいんだよな、と思い中を見ると促された。では失礼して。

 後部座席に乗ってドアを閉めると町の中へ走り出す。窓から流れる景色はとてもファンタジーな世界には見えなかった。

 レンガ調の建物もあるがコンクリートも多い。道は見慣れた道路で、信号まであって不思議な感覚だ。ハンバーガーの看板とかあるし。

 でも、日本の雰囲気じゃなかった。海外に来たみたいとでも言うべきか。そもそも行ったことないけれど。

 歩いてる人の姿を見るとコスプレかってぐらいの見慣れなさだ。角や尻尾が生えてるわけで。あの耳の長い美人はエルフってところか。ここらへんはファンタジー満載だった。

「まずは礼を言わせていただきます。ありがとうございました」

 格好からしてお偉いさんだろう。礼は現物で頼む。

「たまたま通りかかっただけだ」
「あなたがいなければ大損害をこうむるところでした」

 それはそれは。色々と期待して良さそうだった。

「私はマルスク商会のゴルマフと申します」
「俺はナカムラだ」
「我々の所有するビルに来ていただきますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」

 思わずへりくだりそうになるがゲームを思えばな。

「ところでナカムラ様、奴隷には興味がおありで?」
「多少は」

 嘘です。興味津々です。

「それは僥倖。ぜひとも私どもの商品を見ていただきたい」
「そうさせてもらおう」

 やはり奴隷商というのは間違いないようだ。仲間を増やすためにある奴隷システムなのだろう。そもそもオンラインゲームなら仲間は他のプレイヤーなんだけれど。不人気になることを見越して、みたいな。

 しばらくすると路肩に車が止まる。出ていいのか迷っているとドアが外から開けられた。黒いサングラスをかけた黒服が開けてくれたらしい。降りろってことか。

 よっこいせと外に出たら周りは高いビルだらけだった。

「こちらへどうぞ」

 続いて降りてきたゴルマフの後を追って目の前にあるビルへ入った。現実だと言われても納得しそうな内装だが、文字が日本語ではない。この世界独自の言葉があるのか。
 
 そして、乗るのがエレベータときた。いやまあこれだけ高いビルなのだからないと不便だが。押されたボタンは最上階の三十五階だ。

 ドアが閉まっての動き出しはスムーズそのもの。あっという間に三十五階についた。

 そこから続くのは長い廊下で壁にはいくつもの絵画が飾られている。価値はわからないがどれも高そうな雰囲気があった。現実の絵がモチーフにされているのかもしれない。

 廊下の最奥にはドアが一つ。そこを開けると広い部屋に出た。

 中央に四角のテーブルと黒革のソファーが向かい合って置かれているだけの部屋で、左奥にはドアがもう一つある。正面は一面がガラス張りだ。

「街並みを眺めてみますか?」
「そうしよう」

 その前に立つと人がゴミのようだってやつ。どんよりさは地上よりマシに見えた。空気が悪い設定でもあるのかな。

 しかし、ゲームとはいえガラスを突き破って飛び降りでもしたら精神的に死にそうだ。バーチャルリアリティのゲーム中に死人が出るのも頷ける。

 恐怖心を堪能してソファーに座ると、入ってきたドアとは別のドアから執事服を着た男がカートを押して入ってきた。

 テーブルの近くでカートを止めると一礼。カップをテーブルの上に置いて飲み物を注ぎだした。紅茶っぽい色だ。

 執事服の男は仕事を終えると部屋から出て行く。入れ替わるようにして入ってきたのは黒服の男。手にはこれまた黒いジュラルミンケースを持っている。

 そして、テーブルの上にそのケースを置くと黒服の男も部屋を出て行った。

「さて」

 ゴルマフは短く呟きケースに手をかけて開く。そこには札束がこれでもかと綺麗に詰められていた。
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