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宝石街への外出
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宝飾街は、婚約を破棄されたばかりのリシェルにとっては光が多すぎるように感じられた。
馬車を降りたリシェルは、アシュの腕を借りて歩いていた。
昨日、アシュと練習したとおりに寄り添って歩く。彼と親しく見えればいいけれど。
アシュの歩調は、昨日と同じようにリシェルに合わせられていた。ゆっくりと、無理なく歩ける速度で。
すれ違う人が、こちらに目を向ける。いたたまれなくなって、リシェルは視線を落とした。
「視線は気にするな。悪いことをしているわけではないのだから、堂々としていればいい」
「……気になります」
気になるのは、嘘ではなかった。周囲の視線が、針みたいに刺さっているように感じられる。
「あの方……ヴァルドワ侯爵家の……王宮魔導師の方よね」
「隣にいるのは、アルベルト家の令嬢ではなくて?」
リシェルは、反射で笑顔を作りそうになった。よい令嬢の仮面。波風を立てない笑顔。
だが、アシュはわずかに首を横に振る。
リシェルは笑顔を引っ込めて、ただ背筋を伸ばした。
アシュの教えた通りに、視線を前に向ける。時々、彼を見上げて微笑む。
この国の貴族達にとって、こうやって宝飾街を散策するのは、よくあることだ。知り合いとも、すれ違うこともある。
そんな中、アシュが、ある店の前で足を止めた。
古い宝飾店だ。入り口には、王家御用達という証が掲げられている。硝子窓の奥には、アンティークの宝飾品が並んでいた。
「ここだ」
アシュがドアを開け、リシェルを先に中に通してくれる。
店内は、外の喧騒が嘘のように静かだった。厚い絨毯が足音を吸い込み、天井から下がるシャンデリアが柔らかい光を落としている。
白髪の店主が、カウンターから顔を上げた。
歳は七十を超えているだろうか。背中は少し丸まっているが、目は鋭い。長年、本物と偽物を見分けてきた目だ。
「おやおや、これはこれは。ヴァルドワ侯爵家のご子息が……婚約者の方でしょうか?」
店主が目を細めた。
恋人連れ。
その言葉が耳に残って、思わず視線を落とす。そんな風に見えるだろうか。いや、見えなければ困るのだが。
店主の視線が、リシェルの右手の指輪に落ちた。
「お嬢さん、その指輪……珍しい刻印だ。見せてもらえますか」
店主は眼鏡を上げ、じっと指輪を見つめてくる。
「それは外れないぞ。俺が贈ったものだからな」
「それはそれは……アシュ様が魔術をかけたものでしたか」
アシュの言葉に、店主は笑った。どんなものかはわからなくとも、アシュの贈ったものは魔術がかけられていると悟ったようだ。
「見る分にはかまわない。リシェル嬢、見せてやってくれ」
リシェルは、そっと右手を差し出した。
店主は、ルーペを取り出して指輪を覗き込む。青い石が、光を受けて揺れた。
「ほう……これは。古式ですね。王宮の誓約具に似ている」
店主が感嘆の声を上げる。
その言葉に、リシェルの背筋が伸びた。
「青石は『虚偽を照らす』。誓約の相互拘束……外れない代わりに、外す条件が決まっている……このような指輪は、今ではほとんど作られません。細やかな魔術が素晴らしい。アシュ様の作られたものですな」
「そうだ」
「ありがとうございました。素晴らしい品を見せていただきました」
その言葉に、アシュは肩をすくめただけ。リシェルもそっと手を引いた。
「……これはどうだ? 君の髪に映えるだろう」
アシュが取り上げたのは、真珠を並べた古風な細工の髪飾りだった。
「……ですが」
「守りの魔術がかけられている。使ってくれ」
「……ありがとうございます」
アシュが使うようにと言うならば、何か理由があるのだろう。ありがたく使わせてもらうことにする。
通りの向こう側から、こちらに視線が突き刺さる。リシェルと同年代の令嬢達だ。あの夜、ハイランディア侯爵家の夜会に招待されていた令嬢達だ。
リシェルの視界が、一瞬揺れた。
あの夜の記憶が走馬灯のように蘇る。
リシェルとの婚約を破棄すると言った、ローグの声まで。
足が、もつれそうになって歩幅が乱れた。
逃げたい――そう思ってしまう。
するとアシュは、そっとリシェルの歩調に合わせた。
ただ合わせるだけで、せかすことはない。ただ、リシェルをしっかりと支え、自分の歩調を落としてくれた。
宝飾街を抜けると、広場に出た。ここまでは、貴族達も集まっていないようだ。
リシェルは、ようやく大きく息を吐いた。
「……すみません」
謝罪しながらアシュを見上げると、彼は首を横に振った。
「謝ることはない。何を言われても耐えたではないか」
彼の言葉が、胸に温かく広がった。逃げなかった、耐えたことを、彼は認めてくれた。 家族は誰も褒めてくれなかった。家族は誰も認めてくれなかった。ただ「失敗した」と責められるだけだった。
けれど、アシュは違う。リシェルに役割を与え、その役割をきちんと果たせたら認めてくれる。
それだけで、家族と共にいるよりアシュといる方が気が楽だ。
「次は、劇場にでも行こうか」
「アシュ様は、観劇をなさるのですか?」
「……いや、婚約者同士なら観劇をするものだろう」
リシェルは、目を瞬かせた。
観劇をするもの。アシュは、婚約者として正しくふるまおうとしているらしい。
それがとても嬉しく、それと同時に、この関係が契約であることを改めて強く意識させられた。
馬車を降りたリシェルは、アシュの腕を借りて歩いていた。
昨日、アシュと練習したとおりに寄り添って歩く。彼と親しく見えればいいけれど。
アシュの歩調は、昨日と同じようにリシェルに合わせられていた。ゆっくりと、無理なく歩ける速度で。
すれ違う人が、こちらに目を向ける。いたたまれなくなって、リシェルは視線を落とした。
「視線は気にするな。悪いことをしているわけではないのだから、堂々としていればいい」
「……気になります」
気になるのは、嘘ではなかった。周囲の視線が、針みたいに刺さっているように感じられる。
「あの方……ヴァルドワ侯爵家の……王宮魔導師の方よね」
「隣にいるのは、アルベルト家の令嬢ではなくて?」
リシェルは、反射で笑顔を作りそうになった。よい令嬢の仮面。波風を立てない笑顔。
だが、アシュはわずかに首を横に振る。
リシェルは笑顔を引っ込めて、ただ背筋を伸ばした。
アシュの教えた通りに、視線を前に向ける。時々、彼を見上げて微笑む。
この国の貴族達にとって、こうやって宝飾街を散策するのは、よくあることだ。知り合いとも、すれ違うこともある。
そんな中、アシュが、ある店の前で足を止めた。
古い宝飾店だ。入り口には、王家御用達という証が掲げられている。硝子窓の奥には、アンティークの宝飾品が並んでいた。
「ここだ」
アシュがドアを開け、リシェルを先に中に通してくれる。
店内は、外の喧騒が嘘のように静かだった。厚い絨毯が足音を吸い込み、天井から下がるシャンデリアが柔らかい光を落としている。
白髪の店主が、カウンターから顔を上げた。
歳は七十を超えているだろうか。背中は少し丸まっているが、目は鋭い。長年、本物と偽物を見分けてきた目だ。
「おやおや、これはこれは。ヴァルドワ侯爵家のご子息が……婚約者の方でしょうか?」
店主が目を細めた。
恋人連れ。
その言葉が耳に残って、思わず視線を落とす。そんな風に見えるだろうか。いや、見えなければ困るのだが。
店主の視線が、リシェルの右手の指輪に落ちた。
「お嬢さん、その指輪……珍しい刻印だ。見せてもらえますか」
店主は眼鏡を上げ、じっと指輪を見つめてくる。
「それは外れないぞ。俺が贈ったものだからな」
「それはそれは……アシュ様が魔術をかけたものでしたか」
アシュの言葉に、店主は笑った。どんなものかはわからなくとも、アシュの贈ったものは魔術がかけられていると悟ったようだ。
「見る分にはかまわない。リシェル嬢、見せてやってくれ」
リシェルは、そっと右手を差し出した。
店主は、ルーペを取り出して指輪を覗き込む。青い石が、光を受けて揺れた。
「ほう……これは。古式ですね。王宮の誓約具に似ている」
店主が感嘆の声を上げる。
その言葉に、リシェルの背筋が伸びた。
「青石は『虚偽を照らす』。誓約の相互拘束……外れない代わりに、外す条件が決まっている……このような指輪は、今ではほとんど作られません。細やかな魔術が素晴らしい。アシュ様の作られたものですな」
「そうだ」
「ありがとうございました。素晴らしい品を見せていただきました」
その言葉に、アシュは肩をすくめただけ。リシェルもそっと手を引いた。
「……これはどうだ? 君の髪に映えるだろう」
アシュが取り上げたのは、真珠を並べた古風な細工の髪飾りだった。
「……ですが」
「守りの魔術がかけられている。使ってくれ」
「……ありがとうございます」
アシュが使うようにと言うならば、何か理由があるのだろう。ありがたく使わせてもらうことにする。
通りの向こう側から、こちらに視線が突き刺さる。リシェルと同年代の令嬢達だ。あの夜、ハイランディア侯爵家の夜会に招待されていた令嬢達だ。
リシェルの視界が、一瞬揺れた。
あの夜の記憶が走馬灯のように蘇る。
リシェルとの婚約を破棄すると言った、ローグの声まで。
足が、もつれそうになって歩幅が乱れた。
逃げたい――そう思ってしまう。
するとアシュは、そっとリシェルの歩調に合わせた。
ただ合わせるだけで、せかすことはない。ただ、リシェルをしっかりと支え、自分の歩調を落としてくれた。
宝飾街を抜けると、広場に出た。ここまでは、貴族達も集まっていないようだ。
リシェルは、ようやく大きく息を吐いた。
「……すみません」
謝罪しながらアシュを見上げると、彼は首を横に振った。
「謝ることはない。何を言われても耐えたではないか」
彼の言葉が、胸に温かく広がった。逃げなかった、耐えたことを、彼は認めてくれた。 家族は誰も褒めてくれなかった。家族は誰も認めてくれなかった。ただ「失敗した」と責められるだけだった。
けれど、アシュは違う。リシェルに役割を与え、その役割をきちんと果たせたら認めてくれる。
それだけで、家族と共にいるよりアシュといる方が気が楽だ。
「次は、劇場にでも行こうか」
「アシュ様は、観劇をなさるのですか?」
「……いや、婚約者同士なら観劇をするものだろう」
リシェルは、目を瞬かせた。
観劇をするもの。アシュは、婚約者として正しくふるまおうとしているらしい。
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