背高のっぽの令嬢は恋に臆病です

月(ユエ)/久瀬まりか

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番外編 レベッカ 1

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「後ひと月で卒業とはねえ」

レベッカ・オースティンは生徒会室のソファに深々と座りながら優雅にお茶を飲んだ。

「本当に早いわね。ついこの間入学したかと思ったら」

生徒会長のデスクで書き物をしながらアビゲイル・ウエストは答えた。

「卒業パーティーにはユージーン様、来れそうなの?」

「ええ、仕事の予定は空けてあるって言ってたわ」

「ふん、相変わらず仲の良いこと」

レベッカは濃い金色の縦ロールをブンっと揺らしてしかめっ面をして見せた。

「また、ベッキーったら。そんなにツンツンしてたら鼻が上向いてしまうわよ」

「何言ってるのよアビー。私のこの綺麗な鼻の形が、このくらいで崩れる訳ないでしょ」

アビーは笑いながら書き物の手を止めてお茶を飲んだ。

「ん、美味しい。やっぱりベッキーの淹れたお茶は最高ね」

「大したことないわよ。茶葉が最高級だからだわ」

すました顔をしているが、嬉しそうなのはバレバレだ。

「ところで私、そのパーティーでエスコートしてくれる人が決まってないのよ」

「ああ……まだなのね?」

「そう。どうしても、去年のアレが響いてしまって」

去年のアレとは、レベッカの取り巻きの一人の策略で、ローレンス王子の婚約者パトリシアが校内で襲われた事件のことである。

この事件で一人が退園し、レベッカを含む七人が厳重注意となった。もちろん校内での処分であり、世間に公にはしていないのだが、人の口に戸は立てられないものだ。噂は広がり、特にレベッカは公爵令嬢なので名前が一人歩きしてしまった。

『王子の婚約者を襲わせた悪い令嬢』として有名になってしまい、卒業間近になっても縁談がまとまらないのである。

卒業パーティーのエスコートは婚約者でなくとも兄弟や親戚、友人に頼んでも別に問題はない。だが出来ることなら恋人をお披露目したいと思うのが乙女心だろう。

「ベッキーは、他の子のお世話ばかりして、自分を後回しにしちゃったんだものね」

レベッカは、自分のせいで元取り巻き達が処分を受け縁遠くなってしまったことに責任を感じていた。それで、親に頼んで貴族の子息を紹介してもらい、取り巻き達に出会いの場を提供していたのである。

その際も、自分が前面に出ると良くないからと裏方に徹し、見事全員の縁をまとめた。そして自分一人だけ、残ってしまったのだ。

「別に、兄にエスコートしてもらうからいいわ。あとひと月でどうにかなるものでもないし」

「同学年の男子にも、婚約者がいない人は何人かいるわよ?」

「やめてよ、アビー。校内の男子なんて私の悪評をよく知ってるんだから一番無理じゃない」

「そうかなあ。ベッキーは生徒会役員としても頑張ってきたし、もうあの時とは違うってみんなわかっていると思うけど」

「一度ついた悪評がなかなか消えないのは、この一年で身を持って知ったわ。いいのよ、私はもうずっと実家に居続けて嫌味な小姑になってやる」

「うわぁ、お兄さん可哀想……」

アビーはレベッカの兄の将来のお嫁さんに同情した。レベッカはいい子だが、憎まれ口を叩くのが玉にキズだ。そこが魅力的でもあるのだが。

レベッカはチラリと時計を見た。

「じゃあそろそろ帰ろうかしら。アビーはまだやっていくの?」

「ええ、もう少しだから。それに今日はジーンが仕事終わりで迎えに来てくれると言ってたし」

「そう、じゃあお先に。カップは洗っておくわ」

「ありがとう、ベッキー。また明日ね」

レベッカはトレイに二人分の茶器を乗せ、洗い場に持って行った。手際良く洗い物を済ませると、アビーに手を振って部屋を出て行った。

渡り廊下を歩きながら、ふと去年の事件の事を思い出していた。
あの頃の自分は本当に嫌なヤツだった。トリシャを蹴落とそうと悪口ばかり言い、権力を振りかざして取り巻き達を思い通りに動かそうとして。
今思うと何であんな事してたんだろうと不思議になる。

あの事件がなかったら、自分は今もあのまま、裸の王様でい続けたのだろうか? アビーやトリシャとも仲良くなれないままで。
そう思うと、事件があったのもそれはそれで良かったのかもしれない。

「結婚出来ないくらい別に何でもないわ。幸い実家は余裕があるし、友達がいれば寂しくないし」

そう考えながら歩いていると、どこからか良い匂いが漂っているのに気がついた。

「何かしら。ベーコンの焼けるような匂い……」

鼻をクンクンさせながら匂いを辿って行く。すると、普段滅多に行くことのない北校舎の科学室に着いた。

気になって、入り口の引き戸をほんの少し開けて中を覗き見る。すると男子生徒が一人、簡易コンロの上にフライパンを乗せてベーコンエッグを焼いているところだった。

するとレベッカの意思に反してお腹がグーっと鳴ってしまった。

「誰?」

男子は顔を上げてレベッカを見た。レベッカはお腹を鳴らしてしまったことが恥ずかしく、それを誤魔化すためについ強い口調で言ってしまった。

「あ、あなたこそ! ここで何してるの? こんな所で火を使ったりして危ないじゃないの! ちゃんと許可は取っているのかしら?」

すると男子はニッと笑って言った。

「許可? 取ってないよ。見つかるといけないから早く入って」

そう言われて思わずレベッカは部屋の中に入り、後ろ手で引き戸を閉めた。

男子はレベッカに構わずベーコンエッグの様子を見ている。そして慣れた手つきで皿に移すと、もう一つ焼き始めた。

「はい、どうぞ。口止め料ね」

フォークを添えてレベッカに皿を勧めてきた。

「ど、どうも。せっかくだから頂こうかしら」

レベッカは近寄って行き、男子の正面の椅子に腰掛けた。

「塩胡椒ならあるよ」

彼は小箱をガシャガシャと探すと、小瓶を出してきた。

「俺の分は今焼いてるから、温かいうちに食べなよ」

「そう? じゃあ、頂くわ」

ナプキンもナイフも無いままでこんな所で食事は初めてだったが、空腹にこの匂いは堪らない。誰も見てないしいいやと、レベッカは頂くことにした。

「美味しい」

お世辞ではなく本当に美味しかった。空腹がスパイスになっていたのかもしれないが。

「だろ? その卵、俺が育てた鶏の産んだ卵なんだ」

「そうなの? どこで育てたの?」

「裏庭に飼育小屋あるでしょ? あそこ」

そういえばそんなものあったような、無かったような。全く関心が無かったから記憶に残っていない。

「ベーコンは、うちで育てた豚を俺が加工したの。全部自家製」

「へえぇ。何か、凄いわね」

もう一つのベーコンエッグが焼け、コンロから下ろすと彼はフライパンのまま食べ始めた。

「お皿に出さないの?」

「皿は一枚きりだもん。フォークは二本あって良かった」

そうか、私に皿を提供したからか。レベッカは自分が予期せぬ訪問者だったことを思い出した。

「いつもこんな事やってるの?」

「うん、まあね。放課後居残りしてると腹が減るんだ。だから家からいろいろ持ってきて、こうやって食べてる」

「居残りってどうして? 」

「大学に行くための勉強だよ。家じゃ集中出来ないから」

そういえば、毎年二年生の中から一人か二人、大学を目指す者が出る。大学というより王立の研究所のようなもので、各専門分野の研究をするために本当に優秀な者だけが行くことが出来るのだ。大学には卒業は無く、一生を研究に捧げる。給料は国から支給されるので生活の心配はないが、その分狭き門で、合格率はすごく低い。

「あなた、優秀なのね。確か、二年の、名前はえーと……」

「バートン・フェイン。バートでいいよ」

「バートね、覚えておくわ。私のことは知ってる?」

バートはレベッカの顔をじっと見たが、

「ごめん、わかんないや。ていうか女子クラスの人を誰も知らないんだ」

「そうなの? 私はね、レベッカ・オースティン。ベッキーと呼んでいいわよ」

そう言ってからレベッカはバートの様子を伺っていた。あの事件のことを知っていれば、レベッカの名前を聞いた途端に思い出すだろう。目の前にいるのが悪役令嬢だと。
だがバートは何も気づかぬ様子で、

「ベッキーか。よろしく」

なんて呑気に言っていた。

「試験はいつあるの?」

「来週」

「ええっ! もうすぐじゃない。私、邪魔しちゃったわね」

「別に大丈夫さ。試験には自信がある。それより、提出する論文の仕上げがなかなか難航しているんだ。それで、図書館もあるし学園で勉強してるんだよ」

「ふうん。じゃあ、試験までは毎日放課後ここにいるってこと?」

「そうだなあ、そうなるな」

「じゃあ、ベーコンエッグのお礼に明日差し入れを持ってきてあげるわ。手軽に食べられるようなものを」

「別にいいよ、お礼なんて」

「それじゃあ私が気持ち悪いのよ。何かお返ししないと。とにかく、明日また来ます。じゃあ」

そう言ってレベッカは立ち上がり、スタスタと部屋を出て行った。あまり長居すると邪魔だろうと思ったのだ。

差し入れって何がいいだろう。女子ならば有名店のお菓子で間違いないのだが、男子となるとわからない。やはりガッツリとした食事に近いものがいいだろうか?

あれこれ考えるうちにあっという間に馬車が家に着いてしまった。

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