七人の刑事 ― 新宿警察署事件簿 ―

真田直樹

文字の大きさ
1 / 1

歌舞伎町の死体

しおりを挟む
夜の新宿は、昼とはまるで顔が違う。

西新宿の高層ビルに灯りが残るころ、歓楽街には別の人間たちが集まりはじめる。
酒を求める者。女を求める者。金を求める者。

そして――
その欲を食い物にする者たち。

ネオンが雨に濡れて光っていた。

歌舞伎町。

その裏路地で、男が死んでいた。

通報は深夜二時過ぎ。

通りかかったホストが、ゴミ袋の影に倒れている男を見つけた。

警察が到着したころには、雨は小降りになっていた。

黄色い規制テープの内側に、刑事たちが集まっている。

その中に、背の高い男が立っていた。

藤川優斗。

新宿警察署特別捜査班の刑事である。

彼はしゃがみ込み、遺体を見た。

スーツ姿の男。
年齢は三十代後半。

目立った外傷はない。

ただ――

首の後ろに、小さな針のような傷があった。

「毒かもしれません」

後ろから声がした。

振り向くと、白い手袋をはめた女性が立っていた。

新田里奈。

冷静な目をした分析官である。

藤川はうなずいた。

「騒ぎにならない殺し方だな」

里奈は遺体のポケットを調べている。

財布もない。
スマートフォンもない。

身元を示すものは何もない。

だが――

彼女の指が止まった。

「これ……」

小さな紙切れだった。

そこには、数字が並んでいる。

そのとき。

背後から低い声がした。

「なるほどな」

振り向くと、腕を組んだ大柄な男が立っていた。

内田佳祐。

元機動隊の刑事だ。

彼は路地を見渡しながら言った。

「争った形跡がない」

「つまり、油断していた」

その横では、煙草をくわえた男が壁にもたれている。

小林勝巳。

裏社会の情報に強い刑事である。

「歌舞伎町でスーツの男が毒殺か」

煙を吐きながら言った。

「ろくな仕事じゃないな」

遠くでパトカーの赤灯が回っている。

富田さゆりが、通行人の事情聴取をしていた。

尾上紀子は現場の写真を撮っている。

丹羽雅人は、スマートフォンで周囲の監視カメラを確認していた。

藤川は紙切れを見つめた。

そこには、ただ数字だけが書かれている。

だが――

その数字は、妙に規則的だった。

「座標かもしれない」

丹羽が言った。

キーボードを叩く。

数秒後。

彼の眉が動いた。

「場所が出ました」

藤川が聞く。

「どこだ?」

丹羽は言った。

「新宿の地下です」

雨は、まだ静かに降っていた。

この小さな死体が、
やがて新宿の闇を揺るがす事件の始まりになるとは――

このとき、誰も知らなかった。

 新宿地下迷宮

新宿という街には、もう一つの顔がある。

それは――

地下である。

地下鉄。地下街。古い通路。
そして、誰も知らぬまま閉鎖された空間。

新宿の地下は、迷宮のように入り組んでいる。

翌日。

藤川たちは、数字の示す場所へ向かった。

地下鉄の出口から、古い通路へ入る。

そこは、すでに使われていない地下施設だった。

薄暗い蛍光灯。

湿ったコンクリート。

人の気配はない。

「気味が悪いな」

内田佳祐が呟いた。

勝巳は笑った。

「裏社会は、こういう場所が好きなんだ」

丹羽が端末を見ながら歩く。

「この先です」

やがて、彼らは鉄の扉の前で止まった。

鍵は壊されている。

最近誰かが出入りした形跡があった。

藤川が扉を押す。

ギィ……と音がした。

その中には――

古い部屋があった。

机。椅子。

そして壁いっぱいのモニター。

「監視室だ」

里奈が言った。

「誰かがここから街を見ていた」

モニターのひとつに、歌舞伎町の映像が残っていた。

夜の街。

人混み。

そして。

そこに映っていたのは――

昨日の被害者だった。

 裏社会の匂い

その夜。

藤川優斗は、歌舞伎町の裏通りを歩いていた。

夜の歓楽街は、人の欲がむき出しになる場所である。

ネオンの下には、必ず裏の商売がある。

小さな居酒屋の奥に入る。

そこには、情報屋がいた。

勝巳の知り合いだ。

男は酒を飲みながら言った。

「その死体か」

藤川は黙って頷く。

男は笑った。

「やばい事件だぞ」

藤川が聞く。

「どういう意味だ」

男は小さな声で言った。

「最近な」

「新宿の裏社会を、ひとつの組織がまとめ始めた」

勝巳が眉を動かす。

「どんな組織だ」

男は言った。

「名前はまだ出てない」

「だが」

グラスを置く。

「そいつらは、街を全部監視している」

藤川の頭に、地下のモニターが浮かんだ。

歌舞伎町。

西新宿。

大久保。

新宿の街を、

誰かが見ている。

その夜。

七人の刑事は、まだ気づいていなかった。

この事件が――

新宿という街のすべての闇を暴く入口になることを。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

乳首当てゲーム

はこスミレ
恋愛
会社の同僚に、思わず口に出た「乳首当てゲームしたい」という独り言を聞かれた話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

処理中です...