背高のっぽの令嬢は恋に臆病です

月(ユエ)/久瀬まりか

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番外編 レベッカ 2 

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翌日の放課後、レベッカは馬車止めで公爵家の馬車を待っていた。迎えの時に差し入れを作って持って来るように頼んでいたのである。

バスケットにはチキンと野菜を挟んだパンとカットフルーツが入っていた。これならいいだろうと得意気に科学室の引き戸をノックした。

「どうぞ」

中に入ると、バートはノートを広げて勉強中だった。机の上にはリンゴが二個、置いてあった。

「どう? 頑張ってるの?」

「まあね。だいぶ考えがまとまってきたよ」

そう言いながらバートは伸びをした。

「約束通り、差し入れを持ってきてあげたわよ」

レベッカはバスケットからパンとフルーツを取り出した。

「すごい豪華だなぁ」

「味もいいわよ。うちのシェフは最高なの」

「それじゃあ遠慮なく」

バートは美味しそうに頬張った。

「ベッキーは食べないの?」

「私は、お腹空いてないから」

と言ったものの、何故かまたこのタイミングでお腹がグーっと鳴った。

「なんだ、腹減ってるじゃん」

「ち、違うわよ! これは、ただの消化の音!」

レベッカは顔を赤くしながら口を尖らせた。

「一緒に食べればいいじゃないか」

バートは勧めてきたが、ボリュームのあるパンは断り、ピックに刺したフルーツ食べることにした。これなら、お上品に見えるだろう。

「じゃあそのフルーツ全部食べなよ。俺はこれがあるから」

そう言ってバートは置いてあったリンゴを皮のままかぶりついた。

「ええ? そのまま食べるの?」

「皮ごと食べると栄養が取れるんだぜ。俺はいつもこうだよ」

驚いて見つめているレベッカに、バートはもう一個のリンゴを勧めてきた。

「食べてみる?」

レベッカはリンゴを手に取ると、恐る恐るかじってみた。

「なんだか硬いわね」

「そりゃ皮だからね。でも美味しいだろ?」

確かに、なんだか味が濃く感じる。皮ごと食べるのが初めてだからだろうか?というより、バートが食べていると何でも美味しそうに感じるのだ。

「これはうちの領地で育てているリンゴなんだ」

「あらそう。とっても甘いし食感もいいわ。今度うちでも仕入れて貰おうかしら」

そう言うとバートはニコッと笑った。ニッと笑うのは見たことがあったが、こんなにあどけなく笑ったのはこれが初めてだった。

レベッカはなぜかドキっとしたが、気のせいだと思うことにした。

それから毎日、レベッカはバートに会いに行った。
勉強の邪魔にならぬよう、差し入れを食べてちょっと話すとすぐに退室するようにした。

そしてバートの試験日が来て、彼は学園を二日休んだ。試験は筆記と論文の発表で二日間行われるのだ。たった二日だがバートに会えないことをレベッカは寂しく感じていた。

「バート! 試験どうだった?」

試験が終わった翌日、レベッカは男子クラスを覗き込んでバートを手招きして廊下に呼び出した。もう試験が終わったので科学室で居残り勉強はしないだろうから、教室に会いに来たのだ。

「やあベッキー、自分ではかなり出来たと思ってるよ」

バートは頭を掻きながら言った。

「合格発表はいつ?」

「来週だ。学園に連絡が来ることになってる」

「楽しみねえ。きっと合格してるわよ」

「だといいけど。あっ、そうだベッキー。差し入れをたくさんしてくれたお礼がしたいんだ。今度の休日にうちに来ないか?」

「えっ、バートのおうちに?」

レベッカはまた胸がドキっとした。

「ああ。両親が、ぜひ来てくれって言ってるんだ」

ご両親のお誘いか……レベッカは嬉しいような残念なような複雑な気持ちになった。バートの気持ちはどうなんだろう?

「公爵家のような素晴らしい屋敷ではないんだけど出来る限りのおもてなしはするって言ってるから、良かったら」

「まあ、そこまで言って下さってるのなら行ってあげてもよくてよ。楽しみにしてるわ」

レベッカは浮かれ気分で女子クラスに戻って来た。するとアビーとトリシャに両側からガッチリと腕を掴まれ、教室の隅に連れて行かれた。

「やだー、ツインタワーに捕らえられたー」

「ふっふっふ。逃がさないわよ、ベッキー」

アビーが不敵な笑みを浮かべる。いつも天使のようなトリシャでさえもだ。

「何のことかしら?」

「いつの間にバートンと仲良くなっていたのかしらね~?」

「そうよぉ。近頃、私はお妃教育のため王宮に行っていたしアビーは生徒会引継ぎの仕事をしていたから、ベッキーを一人にして悪いと思っていたのだけれど」

「まさかあの天才バートンと距離を縮めていたとはね~」

そしてベッキーは洗いざらい喋らされた。ベーコンエッグから始まって毎日放課後会っていたこと、今度おうちに誘われたことなど。

「そうなの~? 意外だわ」

「意外ってどういうこと?」

「彼はとびきり優秀な頭脳を持っていて、授業中はキレッキレなんですって。教師とも意見をガンガン戦わせているみたい。そのくせ、休み時間は誰とも交流しないでどこかにふらっと行ってしまうので、男子クラスでも謎多き存在らしいわよ」

「そうなの? 話してるとのほほ~んとしていて、すごく穏やかな人だけど。飼育小屋で鶏育ててたり、自分でベーコン作ったり」

「ということは、ベッキーには素顔を見せていたってことね」

二人はウフフと嬉しそうに笑っていた。

「で、ベッキーは彼のことが好きなの?」

彼のことが好き???

レベッカはそう言われて顔が赤くなっていくのを感じた。

「ばっ、ばか言わないでよ!! そんなんじゃないってば!」

必死で否定しているのに、二人は代わる代わる頭を撫でてきた。

「もう~、可愛いんだからベッキーは~」

「子供扱いしないでっていつも言ってるでしょ!」

レベッカは、大きな二人に抱き締められて全く身動きが取れないまま文句を言っていた。

その時、男子クラスの方から大きな声と物音が聞こえてきた。

女子クラスのみんなも廊下に出て、男子クラスを遠巻きに見ていた。レベッカ達も廊下に出たが、小さいレベッカには何も見えなかった。

「何? どうしたの? 何があったの?」

「わからないけど、誰か喧嘩しているみたい。たぶん、一人は……バートンだわ」

「えっ? バートなの?」

何か大声で叫びながら二人は殴り合っている。レベッカは人波をくぐり抜けて前へ出ようとしていた。

すぐに、教師が二人やって来た。誰かが知らせたのだろう。バートともう一人の同級生は、教師に羽交い締めにされてようやく喧嘩をやめた。

そのまま彼らは教師に職員室へ連れて行かれた。いったい、何があったんだろう?レベッカは不安になっていた。
するとアビーが男子クラスに乗り込んで行き、情報を仕入れてきてくれた。さすが、やることが早い。

「同級生がバートンをからかって、それに怒ったバートンが殴りかかったらしいわ」

「ええっ、バートが先に手を出したの?」

「そうみたいよ」

「そんな。それじゃあバートだけが処分されるかもしれないわ」

心配で焦っているレベッカに、トリシャが落ち着いた声で話し掛けた。

「うーん、でも相手が酷いことを言ったのなら、また違ってくるんじゃないかしら?」

アビーも頷いた。

「ベッキー、落ち着いて聞いてね。相手は、あなたのことを持ち出してからかったらしいの」

「私のことですって?」

「ええ。あなたとバートンが仲良く話しているのを見て、『根暗博士と悪役令嬢ならお似合いだな』って言ったらしいの」

「根暗博士と悪役令嬢……」

「彼はいつも成績が二番止まりで、成績優秀なバートンに反感を持っていたみたい。それで、去年の事件のことを知らなかった彼にあなたのことを面白おかしく説明してから『あんな悪役令嬢と付き合う奴の気がしれない』って言ったの。その途端、バートンが一発お見舞いしたそうよ」

「そんな……」

レベッカは青ざめた。過去の自分のやった愚かな行為が、バートにまで迷惑をかけることになるなんて。

「私、職員室に行ってくるわ! 私とバートは何の関係もないって言ってくる!」

立ち上がったレベッカの両腕を、二人がそれぞれ掴んでまた座らせた。

「こらこら、ベッキー。早まるんじゃない」

「そうよ。関係ないなんて言ったらそれこそバートンは悲しむわ」

「何でよ?! 私のせいでバートは喧嘩なんかしちゃったのよ?」

「とにかく、バートンが戻ってくるのを待ちなさい。それからでも遅くないわ」

二人に押し留められ、やがて授業が始まってしまったのでレベッカは仕方なく諦めた。

ほぼ上の空で授業をやり過ごすと、レベッカは廊下に出た。男子クラスの前に行く勇気はなかった。

(私が顔を出したせいでバートはからかわれてしまったんだもの。もう向こうへ行くことは出来ないわ)

すると、職員室の方からバートと同級生が帰ってきた。レベッカを見つけると、バートは手招きをした。

恐る恐るレベッカが近寄って行くと、バートは同級生を肘でつついて促し、同級生が頭を下げた。

「つまらないことを言って悪かった」

バートの肘がさらに相手の脇腹に刺さった。

「うっ……悪かった、です」

「私、何も気にしていないわ。本当のことですもの」

「何言ってるんだ、ベッキー。よく知りもしないで人の悪口を言うようなことは許されない。昔何かあったのかもしれないが、今のベッキーを見る限り悪口を言われる筋合いはないんだ」

「本当に、反省しています。すみませんでした」

同級生はもう一度頭を下げ、立ち去った。残されたレベッカとバートンはしばらく黙っていたが、

「じゃあ次の休みに、迎えに行くから」

と言って教室に戻って行った。レベッカは、バートにお礼を言い損ねたことを内心で悔やんでいた。

(せっかく私の為に怒ってくれたというのに。何で私は肝心なところでダメなんだろう)

大きくため息をついてバートンを見送っていた。
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