1 / 12
1
しおりを挟む
暗い室内をランプがほんのりと照らす。大きなベッドに腰掛けた新妻ソニアは今日会ったばかりの夫・リカルドを待っていた。
大人たちの事情により急遽決められた結婚。騎士団長として多忙な夫とは事前に一度も顔を合わさぬまま、王都から遠く離れたこの土地に嫁いできたソニア。何もかもが不安な船出。カタカタと窓を揺らす風の音が、ソニアの心もかき乱した。
やがてドアがノックされた。はい、と震える声で返事をするとガチャリとドアが開き大きな影がすっと入ってくる。
「すまない。待たせたようだ」
落ち着いた低い声が耳に心地いい。式の間撫で付けていた黒髪が額に下ろされて鋭い目が隠れているからか、昼間より少しだけ幼く見える。
リカルド・ジラルディ。王国の辺境騎士団長であり現国王陛下の末の弟でもある。陛下に王子が二人誕生して王位継承権が下位となったことで侯爵の地位を賜り、ここステッラに領地を得た。辺境ではあるが豊かな土地であり、隣国からの侵入を防ぐ上でも彼がこの地にいることは適任であった。
類まれな身体能力ゆえに早くから騎士として頭角を現したリカルド。王弟だから出世したのだと言われることを嫌い、志願して何度も危険な地域へと赴いた。そうすることで下の者たちにも認められていき、実力で騎士団長になったのである。
そんな彼も気づけば25歳を過ぎ、世間では妻子がいて当然の年齢となっていた。それなのに浮いた噂の一つもない弟を心配した陛下が勝手に決めた結婚相手が、フィオレンツァ伯爵令嬢・ソニアなのである。
ソニア・フィオレンツァは15歳。蜂蜜のように滑らかで豊かな金髪とアメシストのように輝く紫の瞳を持つ、美しい少女だ。しかし夢見がちなその表情はあまりにもいとけなく、妻と呼ぶには頼りない印象であった。
幼い妻の隣に腰掛けその小さな肩を見下ろすと、微かに震えている。
「……私が、怖いか」
「いえ……そんなことは」
「王命とはいえ十も年上の男に嫁ぐことになったのだ。さぞ不安だと思う」
するとソニアはその美しい瞳からぽろりと涙をこぼした。
「申し訳ございません……私……夜のお務めが……怖くて……」
リカルドは頷いた。もとより、このような幼い少女を抱くなどと、自分でも納得がいかなかった。せめて、もう少し大人になってからでないと。
「そうだな。しかも君は昨日ここステッラに着いたばかり。休む間もなく式に臨み、疲れも溜まっているはずだ。今日はこのまま、別々に眠ろう」
ソニアの手を取ってベッドから立ち上がらせると、掛布をめくり、横になるよう促した。
「リカルド様は……?」
「ここは夫婦の寝室だが、隣に私室がある。私はそちらで寝ることにしよう」
「よろしいのでしょうか……そんな」
「ああ。君にはまず、この街を知り、気に入ってもらいたい。そのために私も城の者たちも全力を尽くそう。そしてお互いを深く理解し、君がそうしたいと思うまで……部屋は別室でかまわない」
「リカルド様……ありがとうございます」
夫を見上げるソニアの瞳は潤んでいた。
「では明日、朝食の席で待っている」
そう言って部屋を出て行くリカルド。ドアが閉まるとソニアはランプの灯りを消し、ベッドに潜り込む。長旅の疲れ、一人ぼっちで初めての土地にいる緊張。すべてが襲い掛かり、急激にまぶたが重くなってきた。
「優しい方で良かったわ……ディーノ、私、純潔を守ることができてよ……」
小さな声で呟いて、すぐに眠りの中に落ちて行った。
大人たちの事情により急遽決められた結婚。騎士団長として多忙な夫とは事前に一度も顔を合わさぬまま、王都から遠く離れたこの土地に嫁いできたソニア。何もかもが不安な船出。カタカタと窓を揺らす風の音が、ソニアの心もかき乱した。
やがてドアがノックされた。はい、と震える声で返事をするとガチャリとドアが開き大きな影がすっと入ってくる。
「すまない。待たせたようだ」
落ち着いた低い声が耳に心地いい。式の間撫で付けていた黒髪が額に下ろされて鋭い目が隠れているからか、昼間より少しだけ幼く見える。
リカルド・ジラルディ。王国の辺境騎士団長であり現国王陛下の末の弟でもある。陛下に王子が二人誕生して王位継承権が下位となったことで侯爵の地位を賜り、ここステッラに領地を得た。辺境ではあるが豊かな土地であり、隣国からの侵入を防ぐ上でも彼がこの地にいることは適任であった。
類まれな身体能力ゆえに早くから騎士として頭角を現したリカルド。王弟だから出世したのだと言われることを嫌い、志願して何度も危険な地域へと赴いた。そうすることで下の者たちにも認められていき、実力で騎士団長になったのである。
そんな彼も気づけば25歳を過ぎ、世間では妻子がいて当然の年齢となっていた。それなのに浮いた噂の一つもない弟を心配した陛下が勝手に決めた結婚相手が、フィオレンツァ伯爵令嬢・ソニアなのである。
ソニア・フィオレンツァは15歳。蜂蜜のように滑らかで豊かな金髪とアメシストのように輝く紫の瞳を持つ、美しい少女だ。しかし夢見がちなその表情はあまりにもいとけなく、妻と呼ぶには頼りない印象であった。
幼い妻の隣に腰掛けその小さな肩を見下ろすと、微かに震えている。
「……私が、怖いか」
「いえ……そんなことは」
「王命とはいえ十も年上の男に嫁ぐことになったのだ。さぞ不安だと思う」
するとソニアはその美しい瞳からぽろりと涙をこぼした。
「申し訳ございません……私……夜のお務めが……怖くて……」
リカルドは頷いた。もとより、このような幼い少女を抱くなどと、自分でも納得がいかなかった。せめて、もう少し大人になってからでないと。
「そうだな。しかも君は昨日ここステッラに着いたばかり。休む間もなく式に臨み、疲れも溜まっているはずだ。今日はこのまま、別々に眠ろう」
ソニアの手を取ってベッドから立ち上がらせると、掛布をめくり、横になるよう促した。
「リカルド様は……?」
「ここは夫婦の寝室だが、隣に私室がある。私はそちらで寝ることにしよう」
「よろしいのでしょうか……そんな」
「ああ。君にはまず、この街を知り、気に入ってもらいたい。そのために私も城の者たちも全力を尽くそう。そしてお互いを深く理解し、君がそうしたいと思うまで……部屋は別室でかまわない」
「リカルド様……ありがとうございます」
夫を見上げるソニアの瞳は潤んでいた。
「では明日、朝食の席で待っている」
そう言って部屋を出て行くリカルド。ドアが閉まるとソニアはランプの灯りを消し、ベッドに潜り込む。長旅の疲れ、一人ぼっちで初めての土地にいる緊張。すべてが襲い掛かり、急激にまぶたが重くなってきた。
「優しい方で良かったわ……ディーノ、私、純潔を守ることができてよ……」
小さな声で呟いて、すぐに眠りの中に落ちて行った。
210
あなたにおすすめの小説
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
夏の眼差し
通木遼平
恋愛
伯爵令嬢であるティナの婚約者とティナの妹が恋仲になり、ティナは婚約を解消することになる。婚約者に対して特に思い入れはなかったが、姉妹の婚約のすげ替えについての噂と勝手なことばかり言う妹に気疲れしたティナは、昔から彼女を気にかけてくれていたイライザ夫人の紹介で夫人の孫娘リネットの話し相手として雇われることになった。
家から離れ、リネット共に穏やかな日々を過ごすティナは、リネットの従兄であるセオドアと出会う。
※他サイトにも掲載しています
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。
実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
そして鳥は戻ってくる
青波鳩子
恋愛
リネットの幼馴染ジョディーの家に、ジョディーより7か月だけ年下のクレイグという義理の弟がやってきた。
同じ伯爵家同士で家も隣、リネットはクレイグに恋をする。
3人での交流を重ねているうちに、クレイグがジョディーに向ける視線が熱を帯びていることにリネットは気づく。
そんな頃、ジョディーの誕生会の場でトラブルがあり、リネットはクレイグから自分へのマイナス感情を立ち聞きしてしまう。
その晩リネットは、裁ちばさみを握りしめて——。
*荒唐無稽の世界観で書いていますので、そのようにお読みいただければと思います。
*他のサイトでも公開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる