ハイテクウィッチ

あすこもいど

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魔女のホウキとお嬢様

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出雲いずもさん?」

 出雲みちるは名前を呼ばれ、辺りを見回す。
 高校に入学して初めて登校する通学路の朝。こんなところに友達と出会う筈はない。
 歩道に人影もなく、車道に目をやる。
 黒塗りピカピカの高級そうな車のパワーウィンドウが降り、そこからピンクの縦ロールが見えてくる。

「あっ、陽葵ひまりちゃん!」
 声の主は同じクラスの熊野陽葵くまのひまりだった。昨日の入学式からのオリエンテーションで皆で自己紹介をした時の周りのざわめきを覚えている。世の中に疎いみちるでも、あらゆる製品に入った熊野グループのアイコンを目にしない日はない。
 なにより、その縦ロール・ツインテールの繊細なローズピンクの髪の艶は、真のお嬢様というみちるの先入観も相まって名前が記憶に焼き付いていた。
 とは言っても、まだ友達でも、知り合いですらない。単なる有名人に一方的に親しみを抱いているような状態だったが、思わぬお声がけについ自然な反応が出てしまった。

 


「おはよう!車で登校なんだ」
「おはようございます。朝はいつも、父が安全のためにと」
 悪びれる風でもなく自慢する風でもなく、あまりにごく自然な答えにみちるの中のお嬢様の印象は跳ね上がっていた。
「今日もお持ちなのですね」
 陽葵がみちるに気づいたのは間違いなくソレのせいだろう。みちるは古い箒を逆さまにして肩に担いで歩いていた。
「あー、うん。カッコ悪いよねー…」
 箒を見上げるみちる。
 格好いい悪い以前に、登校する女子高生が箒を持っている意味が陽葵にはわからなかった。
「わたしも安いのでいいから最近のカタチをしたモデルが欲しいんだけど、お婆ちゃんがどーしても許してくれなくてぇ」
 みちるの心底しょんぼりした語りで、ようやく陽葵はそれが何か理解した。
「それ、“ハイテクウィッチ”ですか?」

 “ハイテクウィッチ”とは商品名である。
 正式にはB.E.S.O.M.、Buoyant Elevated Skyward Operating Machine。日本語では「ボイアント式航空作動機械」という。
 その昔魔女の伝承を研究していたオカルト学者が、偶然にも寓話の魔女の箒が本当に浮かぶ事を発見し世界の航空史が変わった。以来研究が進み、今では個人の移動手段の一つとなっている。体力と精神力が必要なので従来の交通手段を塗り替えるような訳ではなかったが、今や人類は個人で空を飛ぶ事ができるようになった。
 その製品群のなかの一商品の名称が“ハイテクウィッチ”である。その昔スケボーやキックスクーターなどが流行したように、飛行機構に最低限の保安機能をまとめてスタイリッシュに仕上げた安価なエクストリーム・スポーツ遊戯器具は、22世紀の若者の心を掴んだ。今や商品名はカテゴリ自体を指すコトバとなり、それを使いこなすプレイヤーは羨望の的、その上級製品は憧れの的となっている。

「ごめんなさい。わたし、それは只のホウキだとばかり思っていました」
 嫌味のカケラもなくストレートに指摘された事が、かえってみちるの心に追い打ちをかける。
「だよねぇ…もろに魔女のホウキだよねぇ…ぐすん」
 を見ながら、とぼとぼとみちるは歩く。
「競技をされているのですか?」
「ううん、行ってた中学校にはクラブがなかったから。でも、この高校は伏見ふしみちゃんがいるから、やってみる事にするの!」
 伏見ちゃん、知り合いだろうか。陽葵はハイテクウィッチについてほとんど何も知らなかったが、みちるの熱い語りから、それがとても楽しいもののようにぼんやり感じた。

 徐行状態だった自動運転車の運転席がピピッとアラートを鳴らす。
「あっ、ごめんなさい呼び止めてしまって、お時間は大丈夫ですか?」
「えっ、あーッヤバい」
(よかったらご一緒に…)と言いかけた口のまま、陽葵の口と目はまんまるで固まる。
「おりゃああ!」
 叫び声とともにみちるは走り出し、掴んでいた箒を地面に向かって投げつける。落ちるかと思った箒は空中で跳ね、みちるがそこに飛び乗る。
「じゃあ陽葵ちゃん、学校でね!」
 箒に立ち手を振るみちるはみるみる空高く昇っていく。陽葵はポカンと口を開けたまま、車窓からそれを追っていた。
 清々しい朝の青空を見ながら、陽葵は久々に同級生から下の名前で呼ばれていた事に気が付いた。


 新しい教室に自分の机を見つけ、持ってきたタブレットをセットする。
 今年の席は通路寄りで少しホッとする。毎年、新学期は何かの力が働くらしく、クラス中心の特等席になるのが常だった。
「熊野さん、その髪飾り可愛い!」
 そして今年も、席につくや髪飾りを褒められる。中学校からの知り合いはいないし、とくに何の思い入れもない髪飾りを褒められる。
「ありがとうございます」
 視線を上げると2、3人の同じクラスメイトがそこにいた。なんという名前だったか、誰も思い出せない。

 


「あー!陽葵ちゃんはやっ!」
 逆方向から呼ばれて「ぴゃっ」と声を上げる。先に飛んでいった筈のみちるが教室に駆け込んできた。
「あら、出雲さん。どうして…」
「校門で箒に乗ってくるなって捕まってさあ~、初登校でお説教もらってありえんよ~」
 さっきよりは軽度のしょんぼり具合で、みちるは自分の机をきょろきょろと探す。
「あっ、ここだ! すごい! すごい偶然!」
 みちるの机は陽葵の隣だった。
 もう何年もそこが自分の席だったようにみちるはどっかと腰を下ろし、屈託のない笑顔を陽葵に向ける。
「あらためてよろしくね、陽葵ちゃん! …あっゴメン、熊野…さん?」
 わかりやすく赤面するみちるの顔に思わずクスッと吹きだしてしまう。
「陽葵で結構ですわ、出雲さん」
「えへへ…ありがとう! 私のこともみちるでいいよ!」
 髪飾りを褒めてくれた子たちは、いつのまにか消えていた。


 まだ先生も生徒もぎこちない感じで、中学の頃より少し大人っぽい感じのするテキストを使いながら初日が終わった。
 タブレットを鞄にしまっていると、みちるが声をかけてきた。
「陽葵ちゃんはクラブ活動するの?」
「いえ、まだ何も…」
 そういえば学校として最低限一つのクラブに所属する事が推奨されていたなと思い出す。
「よかったら、ちょっと着いてきてくれない? わたし一人じゃ心細くて」
「ハイテクウィッチ部、ですか?」
 心細いとは、朝からのみちるの印象からは意外さを感じながらたずねる。
「うん。もしドア開けて伏見ちゃん出てきたら、あたし固まっちゃいそうで」
 伏見ちゃん。は知り合いではなかったようだ。有名人なのだろうか。
「わかりました。お供します」
 なんとなく興味に駆られて、陽葵は携帯端末から自動運転車と自宅へ帰宅が遅れる連絡を入れた。
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