『白い診察室』

真田直樹

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リカバリーという考え方

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春の午後。

新宿メンタルクリニックの診察室。

藤川優斗はカルテを書きながら、ふと昔のことを思い出していた。

それは一年前。

優斗は日本を離れ、イギリスに留学していた。

精神医療の研修だった。

場所はロンドン郊外の精神医療センター。

建物は日本の病院とは少し違っていた。

鉄格子もない。

閉鎖病棟の雰囲気も弱い。

もっと「生活」に近い空間だった。

優斗は最初、驚いた。

研修医が言った。

「ここでは患者を“患者”と呼ばない」

優斗が聞く。

「では何と?」

研修医は笑う。

「サービスユーザー」

医療を受ける人。

つまり。

治療の主体は本人という考え方だった。

英国の精神医療で重視されていたのは

パーソナル・リカバリー

という考え方だった。

優斗は最初、その意味がよく分からなかった。

指導医が説明する。

「精神疾患は必ずしも完全に治るとは限らない」

優斗はうなずく。

統合失調症や双極性障害。

長く付き合う病気も多い。

医師は続けた。

「でも人生は終わらない」

「症状があっても」

「人は自分の人生を生きられる」

それが

リカバリー

だった。

英国では。

医師だけが治療を決めない。

患者。

家族。

ソーシャルワーカー。

ピアサポーター。

みんなで回復を支える。

優斗はある女性と出会った。

統合失調症の患者。

幻聴が残っていた。

それでも。

彼女は言った。

「私は働いている」

「友達もいる」

「幸せ」

優斗は驚いた。

女性が言う。

「声は今も聞こえる」

優斗が聞く。

「怖くない?」

女性は笑う。

「慣れた」

そして言った。

「声があっても人生はある」

その言葉は、優斗の心に残った。

日本の精神医療。

多くは

症状を消す医療。

英国の精神医療。

それは

人生を取り戻す医療。

優斗はロンドンのカフェでノートに書いた。

「治療とは何か」

薬で症状を消すこと。

それも大事。

でも。

それだけでは足りない。

現在。

新宿メンタルクリニック。

優斗はカルテを閉じる。

診察室の窓の外。

新宿の街。

忙しい都市。

不安と孤独が集まる場所。

そこへ。

ノック。

「先生」

美咲だった。

統合失調症で入院していた女性。

今は社会復帰している。

優斗が言う。

「どう?」

美咲が笑う。

「仕事続いてます」

優斗は思う。

症状は完全には消えていない。

薬もまだ必要。

それでも。

彼女は自分の人生を取り戻している。

優斗が言う。

「それでいい」

美咲が不思議そうに言う。

「何がですか」

優斗は笑う。

「それが回復だから」

精神医療には

二つの回復がある。

医学的回復。

そして。

人生の回復。

優斗は英国で学んだその考えを、日本で少しずつ実践しようとしていた。
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