四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚礼

それでも後悔は無い

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 自由になった目を開けた姉妹達は、最初に入ってきた光景に息を詰まらせた。



 神殿の至る所が赤い血で汚れており、その中央には同じくドレスを真っ赤に染めたアレッサが、今にも死にそうな顔で体を扉の方へと引き摺らせている。腰は完全に抜けているようで、這いずるので精一杯の様子であった。

 しかし、アレッサの髪をディトが思い切り引っ張り、その動作を抑制している。姉妹達から見ても痛く感じるほどに、強く引っ張っているのがわかった。


「だから逃げないでってばー」


 ディトは遊び盛りな子供のように、アレッサの髪を上下左右に引っ張り回して弄んでいる。文字通り、後ろ髪を掴まれているアレッサは上手く身動きも取れず、痛みで顔を引き攣らせている始末である。

 その光景を姉妹達とアミーレアの人間は呆然と眺めていたが、公爵達と群衆は「またか」と呆れた様子で眺めていた。

 この温度差に、姉妹達は不穏を抱かずにはいられなかった。


「ら、ラゼイヤ様……」


 勇気を振り絞って声を出したのは、オリビアであった。
 彼女の声に振り向いた彼は、いつもの穏やかな表情でオリビアを見る。


「どうしたのかな」

「あの……こ、此方は一体……」


 そうとしか、聞けなかった。

 聞きたいことは山ほどあったが、それを一つにまとめられるほどの冷静さが今のオリビアにはなかった。


「うん、そうだな……まず、ディトの本当の役職は刑罰執行官だ。更生指導官は表向きの呼び方でね、職務内容は1年前にバルフレが話したと思うが、あれは実際の内容極力薄めて話しているからね。実際は今のようなことがこの国の監獄では日常的に行われているよ」

「そう、なのですか……?」


 ラゼイヤから聞いた話を、オリビアは信じられないというように目を丸くした。



 あの時、あのダイニングで弟の話を振った時、皆が答えたがらなかった理由がようやくわかった。



「彼の得意魔法は『治癒』だ。どんな傷も病も完治させられる。原型を保てなくなった者も、辛うじて生きていれば治せるんだ」


 その言い方からすると、アレッサはあの時生きていたという意味になる。あの状態で生きていた彼女も大概だが、あえて殺さなかったディトもディトである。

 ただ、ディトの『治癒』がありながら、使い道はというと……


「だから刑期が過ぎるまで、彼は罪人を治し続ける。それが彼の職務だ」

「そんな……」


 オリビアは、ラゼイヤの話が上手く飲み込めなかった。

 だって、あのディトが、陽気で皆を明るくしてくれるような彼が。
 目の前で血に塗れて笑っているディトと全く重ならないのだ。

 義兄妹となる存在がこのような者であると知った今、オリビアには多大なる恐怖と不安が押し寄せてきていた。

 その気を察したのだろう、ラゼイヤは申し訳無さそうに、口を開く。


「……すまない。これが私達のなんだ」


 その言葉に、オリビアは何も言えなくなった。



 アミーレアの普通と、ベルフェナールの普通は違う。国が違うのだから、批判する理由も無い。

 ただ、もしこれが普通だというのなら、自分達はこれから先慣れていけるかはわからなかった。

 ディトが刑罰の職務で、あんなことをすると知ってしまった以上、彼と義兄妹としてやっていけるのかも定かではない。



 先の不安に想いを巡らせるオリビアの肩を、ふとラゼイヤが優しく撫でる。驚いたオリビアがラゼイヤの方を向くと、彼は悲しそうに笑っていた。


「本当にすまない」


 それは何に対する謝罪であったのか、オリビアは何となく察していた。



 婚約に対してずっと消極的であったラゼイヤ。
 その真意が今の言葉で、分かった気がする。

 ラゼイヤは、恐れていたのだろう。

 醜い自分達のこと
 血肉を弄ぶ五男のこと
 自分達の常識が常識でないこと

 それを、と共有すること



 もしそうだというのなら、彼は……ラゼイヤは、何処まで臆病で優しい性格をしているのだろうか。

 そんな彼に幻滅など、できるわけがなかった。



「ラゼイヤ様、謝らないでください」


 オリビアは、肩に置かれていたラゼイヤの手に己の手を置く。


「私は望んで貴方様の傍にいると決めましたから」


 その応えが正解なのかどうかはわからないが、対してラゼイヤが安心したように微笑んだから、これでいいのだろう。

 ルーナも、クロエも、エレノアも、此処にいる誰もがこの婚礼を後悔しているような素振りは一切していなかった。



 一人を除いて。
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