四人の令嬢と公爵と

オゾン層

文字の大きさ
59 / 101
婚約(正式)

三女の悩み

しおりを挟む



 __ある昼下がり。



 三女のエレノアは、この時間帯だといつものようにバルフレと離れに向かっていつものように彼の仕事を眺め、いつものようにお喋りしているはずだった。

 しかし、今彼女は離れにいない。ならば何処にいるのかというと、一番最初に来た時皆と茶を嗜んだあのテラスだった。


「うーん……」


 エレノアは、テラスから見える街並みを眺め、苦悩している。それはもう、誰が何処から見てもわかるほどの苦悩っぷりであった。
 何故彼女がここまで悩んでいるのか。それは、奇しくも婚約者と結ばれた姉妹二人が原因であった。


「クロエもルーナお姉様も、殿方と両想いになれたことは喜ばしいことだわ。でも……」



 私はどうしたらあの方バルフレと仲良くなれるのかしら


 これが今の彼女の悩みであった。



 エレノアにとって、バルフレは未だ謎に包まれた存在である。
 多くを語らず、表情を歪めず、何を考えているのかも定かではないバルフレの意思を、エレノアは未だ掴めずにいた。
 面白い話題を振っても返される言葉は無く、質問してようやく返してくれるが端的で短く会話も続かない。一度彼の仕事が休みの日があって、その時に遊びに誘った時もきっぱり断られてしまった。

 エレノアはできる限りのコミュニケーションを図ったが、今のところ全て惨敗であった。


「折角バルフレ様と正式に婚約したのに……これではお父様とお母様に示しが付きませんわ」


 そうして溜息を吐く……これをもうかれこれ1時間ほど続けていた矢先。


「あれ?エレノア?」


 テラスにディトが現れたのだ。


「あら、ディト様!どうして此方に?」

「仕事が落ち着いたから暇になっちゃってさ。そういうエレノアは?バル兄さんの離れにいると思ってたけど」

「今日はやめましたの……」


 見ればわかるほどに落ち込んでいるエレノアの様子に、ディトは見逃すという選択肢が選べなかった。


「うーん……見るからに元気がなさそうだけど、ていうか大体予想はついてるけどさ……バル兄さんのことでしょ?」

「そうです!そうなのです!!」


 話を振られた瞬間、エレノアの意識はディトへと前のめりに向けられる。5人兄弟の中でも一際飄々としているディトでさえ、これには狼狽えた。


「ああ、やっぱり……もう何が言いたいのかもわかってきちゃったけど、僕で良かったら聞くよ?」

「本当ですの!?」


 ディトからの親切心に、エレノアは苦悩で燻んでいた瞳を輝かせた。嬉々とした彼女の様子に、ディトは不思議なものを見るような目をしていた。





「……ということなのですわ!」

「あーなんかそれわかる!」


 エレノアが話し終えた頃、テラスは夕日に包まれ、茜色に染まっていた。だいぶ長い間話していたのだろう。聞き手であったディトもエレノアの話に同調して盛り上がっているようである。


 「いやさーバル兄さんってほんと愛想無いし感情も出さないからさ。時々何考えてるのかわからなくなっちゃうよねー」

「そうなのです!それに、話題を出してみても返してくれない時がありますし、表情もいつも怒っているのですよね」

「そうそう!あの人眉顰めてるわ口への字だわで全く笑わないからねー!」


 というか、これはむしろ愚痴大会であった。まさかこんな会話で意気投合するとは思わなかったであろう。


「本当に、どうやったら仲良くできるのかしら」


 ふと、今まで元気ハツラツに話していたエレノアの表情が曇りだす。


「時々、ではありませんわ。毎日ですけれど、バルフレ様の考えてることがわからなくなりますの。優しくしてくれる時もありますけど……」

「へ?優しい?あの人が???」


 これにはディトからの賛同の声はなく、意外なようであった。未だに目を瞬かせているのだからそうなのであろう。
 ディトは、先ほど盛り上がってきた時よりも少し、体を前に傾けて問いた。


「優しいって、具体的にどんな?」

「そうですわね……例えば、私が転びそうになった時、袖を引っ張って止めてくださったりとか、変な虫が近づいてきた時追い払ってくれたりだとか、私がゴトリル様とぶつかりそうになった時魔法で跳ね除けてくれたりとか……よく助けてくださるのですわ」

「あーこの前ゴト兄さんがムチウチになってたのそれね」


 エレノアが今しがた話したことは、実際に起こったことであったが、これ以外にも出来事は山ほどあった。



 エレノアが敷地内を散策してあまりの広さに迷子になった時、いつの間にかそばにいて見覚えのある場所まで案内してくれたこと。

 離れにいた時自分の髪が柱や壁の切れ目に引っかかった時も、適切な対処で外してくれたこと。

 魔法についての初歩的な注意をわざわざ教えてくれたこと。



 切り出せば出すほどあるのだが、その優しさともいえる行為以外は無関心かつ無愛想なもので、故にエレノアは心配が拭えなかったのだ。


「優しくしてくださるのは嬉しいですわ。でも……私なんかでよかったのかしら?」


 あの時、エレノアを選んだのはバルフレであった。だが、その理由については明らかではない。だからこそ、不安であった。


「私、お話をするのが好きなんです。でも、いつもたくさん話してしまうから、もしかするとそれで嫌われてるんじゃないかと思ってまして……」


 彼女がこう杞憂するのは、バルフレの態度が基本的に冷たかったからである。しかし、それに対してディトは反論した。


 「いやいや、あの人誰に対してもああだから!気にしちゃダメだって!」


 珍しく落ち込んでいるエレノアを励ますように、ディトは閃いたとばかりに手を叩いた。


 「そうだ!じゃあ僕がバル兄さんにエレノアのこと聞いてあげるよ!」

「えぇっ!?それはいけません!ディト様のお手を煩わせてしまいますし、何よりバルフレ様を疑っている私がいけないのですわ!」


 エレノアは速攻で反対したが、ディトはやけに乗り気であった。


「疑わせるようなことしてるのは兄さんだからさ。此処はどーんと!僕に任せちゃって!」


 毒気のない笑顔でそう言うディトに、エレノアは少し悩みながらも、最後は笑って承諾した。


「わかりましたわ!ありがとうございます!!ですが、あまりご無理なさらぬように」

「おっけー!そこは考えとく!」


 おちゃらけながら了承するディトに、エレノアはつい笑ってしまった。しかし、視界の端に映った茜色の空で、我に帰る。


「ああ!そういえばもうこんな時間でしたわ!お話に付き合ってくれてありがとうございます!また夕食で会いましょう!」

「うん、じゃあまたねー」


 夕食の時間になっていたことに気付いて走り去っていったエレノアの後ろ姿を見届けた後、ディトは堪えていた溜息を一気に吐き出していた。



「ほんっと、不器用だよね……」



 ディトが呟いた言葉は、決してエレノアに向けられたものではない。





近くでずっと見ていた『誰か』に向けられているものであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。

Rohdea
恋愛
王太子でもあるエイダンの婚約者として長年過ごして来た公爵令嬢のフレイヤ。 未来の王となる彼に相応しくあろうと、厳しい教育にも耐え、 身分も教養も魔力も全てが未来の王妃に相応しい…… と誰もが納得するまでに成長した。 だけど─── 「私が愛しているのは、君ではない! ベリンダだ!」 なんと、待っていたのは公衆の面前での婚約破棄宣言。 それなのに…… エイダン様が正妃にしたい愛する彼女は、 身分が低くて魔力も少なく色々頼りない事から反発が凄いので私に側妃になれ……ですと? え? 私のこと舐めてるの? 馬鹿にしてます? キレたフレイヤが選んだ道は─── ※2023.5.28~番外編の更新、開始しています。 ですが(諸事情により)不定期での更新となっています。 番外編③デート編もありますので次の更新をお待ちくださいませ。

【完結】見返りは、当然求めますわ

楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。 この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー 「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」 微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。 正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。 ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

私に用はないのでしょう?

たくわん
恋愛
サクッと読める短編集

皇帝陛下!私はただの専属給仕です!

mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。 戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。 ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。 胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

処理中です...