地球連邦軍様、異世界へようこそ

ライラック豪砲

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第四章 皇女様の帰還

第12話 お付き騎士 

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「お付き騎士は皇族に赤ん坊が生まれると、お付き騎士育成会という組織が、同時期に生まれた女の赤ん坊を集めて育成します。親の許諾があれば、身分問わずにです」

 ミルシャの言葉に、シャルル大佐が困惑したような表情を浮かべた。

「……お付き騎士育成会……そんな組織の情報も、赤ん坊を集めている情報も聞いたことがないんですが……あれー、情報参謀? どったのかなー? 」

 首を捻じ曲げ、殺大佐を見上げるような姿勢で睨みつけるシャルル大佐。
 殺大佐は嫌そうに視線を逸らした。

「そんな顔しても、こっちも掴んでない……本当にそんな組織があるのか?」

 文化参謀と、文化参謀傘下の文化参謀部に情報を提供する情報参謀が揃って困惑している。
 一木も、データベースや自身の記憶を参照するが、やはり関連する情報は無かった。

「皆さんの情報収集力が分からないので何とも言えませんが、それは仕方が無いことだと思います。なにせ、お付き騎士育成会も赤ん坊を集める活動も、全てが慣習に基づいた非公式な物ですから。具体的な組織もなく、関係者による緩いつながりだけで行われているんです」

 ミルシャの語った所によると、お付き騎士育成会と言う組織は公的には存在せず、あくまでお付き騎士に関係する者達による連絡や、緩いつながりによって活動が維持されているのだという。

 時の皇帝のお付き騎士が一応の代表となり、訓練や活動に必要な場所や人員の手配を自分の伝手が及ぶ範囲で用意する。

 そういった組織なのだそうだ。

 赤ん坊を集める際も、お付き騎士にするという名目だけで関係者が必要な人数を集める。
 そこには一切の公的保証がなく、あくまで過去の実績と皇太子付きお付き騎士個人による証明があるだけだという。

「そんな有様ですので、もちろん不正が行われれば大変な事になります。ですが不思議とそう言った話は聞きません。皇族への信頼感や、過去に行われた不正を行った者への苛烈な報復が理由と言われていますが、僕はそこらへんは詳しくありません」

「それじゃあ、公文書や記録を漁って調査してる諜報課じゃ把握出来ないな……」

 殺大佐の呟きに、シャルル大佐が机に突っ伏して愚痴をこぼした。

シャーちゃん勘弁してよぉ……情報参謀部のせいで文化参謀部が、こんな独自文化で動く組織見逃してたなんて、洒落にならないんですけどー」

 一木としても危惧する情報だった。
 慣習のみで動く組織と活動。
 確かに、地球連邦軍の情報に頼った組織にとって、これ以上ないほど厄介な相手だ。

 現に、今もセミックという重要人物の実力を把握できていなかった。
 もし、グーシュ達を仲間に入れていなければ、土壇場でとんでもない事になっていたかもしれない。 

「先ほど言ったように、イツシズのような国の幹部ですらよく知らない組織なので、無理もないかと。続けますね。そうして集められた赤ん坊は、七歳になるまで必要な英才教育を施されます。この際余程の事が無い限りは落第などはさせず、教育は続行されます」

「それまたなんで?」

 殺大佐の疑問に、ミルシャはミラー大佐の背中をトントン叩きながら応じた。
 まるで赤ん坊のようだ。

「うにゃー…………」

「お付き騎士にとって一番大事な要素が、お仕えする皇族との相性だからです。七歳になった時に行われる顔合わせで、皇族が気に入った相手を選びます。その後三日間共に過ごして、駄目なら選びなおし……その流れを皇族の方が納得されるまで繰り返します。選ばれなかった子や事情により落第した子は、元の家に帰るか、貴族や騎士、商家、属国の有力な家に貰われていくそうです。何分英才教育を受けた子ですので、引く手あまただとか」

 ルーリアトでは未だに、義務教育というものが存在しない。
 そういった社会において、生まれたと同時に英才教育を施された人材の価値は計り知れないものだ。

 その上、先ほどまでの話を聞く限りでは、そういった元お付き騎士候補生が成長することで、再びお付き騎士関連のコネクションとなり、人脈が広がる事になる。
 
 しかも対象は貴族や騎士、商家に属国の有力者だ。
 これらが足掛かりを残さない個人的関係性のみで連帯しているのならば、それは侮れない力となる。

「こうして晴れてお付き騎士に選ばれた者は、お仕えする皇族の方と定期的に会いながら、引き続き必要な教育を定期的に受けることになります。その後十歳になると、正式にお付き騎士として任官し、生活を供にすることになります」

「ちなみに、ミルシャとの出会いはわらわの一目惚れだ。一発で気に入った」

 どや顔でグーシュが語るが、部屋の全員が照れたように見つめるミルシャ本人を除いて、発言を無視した。

「えー、おほん。僕とセミック先輩が出会ったのは、そのお付き騎士の教育会です。セミック先輩は僕の五つ年上でしたが、歴代最強の誉れ高い剣術の腕前と、明晰な頭脳で一目置かれていました。そのため、もっと年上の先輩方からも尊敬を集めていて……僕の憧れでした」

「兄上にはもったいない美人だしな……ただちょっと目が怖いのがな……おまけに溺愛っぷりもすごいぞ。あいつ兄上と一緒に風呂に入るし、寝るときも添い寝するし……」

「殿下……それは僕と殿下も同じでは?」

 二人の悪口とものろけともつかない会話をスルーして、一木が諜報課のデータを参照して隠し撮りされた画像を見る。
 セミックという女性は、ポニーテール姿のややきつい印象の美人だった。

 ミルシャの話通り、鍛え上げられた姿は、武人じみたがっしりとした印象を与えるものだ。
 だがその一方で凛とした空気を纏っていて、スマートで凛々しい騎士らしさを同時に感じた。
 
 写っている画像は全て皇太子と一緒だった。
 どの画像でも視線は皇太子に向けられていて、グーシュの言う溺愛っぷりが感じられた。

「その後、皇帝陛下のお付き騎士であるハルビュ様が亡くなったのを機に、セミック先輩がお付き騎士の代表の地位を継ぎました。忙しい業務や勉強、訓練の合間を縫って、様々な業務をこなす先輩を、今も思い出せます……僕には、とても務まらないような……すごい人です」

 思い返すような、それでいてどこか恍惚とした様子のミルシャを、一木はどこか疑問に思った。

「少し聞きづらい事だが、セミックはグーシュと対立していた皇太子のお付き騎士だろう? それなのに、随分と親しかったんだな?」

「ああ、そのことはよく不思議がられます。その点は、お付き騎士特有の風習と言いますか……僕たちお付き騎士は、例え主どうしが対立していても、お付き騎士は互いにそういった対立を持ち込まないという、決まりがあるんですよ」

「それはつまり……たとえ命のやり取りをするほど、敵対している相手のお付き騎士だろうと、か?」

 一木の問いに対して、ミルシャは即座に力強く頷いた。

「もっとも、主が直接相手のお付き騎士を殺せとか、交流するなと言えば話は別です。もっとも、それをすると自分のお付き騎士や、他のお付き騎士からの心証が悪くなります。その上、お付き騎士の方も主に関する情報は漏らさない、という決まりに対する姿勢が自ずと変わりますからね。つまりは、裏切りの原因になります。余程考えが足りない方や、お付きと仲の悪い方でない限り、そういった事はしません」

「相互の信頼を損ねる行為は、主従互いに控えた上で尊重するという事か……」

 殺大佐の呟きに、ミルシャは頷いた。

「ですから、僕たちお付き騎士の方も対策と言いますか……皇位継承権。今は皇帝選挙のせいであまり関係ありませんが……を持つ方同士が対立している場合には、交流を控えるという不文律があります。下手をすれば皇族が複数の派閥に割れかねない事態ですからね。本格的な派閥抗争を防ぐための風習です」

「つまりは、グーシュと皇太子が対立している間は……!?」

 一木の言葉を、ミルシャは肯定した。

「はい。セミック先輩はお付き騎士の組織を用いることは出来ませんでした。しかしそれが、今回の一件で無くなった。イツシズが出遅れたように見えたのは、今までセミック先輩が動くに動けなかったからでしょう。ですがこれからは違います。おそらくセミック先輩は殿下が橋から落ちた後の行動を綿密に準備していたはずです」

 グーシュがいる間はお付き騎士の組織力が使えず、そのためイツシズはセミックと言う人物の実力を見誤ったのだ。 
 それが今回の騒動によるイツシズのダメージに繋がった。

「しかも慣例慣習でつながった連中が相手だ。人事権っていう具体的な規則や権力を背景にしたイツシズの攻撃は、はっきりとしたダメージを与えづらいはず」

 殺大佐の言葉通り、イツシズの権力の源泉は、皇太子とのつながり以上に自らが持つ人事権を駆使したものだ。

 彼は本来ならば、閑職でしかなかった近衛騎士団の人事担当官という職務が持つ特色を、最大限に生かしたのだ。

 帝都の騎士や近衛騎士が人事異動や任官の際、書類に求められる近衛騎士団人事担当官の決済。
 
 イツシズはそのたった一筆の力を使って、自身の思うがままに帝都の治安要員全てを動かしてきた。

 それだけに、人事権が効果をなさない個人ネットワークへの対応策はたった一つに限られる。

「気が付いたか、一木。イツシズの取れる手段は非常に限られる。となれば、取れる手段は一つ……もしくは二つだ。まあ、おそらくは直接的な武力を用いてセミック達に対抗するだろうが、な」

 グーシュが、凄惨な笑みを浮かべ、楽しそうに言った。
 一木や現代の地球人には無い、ある種血に飢えたような獰猛な感性を、異世界の住人であるグーシュも持っているのか。

 どことなく薄ら寒い感覚に、起こりようのないはずの鳥肌が立つのを一木は感じた。
 
「けれども、もう一つ可能性があるんだろ?」

 気になって一木が尋ねると、可能性は低いがと前置きしてグーシュは答えた。

「セミックの影響力を削ぐようなからめ手を使う可能性はあるが……ほぼ無いだろう。万が一実行しようとしてもうまく行かんだろうしな」

 自信ありげにグーシュが言うと、その言葉を猫少佐も肯定した。

「グーシュ様の言うことは正しいかと……」

 手元の端末には、猫少佐が仕入れた情報が表示される。

 イツシズは配下の中で、荒事に慣れた連中を地方や周辺都市から急速に集めていた。

「イツシズはそもそも、橋を爆破した実行犯が行方知れずになったことを警戒して、手の者を集めていました。ですが、それにしてもこの動員数は多すぎます。二週間もすれば、動員数は千人に届く勢いです」

「ミルシャ、セミックの方はどれくらいの人員を動員できるんだ?」

 一木が問うと、ミルシャは少し考え込んだ。

「僕も正確な事は分かりません。ですが、関係者が各々集めた、信頼できる人員だけになるので……二百人もいればいい方では?」

 つまりは、正面からぶつかる限りはイツシズ側が優勢という事になる。
 もっとも、セミックというお付き騎士が話通りの人間ならば、やすやすとそのような状況に持ち込まれはしないだろうが。

「しかしそうなると、難しい舵取りを迫られるな。イツシズ、セミック、そして皇太子。この三者……いや、セミックと皇太子は同じと見るべきか……なんにしろ、対立する派閥との関係を見極めながら、グーシュ派を立ち上げて帝都に帰還する術を探さないと……」

 話していて一木は頭痛がしてきた。
 単純な皇太子一派との抗争を考えていた一木としては、予想外の敵対勢力の分裂劇だった。

 これに民衆の感情や、グーシュ派の登場によるイツシズ、セミック両者の動き。
 これらをうまく予想して動かなければ、グーシュの持つ民衆からの支持を失いかねない。

「なんだ一木、そんなものは簡単だ」

 頭を痛めるほど考えていた一木に、事も無げにグーシュは言った。

「簡単な事は無いだろ。イツシズ、セミック双方の動きを読んで、グーシュ派を公表するタイミングを計って……あと、グーシュ派を知った両者がどう動くかも……」

 一木の言葉を聞いたグーシュは、ミルシャからウトウトしていたミラー大佐を奪うと、ギュッと抱きしめた。
 デフォルメミラー大佐はどうもストレス軽減のためか、スリーブモードに入りやすい設定になっているようだ。

「みゃ!?」

「そんなことを考える必要はないぞ一木。よいか、わらわにいい考えがある」

 少し不安に思いながら、一木はグーシュの作戦を聞いた。
 それは実に効果的で、とても良心の痛むものだった。
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