地球連邦軍様、異世界へようこそ

ライラック豪砲

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第二章 不幸な師団長

第8話 異世界へ

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 異世界0135。

 エデン星系から十日ほど移動した先にある最近発見されたばかりの異世界。
 第20独立旅団”サンルン”が事前調査を終了済み。

 異世界として認定された人類居住惑星は第二惑星。
 人口は約五千万人。
 海洋惑星であり、温暖で気候の安定した地域にアフリカ大陸ほどの陸地が一つだけ存在する。

 空間湾曲ゲートの位置はこの惑星の衛星の裏側にあり、サンルンの設営隊によりゲート鏡面の外周に、防衛施設の設置が完了している。

 大陸はルーリアト帝国という帝政国家により統一されていて、その統治は非常に安定している。
 常備軍の数も少なく、武器は刀剣類と弓矢。銃器は前装式の小銃がごく少数配備されるのみ。威圧と交渉によって容易に連邦との条約締結に持ち込むことが可能。

「というのが参謀本部からの情報だ」

 シャフリヤールの司令室で、ダグラス首席参謀と共にサーレハ司令の話を聞き終え、一木は気が気ではなかった。
 確かに相手は先ほどの演習相手に毛が生えたような、しかも半世紀近くほぼ戦争の無い世界の軍隊だ。

 それでも、新米師団長の一個師団約一万と、艦隊直属の憲兵連隊と衛生連隊を入れても五千、合わせて一万五千の兵力で大陸一つを制圧するなど、無謀に思えた。

 ここはしっかりと確認しなければならない。

「サーレハ司令、自分にはいささか無謀に思えるのですが……参謀本部は本当に現有戦力での異世界制圧を?」

「一木代将、制圧ではない。連邦加入条約締結による、当該異世界を連邦加盟国にする準備勢力にするんだ。言葉遊びのようだが、重要なことだよ」

 連邦加入条約。
 ようは異世界に対し、将来的に地球連邦政府に加入することを確約させる条約だ。

 地球連邦に加入するということは、あのアンドロイドとダイソン球による豊かな理想生活を送れることのように思えるが、実態は違う。

 将来的に、というところがポイントだ。
 この条約では地球連邦への正式加入に対して、政府の民主化度合いから経済システムの地球に合わせた適正化、国民に対する教育制度や民主的体制に対する理解度など、多岐にわたる目標が設定されている。

 もちろん、中世レベルの文明やそもそも文化が違う異世界にいきなりこれらの目標が達成できるわけもない。
 そのため、異世界派遣軍参謀本部のスタッフが、条約締結した異世界政府の状況を鑑みた目標達成の工程表を作成。
 そして工程表達成支援のためのサポート部会が設置され、異世界の政府に対して助言を行いつつ、短くて数十年。長い場合は二百年近い時間をかけて、目標達成のための改革をサポートしていく。

 という建前になっていた。

 もちろん前述のサポートの実態とは政治介入、命令、強制、実力行使に他ならず、連邦の価値観を時間をかけて浸透させていく搾取なき侵略行為に他ならない。

 一木としてはそこまでひどい物とは思わなかったが、異界の文化を強制されて従わせられる異世界にしてはたまったものではないだろう。
 事実、いくつかの異世界では反発から小競り合いなども起きているという。

 それでもサーレハ司令の言う通り、この建前は目的無き軍隊である異世界派遣軍にとって、かけがえのない錦の御旗でもあった。自分たちは侵略者ではない、民主主義を広め異世界を地球のような理想世界にする存在であるという、存在意義の拠り所だ。

「申し訳ありません。……参謀本部は一個師団で本当に条約締結を相手に決断させることが可能だと思っているのでしょうか? 」

「戦闘行為で勝利することは可能だろうが、統治するとなると難しいだろう。この工作艦や現地に設置したアンドロイドの製造工場で大規模な増産をすればいいだろうが、それはやりたくはないな」

 現地製造でSSやSAを大量増産することは、可能ではある。
 しかし、それは現在の異世界派遣軍では避けるべき事態だった。

「そもそも今の異世界派遣軍がなし崩しに大きくなった理由が、カルナークで私たちを作りすぎたせいですからねー」

「私たち?」

 ダグラス首席参謀の言い方が気になり、一木は尋ねた。

「ああ、この艦隊の艦隊参謀はアセナ参謀長以外みんなカルナーク生まれさ。あの地獄のカルナークで揉まれた精鋭ぞろいだよ」

 ドヤ顔で自慢げに話すダグラス首席参謀だが、一木は今一つピンとこない。
 マナ大尉をちらりと見たが、やはりわかっていないようだ。

「カルナーク生まれとはSSにとっては一種のステータスなんだよ。それほどの激戦だったからね。総生産アンドロイド数七千万体、喪失数八百万体という地獄さ。そんなわけで、六千二百万体の余剰アンドロイドがいる現状であまり増産するな、というお達しが出てるんだよ」

 サーレハ司令の助け舟をもらい、一木はあいまいに「すごいですね」と相槌をうった。

「まあさっきも言った通り、対象の惑星は陸地が一つだけで、しかも平和な世界で常備軍も少ない。政治的な安定も交渉面で言うとメリットになるということだろう」

 サーレハ司令はこう続けた。アフリカ大陸を一万五千で……納得しかねるが、命令なら仕方ない。

「ようは武力ありきではなく、交渉と威圧をメインに据えて対象を条約締結のテーブルにつけろということですか? 」

「そういうことだろうねえ。組み立て式の各種製造工場は本部がもう手配してくれてるから、一木君は師団の訓練と艦隊参謀との打ち合わせをしておいて。わたしは細かい調整をするから、明後日には出発しよう」

 急な話ではあるが、やむを得ない。一木は義体の顎を壊さないよう、慎重に頷いた。

「了解しました」

「あ、それと一木代将」

「はい?」


「ジーク作戦参謀に手を出したんだって? あの娘はいい子だよー」

「はあ!? ち、違います……首席参謀ー!! あんた司令に何言ったんですか!」

 顔を伏せて笑いをこらえているダグラス首席参謀に一木は叫んだ。
 今確信した。この女は一木をからかって楽しんでいるのだ。 

「申し訳ありません。首席参謀に聞きました。自分の態度が、アンドロイド達を惑わすような不純な態度だということを……艦隊内の規律を乱し……」

「ああ、違う違う。かしこまらなくていいよ。君は別に悪いことをしたわけではない。あの娘たちを思いやることは、何も悪いことではない」

「はあ……しかし」

 ちらりと不機嫌なマナ大尉の顔を見た一木に、サーレハはまた笑いかけた。

「パートナーと他のアンドロイドは別腹だよ? みんな人肌に飢えてるから気にせずにいたまえ」

 ああ、まただ。
 一木の胸がずきりと痛んだ。
 悪気はない、励まそうという意思を込めた、この時代の人間にとって当たり前の表現。
 しかし、一木には許容できない言葉だった。

「アブドゥラ・ビン・サーレハ大将。ありがたいお言葉ですが、新米の自分には任務がありますし、何よりパートナーを亡くしたばかりの上、マナという新しいパートナーを迎えたばかりです。ジーク作戦参謀とは公私ともに良い仲間として付き合っていきたいと思います」

 早口にまくしたてると、一木は頭を下げた。
 背後ではマナ大尉が一緒に頭を下げていた。

「……すまないね一木君、配慮が足りなかったようだ。参謀達には連絡しておくから、六時間ほど休むといい。そのあと各種準備に入ってくれ。さがっていいよ」

「失礼します」

 一木はそういうと、退室していった。

「パートナーが壊れた時こそ周りのアンドロイドを頼ればいい、っていうのは昔の人間には難しいのかねえ」

 サーレハの言葉に、ダグラス首席参謀は珍しく笑みを消して答えた。

「人間が人間と結ばれることがほとんど、っていう時代の人ですからね。喪失の悲しみが残る内に、ホイホイ他の女を抱くことに抵抗があるのでは? まあ、私も人間の心理を、そこまで理解できているのかはわかりませんが。ところでサーレハ司令……」

「なんだいダグラス君? 」

「あの一木って師団長何者ですか? 」

 ダグラス首席参謀の目が鋭くサーレハを射抜いた。
 部屋の空気が急速にきしみ、スルターナ少佐がヒジャブの下で、カチャリと軍刀を揺らした。

「将官学校を卒業して、艦隊に配属された新人の師団長。二十世紀末生まれの脳冷凍処置者で、強化機兵の体を持ったサイボーグ」

「そんな事を聞いてるんじゃないんですよ。あの師団長はおかしい……なんで私たちはあんなにあの新人に好意を抱いているんですか? 」

 そのダグラス首席参謀の言葉に、サーレハの表情が変わった。
 余裕ある笑みが、歓喜に満ちた感情の満ちたものに……。

「まるで、好意を抱くということが異常だとでも言っているように聞こえるね」

「参謀達と、感情や記憶を共有してる首席参謀の私が言うんです。あの師団長には、艦隊のアンドロイドっていうアンドロイドが好意を抱いている。態度や接し方なんて問題じゃない、私たちは無条件にあいつに惹かれてる……あの無愛想なジークまであんな積極的になるなんて……普通じゃない」

「君は首席参謀としては本当に優秀だねえ……平時から感情まで共有するなんて普通の首席参謀にはできない……」

「答えてください……ひょっとして、時折司令が接触してる何ものかが何か関係を? 」

 ダグラス首席参謀にとってこの言葉は一種のかけであった。
 確かにサーレハが軍外部の何ものかと通信をしているのは事実であったが、今回の事との関連など当て推量もいいところだった。

「ふ、ふふふふふふ……やはり君は良い首席参謀だ。君にとっては私も監査対象ということか……」

「司令……」

 サーレハが笑い終わるころには、すでに表情から歓喜は消えていた。

「一木君はただの変わったサイボーグに過ぎないが……少々変わった加護を受けている。これでは不十分かね?」

「加護……誰からの?」

 突然の宗教的な表現に戸惑うダグラス首席参謀。
 しかし、サーレハは気にせず続けた。

「加護を与えるのは”神”に決まっているだろう」

 ダグラス首席参謀は呆然と、自分の上官の顔を見た。
 神……あまりに場にそぐわない言葉だった。

「私は連邦の益にそぐわないことはしていない、そこは安心していい。もし何か見つけたのなら、容赦なく本部の憲兵に報告すればいいよ」

「サーレハ司令……あなたは……」

「この妙な出動命令も含めて、すべては地球連邦政府のためだ。決して君たちアンドロイドの存在意義に反することではない」

 この時ダグラス首席参謀はサーレハの言う神の正体に気が付いた。
 前々から察してはいたのだ。
 この昼行灯を演じてる艦隊司令が、ひょうひょうとした態度と裏腹に、積極的に異世界派遣軍の出動を様々なルートで働きかけている事を。
 異世界派遣軍の出動を促して得られることなど一つしかない。
 地球の勢力圏の拡大。
 すなわち、異世界派遣軍の目標の一つである星間国家建国が近づく。

「あなたはナンバーズ信奉者……札付きだったんですね」

 札付き。ナンバーズの来訪後、地球連邦設立のために積極的に動いた人間に、ナンバーズが与えた番号の書かれた札を語源とするナンバーズ信奉者の総称。
 番号札付き、通称札付き。

「君は気にせず一木君のサポートを続ければいい。それですべて、万事、うまくいく」

 アブドゥラ・ビン・サーレハ大将。札付きの盟主たる男は、ダグラス首席参謀に言い聞かせるように言葉を発した。 
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