四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚礼

契り

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「これより、婚礼の儀を行う」



 ラゼイヤの宣言に姉妹達は目を見開いた。

 神殿の祭壇には、公爵達と姉妹達。それ以外には誰もいない。
 普通はこの挙式を仕切るはずであろう神父も、司祭らしき者も見当たらないのだ。


「あの……神父様とかはいらっしゃらないのですか?」


 不安に思ったクロエが小声で聞くと、隣にいたゴトリルが口を開いた。


「そんなの必要ねぇよ。婚礼の儀なら俺達だけでもできる」

「へ?」


 ゴトリルの言葉に未だ困惑しているクロエと姉妹達に対して、今度はバルフレが口を開けた。


「儀式の魔力は私達で十分事足りる。だから神父も司祭も必要無い。この場を仕切るのは私達だけだ」

「あら!そうなんですの?」


 バルフレの答えにエレノアは感嘆を漏らしたが、神殿内であることを思い出し、慌てて手を口に当て噤む。その姿を、バルフレは愛おしそうに微笑んで見つめている。だから真顔はどうした。

 その後、ラトーニァも割って入ってくる。


「ほ、本当は、司祭の人が結婚の儀式を手伝ってくれるけど、魔力が強い人なら司祭を呼ばなくても儀式はできるんだ。だ、だから、挙式も無しで結婚する人も、お、多いよ……」


 ラトーニァは言い切ったようで溜息をつく。慣れない場で喋るのは余程疲れたのだろう、少しげんなりもしている。そんな彼の背中を、ルーナは優しく撫でていた。


「……とまぁ、説明するのを忘れていたね。本当にすまない…………」


 ラゼイヤは、冷や汗をかきながらそう言った。
 これは当の本人も予想外であったようで、触手も「やらかした」と言わんばかりの挙動であった。

 確かに、前日といい本番といい、色々と忘れすぎではないかとも思ったが、姉妹達はそれも含めて公爵達の魅力だと受け入れることにした。実際、慌てるラゼイヤは可愛らしいと、オリビアは思っている。


「こんなところで話してちゃいけない。まずは私達からだ。行こう、オリビア」


 気を取り直して、ラゼイヤがオリビアの手を優しく引く。オリビアはそれに逆らうことなく歩みを進めた。

 祭壇に上がり、互いに向き合う形となる。
 先ほどまで並列していたが、改めて対面するとラゼイヤの顔がすぐ近くにあることに気付き、意識が集中してしまう。 意識を逸らそうと視線を傾ければ、固唾を飲んで見守る国民達と両親の姿が映り、今更ながらオリビアは羞恥心に襲われた。

 しかし、ラゼイヤはそんなオリビアのこともお構い無しに、彼女の両手を自身の両手で包み込む。


「オリビア。君は私と一生を添い遂げることを誓えるかい?」


 そう尋ねてきたラゼイヤの表情は酷く優しく、温かい眼差しであった。


「……誓います」


 オリビアはただ一言呟いた。本当はもっと大きな声で言いたかったが、鼓動が激しくなった今はできそうになかった。

 ラゼイヤは、オリビアの返答に微笑むと、彼女の左手の薬指に口付ける。

 途端、口付けられた指が一瞬光り、白い刺青のようなものが現れた。
 蛇が己の尻尾を噛んでいる……『ウロボロス』の刺青が、オリビアの指に巻き付くようにして浮き上がっている。

 それはまるで指輪のようであった。


「オリビア、君も」


 ラゼイヤが、自身の左手を差し出す。どうやらお互いに今の動作を行うようだ。

 お相手の指へ口付けるという行為にオリビアは一瞬困惑したが、決心してラゼイヤの手に口を近付ける。
 そして、控えめな口付けを薬指にした。

 すると、ラゼイヤの指も淡く光り、同じような模様の刺青が薬指に巻き付いていた。


「これで儀式は終了だ。さあ、降りて」


 案外あっさりと終わってしまった儀式に、オリビアは戸惑いながらもラゼイヤに連れられて祭壇から降りた。これで本当に夫婦になれたのかという不安もあったが、隣で嬉しそうに笑うラゼイヤを見たら、そんなもの吹き飛んでしまった。


「次はお前だな。ゴトリル」

「おう。クロエ、行くぞ」


 ラゼイヤとオリビアが祭壇から降りると、今度はゴトリルとクロエが前へと進んでいった。
 クロエはまだ緊張がほぐれていないようで、足取りが固い。そんな彼女の腕をゴトリルは極力優しく引いていた。

 祭壇に上がっていざ向き合った時、クロエの顔は既に真っ赤で、体は小刻みに震えていた。上がりっぱなしな彼女の姿にゴトリルは笑いそうになっていたが、なんとか耐えていた。

 ゴトリルは少し屈んでクロエの手を両手を握ると、いつもの戯けた顔とは違う、真剣な表情でクロエに問いかける。


「クロエ、俺の嫁さんになってくれるか?」


 飾り気の無い無骨な問いに、クロエはおろおろとしながらも、どうにか口を開いた。


「は、はい!」


 頭が回らず単調な返答になってしまっていたが、ゴトリルはそれに破顔すると、クロエの薬指に口付けた。

 オリビア同様、薬指が光るとそこには刺青が施されていた。しかし、オリビアの時とは違い、そこにはゴトリルの体に入っているものと似た幾何学模様の刺青であった。

 それを見た後、クロエは気付いたように慌ててゴトリルの薬指に口付けた。
 指に光が差し、刺青ができたのを確認すると、ゴトリルは嬉しそうに笑った。


「よし!行こうぜ!」


 ゴトリルはニカッと音が鳴りそうな笑顔でクロエを抱き抱えた。急に抱き抱えられたクロエは一瞬頭が真っ白になり、そして暴れ出した。


「ゴトリル様!!なんで抱っこなんですか!?」

「えー?俺達もう夫婦だろ?これくらい普通だって」

「だとしても今じゃないです!!」


 腕の中でわたわたとしているクロエを、ゴトリルは大事そうに抱えて祭壇から降りた。気のせいだろうか、来客達の中から笑い声が聞こえた気がした。

 ゴトリル達が降りた後、ラトーニァとルーナが祭壇に上がる。

 向き合ったラトーニァは、これ以上も無いほどに顔を赤くして震えていた。これが小動物なら可愛げがあったかもしれないが、当の本人は公爵の三男である。震える手でルーナの手を握る彼は、今にも倒れそうであった。


「……ルーナ…………」


 名前だけ呼び、次に出すはずの言葉をラトーニァは躊躇している。しかし、ルーナはラトーニァの手を握り返すと、怖がらせないように微笑んだ。


「ラトーニァ様、ゆっくりで構いませんわ」

「あ、ありがとう……」


 ルーナの言葉に安堵したのか、先ほどよりもラトーニァの顔色は良くなっている。そして一呼吸置いて、本当にゆっくりと口を開いた。


「ルーナ。僕と結婚してください」


 透き通った声はしっかりとルーナの耳に届いていた。


「はい。喜んで」


 ルーナの返答にラトーニァは安堵したようにはにかみ、自然とした動作でルーナの薬指に口付ける。光り輝いたルーナの指には、茨の刺青が施されていた。
 ラトーニァらしいと思いつつ、ルーナも同じようにラトーニァの指へ口付けた。
 同じ茨の模様が刻まれたのを確認して、二人は微笑み合いながら祭壇を降りる。

 それと同時に、バルフレとエレノアが祭壇へと上がった。

 エレノアと向かい合った時、バルフレの顔は今までで一番緩んでいたと思う。溶けるように笑い、エレノアに向ける視線は完全に蕩けきっている。エレノアの手に触れるのも、割れ物を扱うようで酷く優しかった。


「エレノア。私は生涯、お前ただ一人を愛すると誓う。だからこれからも私の傍にいてくれ」


 星に願うかの如く、切実に問いかけるバルフレに、エレノアは頬を赤らめながらも笑って答えた。


「誓います!私も貴方様を愛していますわ。これからもずっと、傍にいさせてください!」


 高らかに宣言したエレノアを、バルフレは至高とでも言わんばかりに見つめている。今にもキスを落としてしまいそうな雰囲気に、見守っている公爵達と姉妹達は内心焦っていた。
 しかし、エレノアの口元へ向かいそうになった唇は、その寸前で彼女の薬指に触れる。四男にしては我慢した方であろう。
 光り輝く指には、ヒビのような模様の刺青が入っていた。
 見届けたエレノアも同じように、バルフレの薬指へと口付ける。そうして二人に刺青が刻まれると、バルフレはより一層笑みを深めた。此処まで表情を崩した彼を見るのは初めてなのだろう。見守っていた国民達も物珍しそうに眺めていた。

 恋人繋ぎで祭壇から降りてくる二人に、公爵達も姉妹達も微笑ましく眺める。

 こうしてようやく皆夫婦の契りを無事終えることができて、皆安堵していた。



 全員の儀式が終わったと同時に、辺りからは再び歓声が響き渡った。
 誰も彼もがこの婚礼を喜び、祝福する。その中で姉妹達は心の底から満ちるのを感じていた。



 ああ、幸せだな



 そんな温かい気持ちで一杯だった。





 そんな時であった。



 神殿の扉が急に開かれたのは。
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