33 / 65
弐の巻 豆福入れ替え騒動
五
しおりを挟む
伊勢本屋に狆がいないとなれば、豆福捜索は振り出しに戻ってしまう。噂が広まり過ぎて、他の店の名は全く出てこない。しかも、伊勢本屋の噂を二人が否定しても、新たな情報が入って来ないような状況だった。
「何の噂もないならば、やはり例の男を捜した方が早いのかもしれぬな」
既に豆福すり替え事件から十日が過ぎている。抜け丸改めお蝶は暢気なもので、新しい住居にすっかり慣れている。特に女同士波長が合うのか、茜と佐喜によく懐いている。しかも、名を呼べば周五郎にも尻尾を振ってついて行く始末だ。
「お蝶は豆福以上に人懐こいな。あれでは我らの飼い犬だと思われてしまうぞ」
「それならば、豆福も誰かに懐いておるのだろうか?」
そうであって欲しいと、愛犬豆福の無事を祈りながら菊が呟いた。
「気落ちするではないぞ、菊殿。絶対に豆福は見つかる、いや見つけるからな」
光之助は気合を入れ直し宣言した。
翌日、二人が道場から戻ると見知らぬ女がいた。葛飾の米農家の女房で、名は松というらしい。奉行所の奥玄関の前で倒れていたのを佐喜が見つけて、介抱したそうだ。
話を聞くと日本橋にある米問屋の小島屋で奉公している息子の三太が、奉行所で悪さを働いたため店を追い出されたという。
「でも、そんな話は誰も知らないの。念の為、母上が確認したのですが、同じような答えが帰ってきたそうよ」
口止めされているのか、店の奉公人は一様に詳しい内容を教えてくれなかった。胸を痛めたお松は、最初当番の北町奉行所に行ったそうだ。
「あちらでも、そんな事件はないと追い返されました。だから、こちらかもしれないと思い……」
南町奉行所にやって来たという。それなのに、ここでも同じような対応をされて、力尽きてしまったというわけだ。
「可愛い息子が悪者にされ店を追い出されたというのに、母親の私が何もできないなんて辛くて、辛くて」
小島屋の言い分が曖昧すぎて、嘘か真かわからない話だ。
「他に店を辞めさせる理由があったのかもしれないが、どうして奉行所の名を出すのだろうか?」
「奉行所で悪さを働く。もしかしたら、それは豆福のことではないかしら?」
佐喜がはっとひらめいた。
「ちなみに三太殿の年は幾つくらいなのか?」
「今年で十三になります」
「そうか十三歳か。我らの後をついて来た男とは違うようだが、気になる話だな」
「菊殿、念のためにその米問屋を当たってみようか?」
「うむ」
「何の噂もないならば、やはり例の男を捜した方が早いのかもしれぬな」
既に豆福すり替え事件から十日が過ぎている。抜け丸改めお蝶は暢気なもので、新しい住居にすっかり慣れている。特に女同士波長が合うのか、茜と佐喜によく懐いている。しかも、名を呼べば周五郎にも尻尾を振ってついて行く始末だ。
「お蝶は豆福以上に人懐こいな。あれでは我らの飼い犬だと思われてしまうぞ」
「それならば、豆福も誰かに懐いておるのだろうか?」
そうであって欲しいと、愛犬豆福の無事を祈りながら菊が呟いた。
「気落ちするではないぞ、菊殿。絶対に豆福は見つかる、いや見つけるからな」
光之助は気合を入れ直し宣言した。
翌日、二人が道場から戻ると見知らぬ女がいた。葛飾の米農家の女房で、名は松というらしい。奉行所の奥玄関の前で倒れていたのを佐喜が見つけて、介抱したそうだ。
話を聞くと日本橋にある米問屋の小島屋で奉公している息子の三太が、奉行所で悪さを働いたため店を追い出されたという。
「でも、そんな話は誰も知らないの。念の為、母上が確認したのですが、同じような答えが帰ってきたそうよ」
口止めされているのか、店の奉公人は一様に詳しい内容を教えてくれなかった。胸を痛めたお松は、最初当番の北町奉行所に行ったそうだ。
「あちらでも、そんな事件はないと追い返されました。だから、こちらかもしれないと思い……」
南町奉行所にやって来たという。それなのに、ここでも同じような対応をされて、力尽きてしまったというわけだ。
「可愛い息子が悪者にされ店を追い出されたというのに、母親の私が何もできないなんて辛くて、辛くて」
小島屋の言い分が曖昧すぎて、嘘か真かわからない話だ。
「他に店を辞めさせる理由があったのかもしれないが、どうして奉行所の名を出すのだろうか?」
「奉行所で悪さを働く。もしかしたら、それは豆福のことではないかしら?」
佐喜がはっとひらめいた。
「ちなみに三太殿の年は幾つくらいなのか?」
「今年で十三になります」
「そうか十三歳か。我らの後をついて来た男とは違うようだが、気になる話だな」
「菊殿、念のためにその米問屋を当たってみようか?」
「うむ」
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】
naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。
舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。
結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。
失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。
やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。
男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。
これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。
静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。
全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる